デブリーフィング ─守る矛盾─
「──対象『黒鴨』、排除を確認。
遺体は格納カプセルの隣へ。最深部は爆破済み。上層施設は偽装工作により、ガス爆発事故として処理済みです」
SAJIROの報告が、会議室の静けさを破った。
ディスプレイには、夜間の事故現場とされる古びたうどん屋が映る。
「報道機関は?」
杵場局長が尋ねる。
「『老舗うどん店、未明にガス爆発。通行人および従業員に被害なし』という内容で配信済み。現地ではUISFの人員が“従業員役”としてインタビュー対応中です」
「それで、何か情報は取得できたか?」
「はい。財閥が研究していたデータの回収と、いくつかの施設情報、それに付随するデータを奪取しております」
「解析の進捗はどうだ?」
「まだ2%ほどです」
「……で、内部施設の痕跡は?」
「爆破により完全消去。地下構造の存在はおろか、違法研究の証拠も一切残りません」
杵場局長が無言で一つ頷く。
「しかし、増援が来なかったところを見るに、財閥に仕返しがしたのは本当のようだな」
杵場局長の言葉に、SAJIROは短く息を吐いた。
「ですね。あの規模の研究施設に、あの程度の防衛ってのは……普通じゃない。通常なら、侵入が確認された時点で即応部隊が動く。ですが、あの日は最後まで来なかった」
言いながら、当日の異様な静けさが脳裏によみがえる。
警報は鳴らず、外部からの増援は一切現れなかった。
あれは偶然ではない――誰かが意図的に抑え込んでいた。
「黒鴨が通信経路を遮断してたと考えるのが筋だろ。奴なりの、最後の反抗だったのか……あるいは、もう抗えなくなっていて、せめてもの贖罪だったのかもしれんな」
静かに目を閉じる杵場局長
FLOWAは何も言わず、背筋を伸ばして椅子に座っていた。
その顔は感情を押し殺していたが、目の奥には、どこか揺れるものが見えた。
思考の底に、あの瞬間の断片がゆっくりと浮かぶ。
──最下層、搬入エリア。
黒鴨は思考誘導を振り払い、最後に自分の意思を貫こうと叫んだ。
BENIの咆哮と共に、彼の命を止めた。
FLOWAの拳が顎を、BENIの拳が側頭を。
──それだけだ。今思い返せば、ほんの一瞬の出来事。
首が不自然に折れた黒鴨の身体は、カプセルのそばに横たえられた。
「せめて……」
誰に言うでもなく、FLOWAはそう呟いた。
そして、そっと爆薬を取り出す。
かすかな希望は潰えた。
黒鴨の娘だけでも救えないか──そう考え、医療班や技術班に打診した。
だが、返ってきたのは一様に首を横に振る回答ばかりだった。
「現代医学では手が出せません」
「延命のために使用されている技術は、我々の知識の範疇を超えています」
──つまり、“あちら側”の技術で、かろうじて命を繋ぎ止めているだけに過ぎない。
その延命すら、“本当の意味”で生かされているとは言えなかった。
希望はあった。だが、届かなかった。
それが現実だった。
娘が眠るカプセルの傍ら。
すでに温度も消えた黒鴨の遺体の側に、慎重に設置する。
Composition C-4。
雷管と発破用コードを繋ぎそっと手を放す。
立ち去る前、一度だけ振り返った。
「ままならない、ものだったな…」
黒鴨の表情は、穏やかだった。
苦悶も怒りもなく、まるで──娘の夢でも見ているかのように。
何も言わず、FLOWAは背を向けた。
その瞬間には、まだ罪悪感も、達成感もなかった。
ただ、“やるべきこと”を終えた、という重みだけ。
「BENIは現在、UISF医療区にて療養中。意思疎通は可能。治療と並行して、記憶連結影響の有無を観察中です」
SAJIROが報告を続ける。
FLOWAは、その名前を聞いてわずかに顔を上げた。
「FLOWA」
杵場局長が口を開く。
「お前達の任務は完了だ。しばらく休め」
FLOWAは小さく頷いた。
席を立ち、無言のまま会議室を出る。
白い扉が閉まるその瞬間、心の奥底にわずかな重みが残った。
(“守る”ために、私は“壊した”)
その矛盾を自覚しながらも、FLOWAは否定しない。
“奪うこと”も、時に“守ること”の一部であると──そう、学んでしまったのだから。
廊下の先、薄明かりの差す端末ボックスには、
事故現場の“関係者インタビュー”の映像が流れていた。
『いやぁ……びっくりしましたよ。寝てたらドーンって音して。
でも大丈夫です、ガス漏れっぽい感じで。ケガ人もいなくて、本当よかったッス』
麺琴楼従業員のシャツを着込んだ、UISFの諜報員がニヤけながら手を振っていた。
映像の中では、すべてが“何もなかった”かのように扱われていた。
それが──任務の完了ということだ。
FLOWAは、立ち止まることなく歩き出した。
この数日の出来事を、記憶の奥底へと沈めながら。
ついに幹部の一人が落ちましたね。
そして持ち帰った情報には何が眠っているのか───




