表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/28

麺琴楼攻略作戦3

 ──香りの奥にある、何か。

 それが、記憶でも思考でもない、“意志”そのもののように感じられた。


 BENIは、金属製の椅子に拘束されたまま、視界の端を揺らしながら必死に抗っていた。

 が──呼吸の浅さに反比例するように、脳内の輪郭が溶けていく。


 


 「……さすがですね。並の者なら、もう笑って過去を懐かしんでる頃ですよ」


 


 黒鴨の声は、すでに“音”として届いていなかった。

 香りの響きとして、ただ脳に染み込んでくる。


 ──ただ、最後に聞き取れた言葉だけは、意味を持っていた。


 


 「まぁ、よいでしょう。直に、あなたは堕ちる。

  ……その時が来れば、全てを自ら口にするようになりますよ」


 


 BENIは微かに眉を動かした。だが、体はもう反応しなかった。


 


 黒鴨は小さく器を置き、立ち上がりながら、背後の扉に手をかける。


 


 「残り香でも、楽しんでいてください。お時間は、たっぷりありますから」


 


 その声が、やけに遠く感じられた。


 


 扉が静かに開く。

 淡く光が漏れ、その先には部下が一人、姿勢よく待機していた。


 


 「黒鴨様、重政 典久が来ております。」


 


 「──あぁ、今行く」


 


 黒鴨は顔をわずかに傾けたまま、薄く笑う。


 そのまま扉の外へと歩き出すと、扉が音もなく閉じられた。

 仄暗い部屋には、再び“静かな香り”だけが残った。


 


 BENIの胸元に縛られたチェーンが、かすかに音を立てて揺れた。


 


 ──そして、場面は切り替わる。


 


 同じように、音もなく開く自動ドア。

 その先に広がっていたのは──


 


 UISFゼロ本部、28階。

 情報分析室の空気は、香りのない静謐で満たされていた。


照明が一段階落とされ、モニターに地図と解析ログが表示される。


卓の先に立つ男──杵場 きねば・げん局長が、低く重い声で言い放った。


 


「……数時間前、諜報員BENIのGPS反応が消失した。最後に確認されたのは香川県内、財閥傘下の飲食施設《麺琴楼》付近だ」


画面が切り替わり、麺琴楼の外観と座標、過去の配送記録が表示される。


 


「表向きはうどん屋──だが実態は、出汁搬送ネットワーク《Broth Net》の中継施設。そして、財閥の試験運用拠点でもある可能性がある」


 


部屋の空気が変わる。 FLOWAとSAJIROが無言で互いを一瞥した。


 


「情報封鎖も早い。警察も報道も一切触れていない。つまり……財閥内部で何かが起きた。その結果としてBENIが行方を絶った」


 


杵場は手元の端末を操作し、作戦概要図をモニターに送る。


 


「よって、本作戦を二段構えで行う。

SAJIRO、君には武装可能な諜報員を率いて、麺琴楼への急襲部隊を指揮してもらう。

FLOWA、君には潜入による救出任務を託す」


 


FLOWAが表情を引き締めるが──次の一言で、空気が硬直した。


 


「同行者は技術分析班・月森イオだ」


 


「……局長、それは不適当です」

即座に声を上げたのはSAJIROだった。


 


「イオは戦闘訓練課程を修了していない。あくまで分析班です。彼女を前線に出す判断には……正直、反対です」


 


「私も同意見です」

FLOWAも続いた。


「彼女は出汁圧縮構造のデータ解析においては優秀ですが、救出任務は……」


 


杵場はゆっくりと息を吸い、二人の反応を静かに受け止めたあと、重々しく告げた。


 


「──今回の任務は、“救出”だけではない」

「麺琴楼は財閥の重要施設。内部構造、出汁搬送ルート、《文書》関連の痕跡──探れるチャンスは一度きりだ」


 


イオの名が再度表示される。


「月森イオには現地で得たデータの即時解析および出汁構成プロトコルの判定を担ってもらう」


 


「要するに、本命と陽動。

SAJIROたちの急襲が“表”。

FLOWAとイオの行動が“裏”だ──まあ、どちらも本命と言えるがな」


 


沈黙が数秒。


 


イオは一歩だけ前に出ると、小さく一礼した。


「私にできる限りのことをします。……BENI先輩を、助けたいんです」


 


FLOWAは、視線をそっと彼女に向け──何か言いかけて、やめた。


その顔に刻まれたのは、任務と個人の感情が交差する諜報員としての迷い。


 


SAJIROが低く唸るように言った。


「……任務に出すなら、責任はあんたが取れよ、局長」


 


「もちろんだ」

杵場は、わずかに笑った。だが目は笑っていない。


「それが指揮官というものだ」


 


──こうして、BENI救出作戦は静かに動き出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ