麺琴楼攻略作戦5
高松市内、午後。
喧騒のなかを、FLOWAたちは歩いていた。
白シャツの会社員、買い物袋を提げた主婦。
雑多な市民の流れに紛れ、彼らの歩みもごく自然に混ざり込んでいた。
スーツジャケットの内側には、超薄型装甲と戦術装備。
だがその外見からは、誰一人として“戦場”を背負っているとは見えなかった。
「搬入口まで、あと700。……車両だと逆に目立つっスね」
イオが歩きながら手元の端末をタップする。
モニターに浮かび上がったのは、高高度偵察ドローン “DAS-70” からのリアルタイム映像。
高度14,000フィート(約4,200メートル)を飛行し、光学ズームと地形解析で精密な情報を送っていた。
「ドローン上空は異常なし。出汁濃度も基準値。麺琴楼の外周、一般市民がいる範囲には“異常反応”はありません」
映像には、裏路地を歩きながら密かに展開していくUISF諜報員たちの姿も映っていた。
SAJIROの指示で3名が既に麺琴楼周辺50メートル圏に分散、警戒態勢を取っている。
SAJIROが通信回線を開く。
「よし、展開完了。──到着するまでにもう一度、作戦のおさらいだ。FLOWA、行ってみろ」
「了解です。搬入口組──僕とイオは、裏手の待機ポイントに集合。
正面側では、隊長を含む突入班が“営業終了後の14時25分”に合わせて入店。
麺琴楼の外装はあくまで昭和風のうどん店ですが、内部構造は完全な拠点仕様。
そこに正面から接触し、内部構造の露出と、警備網の攪乱を狙います」
「表でドンパチやってるうちに、こっちは裏から抜けるっス。
搬送経路が繋がってれば、地下通路にもアクセスできるはず」
イオが軽く頷く。
「侵入から15分以内にBENIさんの位置を特定、回収。
あとは出汁媒体データがあれば回収、なければ無理には追わない──でしたね」
「うん。それで正解です。今回は“救出”が第一目標ですから」
その時、角の向こう──
“麺琴楼”の看板が見え始めた。
木目の外装。色褪せた赤い暖簾。
香川のどこにでもありそうな老舗うどん店の姿。
だが、その奥には、情報と記憶、そして“出汁”が仕掛けられていた。
「あと300。……目視で異常はなし。……静かすぎるぐらいだな」
SAJIROがひとつ息を吐く。
「いいか、失敗は許されねぇ。行くぞ」
その言葉に、FLOWAは小さく頷いた。
──そして、彼らの影は“香りの檻”へと、歩を進めていった。
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営業終了を知らせる札が、入口のドアに下げられていた。
時刻は14時25分。外から見れば、もう誰も中には入れない──そんな空気をまとっていた。
だが、静けさの奥には確かな“気配”がある。
SAJIROは歩を進め、重厚な木枠の引き戸に手をかける。
背後には、同じスーツに身を包んだUISFの諜報員たち。三名が等間隔に並び、無言で視線を交わしていた。
ドアを開けると、すぐさま和やかな笑顔の“店員”が現れた。
──それは、財閥側の兵士だ。
「いらっしゃいませ。本日は14時で営業終了となりまして……。申し訳ありませんが、ご案内が難しい状況でして」
歯の浮くような丁寧語に、SAJIROの表情は微動だにしなかった。
「──ああ、なるほど。私の予約は、リストに載ってなかったようだ」
その言葉と同時。
ジャケットが微かに揺れた──その瞬間には、すでにHK45CTが掌にあった。
ホルスターからの抜き打ち、引き金が落ちるまで、わずか0.3秒。
財閥兵の表情が驚きに変わるより早く、低く圧縮された音が空気を切った。
サプレッサー越しの銃声が、喫茶の静寂を裂いた。
.45ACPの弾丸が眉間を貫いた男は、何の抵抗もなくその場に崩れ落ちる──
……その直前、SAJIROの左手が素早く襟元を掴み、力任せに引き寄せていた。
撃ち抜かれた兵士の身体が、重みを失った人形のように彼の前に垂れ下がる。
そのまま、死体を盾にする形で身体をずらし、店内の奥へ視線を走らせた。
「中、片付けろ」
短く命じた直後、背後の諜報員たちが無言で前へ。
即座に反応した別の“店員”たち──偽装した兵士たちに向けて、サプレッサー装備の拳銃が火を噴く。
狭い店内に、無音の戦闘が始まった。
命令に応じて、背後の諜報員たちが即座に行動を開始する。
右側の諜報員が身を低くして前進、スーツの裾からHK45を抜き放つ。
銃口から吐き出された.45ACPの弾丸が、カウンター裏に逃げ込もうとした“店員”の背を貫通。
従業員の制服に似せた軽装甲アーマーを穿ち、胸部に深く到達した弾が、男の身体を壁へと叩きつける。
続いて左側。
別の隊員が素早く移動、冷蔵棚の影へと腰を落とす。
僅かな動きの予兆──
一瞬、厨房内に人影。即座に銃口が向き、沈黙の閃光が走る。
食器棚がガタリと揺れ、数枚の皿がカウンター越しに転げ落ちる。
照明が微かに軋み、出汁と火薬の匂いがわずかに混ざり合う。
SAJIROは死体を盾に、わずかに身をずらしてHK45CTを構える。
肩越しから狙いを定め、躊躇なく引き金を引いた。
その弾は、“店員”の仮面を被った兵士の側頭部を正確に貫通。
返り血は最小限。
弾丸は頭蓋の裏を抉り、男はひとつ呻くこともなく、冷蔵棚にもたれかかるように沈んだ。
狭く、出口も少ない構造。
防衛には向くはずの設計が、UISFの無音の侵入には通用しなかった。
そして──
照明の揺れと、床を這う硝煙だけが「戦闘」の痕跡を残していた。
そして──それを端末でモニタリングしていたFLOWAがうなずいた。
「イオさん、店内に音の反応あり。始まりましたね」
「はいっス。こっちも動き出しましょう──“隠し扉”、探すっスよ」
FLOWAと月森イオは、搬入口の前で動きを合わせる。
狙いは明確。
仲間を救出し、“情報の中枢”を突き止める──それが彼らに託された任務だった。