麺琴楼攻略作戦4
──蛍光灯の光が、薄灰色の床に沈んでいた。
ゼロ本部の装備準備区画。
戦術装備ブロックと呼ばれるこの一角は、空調がわずかに低く設定されており、
無機質な空気の中に潤滑油とスチールの匂いが漂っていた。
その静けさの中、SAJIROは無言のまま、手袋のベルクロを締める。
整然と並ぶロッカーの前に立ち、軽く肩を回すと、視線を落とした。
「……今回は目立っちゃ負けだ。だが、撃つ時は一発で沈める」
ロッカーを開けると、任務に応じて構成された専用装備が並んでいる。
都市戦用のUISF製スーツジャケット──グレイとネイビーの中間色。
表面は街中に馴染むが、裏地には軽量ながら衝撃を吸収するセラミック+UHMWPE複層構造が仕込まれていた。
“市街地に溶け込みつつ、生還を目指す者の戦闘服”。
UISFにおいて、それは一種の矛盾と共に進化してきた装備だった。
SAJIROはそれを羽織り、袖に仕込まれた骨伝導式マイクユニットの起動音を確認。
首元のボタンをひとつ締めるだけで、全身の気配が“任務用の空気”へと切り替わった。
次に、無言で取り出したのは──HK45 CT。
.45ACP弾を使用するサプレッサー付き拳銃。
UISF独自のチューンによって反動を抑え、射出音を限りなくゼロに近づけていた。
スライドには専用の刻印──《Silent Impact》。
SAJIROはサプレッサーをゆっくりとねじ込みながら、ぽつりとつぶやいた。
「引き金は、音じゃなくて結果で語れってな」
腰にサブとして装着したのはGlock19 GEN5 カスタム。
9mmで操作性に優れ、即応用としては申し分ない。
さらに、彼は指に黒銀の指輪をはめる──“Signet Dagger”。
UISFの刻印が入ったそれは、握れば5cmの刃を展開する暗殺用ツールだ。
袖のカフスには、もう一つの切り札──“Cuff-Cutter”を装着済み。
殺意は、意匠の内側にこそ宿る。
「市街地。屋内。交戦濃厚。制限時間──未定。
……想定は“全崩れ”でいく」
背後では他の諜報員たちが、淡々と装備を整え終えていた。
静かだが、誰もが心得ている。
この作戦は、全員の“危険”によって成り立つ陽動であり、
本命──FLOWAと月森イオによる潜入救出作戦の布石に過ぎない。
だが、それで構わない。
それが仲間を救うための道ならば。
作戦開始まで、残り──24分。
SAJIROは拳を固く握りしめた。
その目には、わずかながら“決意”の火が灯っていた。
「……BENI、待ってろよ」
その言葉は、誰に聞かせるものでもなかった。
だがこの区画にいた者すべてが、同じ覚悟を胸に抱いていた──。
FLOWAは鏡の前で、UISF製のスーツジャケットを整える。
裏地には軽量装甲繊維が仕込まれ、都市部の諜報活動にも対応する標準装備。
右脇にはメインアーム──GLOCK18C フルオートカスタムが収まる。
サプレッサー、フォアグリップ一体型タクティカルレーザー、そしてコンパクトな伸縮式ストック付き。
左大腿部には磁気着脱ホルスターが固定されており、GLOCK26がバックアップとして格納されていた。
FLOWAは無駄なく装備の重量を確認し、ゆっくりとひと息吐く。
その視線の先では、月森イオが自らの装備を仕上げていた。
タクティカルベースのシンプルなボディアーマー。
素材は超高分子ポリエチレン製、刃物や小口径弾への防護力を保ちつつ、軽さと柔軟性に優れる。
その上から、薄手のニットが重ねられていた──装備を目立たせず、街中に自然に溶け込むための工夫だ。
イオは器用に手首のデバイスを確認し、少しだけ顔を上げる。
「……FLOWAさん、準備は?」
「うん、大丈夫そうですよ。君の方は?」
「こっちも完了っス。通信系の干渉も低いですし、搬入口の先もある程度、探知できるはずです」
「それは心強いですね。さすがイオさん。……いや、いつも助けられてばっかりかな」
その一言に、イオはちょっとだけ目を丸くして、それから小さく笑った。
「なんスか、今日はやけに素直っスね?」
「作戦前は、こういうの言っといた方がいいんですよ。……気持ちの整理にもなりますから」
「ふふ……らしくないけど、悪くないっス」
FLOWAは軽く笑い返し、愛用のタクティカルゴーグルを腰のバッグに収める。
「BENIさんのこと、きっと大丈夫ですよ。簡単に折れる人じゃないですからね」
「うん、暴れてそうっスよね。“やりすぎました”って後で怒られてそう」
「想像できちゃいますねぇ、それ」
ふたりは並んで歩き出す。
扉の向こうで作戦開始までのカウントダウンが点滅し、部屋の静寂にリズムを刻んでいた。
「じゃあ、行きましょうか。……無事に帰って、またうどんでも食べたいですね」
「もちろんっスよ、FLOWAさん。帰ったら、あの“中盛りセット”、もう一回付き合ってもらうっスからね?」
「はいはい、了解です」
音もなく歩を進めながら、ふたりの会話は任務の緊張をほんの少し和らげていた。
「おーい、そっちは準備完了か?」
低く通る声に、FLOWAが振り返る。
通路の向こうから現れたのは、SAJIRO。ジャケットの裾を片手で軽く払いつつ、もう一方の手ではピストルのホルスターを最終確認している。
「こっちは準備万端だ。お嬢も抜かりねぇだろうな?」
「はいっス、道案内は任せてください」
「よし。じゃあ──行くぞ、影の中へ」
SAJIROの声が合図になる。
FLOWAとイオは互いに一度うなずき、無言で足をそろえる。
電子ロックが解錠され、作戦用エレベーターが音もなく開いた。
その先は、街と影と、任務の境界線。
UISFの諜報員たちは、光を背にして──再び、香川の裏路地へと歩き出した。