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UDON CODE:FLOWA -出汁に沈んだ国家機密-  作者: フロウワ
ホワイトブロス作戦編
13/28

ホワイトブロス作戦6

自室に帰った鷲宮は、静かに扉を閉めた。


壁面に備え付けられた通信端末は、最後の通話ログを消去し終え、無言のまま暗転している。


扉の外とこの部屋の中とでは、まるで“時間の流れ”が違って感じられた。


椅子へと身を沈める。

背もたれに体重を預け、眼鏡を指先で押し上げるその動作には、

あの幹部と対峙していた時にはなかった“呼吸”が戻っていた。


部屋には何の装飾もない。

書棚も時計もなく、置かれた冊子と水のグラス、ただそれだけ。

それでもここは、“考える者”にだけ許された場所だった。


「……あの出汁は、まだ“第一層”にすぎない、か」


鷲宮の唇から、誰にも聞かせるつもりのない独り言が漏れた。


出汁文書──財閥が手に入れ、そして模倣を試みている“禁忌のレシピ”。


だがそれがすでに抽出段階にまで進んでいるとなれば、

彼の立場からしても、もはや看過できるものではない。


ふと、机上に置かれた薄い文書に視線を落とす。


それは古文書というには新しすぎ、デジタル資料というには紙が多すぎた。


表紙の一部に、渦を巻くような文様。

それは、曼荼羅にも、あるいは──





────────────────────────────────




トラックは静かに麺琴楼裏手の搬入口に滑り込んだ。

白兄の輸送部門を模した車両は、外装から書類の通し番号に至るまで偽装が施され、外見上の不備は一切ない。積載されているのも、実際に契約業者が用いる銘柄と同じ小麦粉袋だった。


運転席を出たBENIは、ラフな動きでストレッチを挟みつつ倉庫の前に向かう。

袖がわずかに擦り切れた制服、使い古した作業靴。

手に持った伝票は、わざと角を濡らして風合いを古びさせてある。


倉庫入口には見張りが一人。

表向きには「店員」だが、その立ち姿や靴の磨き方、視線の動きから察するに、財閥配備の警備要員だ。


BENIは軽く顎を引きながら声をかけた。


「お疲れ様です」


相手が一瞬こちらを見つめ返し、口元だけ動く。


「お疲れ。……あれ? いつもの兄ちゃんは?」


BENIの方も、無言のまま観察を続けていた。

制服の腰に引っかかったIC端末の位置。靴の裏に付着した油。左の肩を下げて立つ癖。


「店長に呼ばれたとかで、何か話してるみたいなんです。で、近所なんで私が行けって」


若干の面倒臭さを混ぜるように声色を落とす。相手が笑い返した。


「あー……そういう感じか。あいつも口は立つけど、店長には弱いからな」


ふっと気を抜いたような表情になり、彼はふと呟いた。


「まあ……この前みたいなことが、また起きると困るしなあ……」


その言葉に、BENIの意識が静かに研ぎ澄まされる。

発言は曖昧で、固有名も無い。だが、明らかに“あの襲撃”に言及していた。


(情報統制、末端までは徹底されてない。セキュリティポリシーが抜けてる)


財閥の兵站管理における甘さが、現場の兵士の緩さとして現れていた。

BENIはそのほころびを、無言のまま見つめる。


「……あー、なんか言ってましたよ、“近くに怪しいのがいた”とか」


相手が「そうそう」と曖昧に頷いた。


BENIは会話を切り上げるタイミングを見て、軽く肩をすくめた。


「ちょっと遅れると怒られちゃうんで、さっさと荷下ろししますね」


「おう、あとは頼んだわ。こっちは休憩だ」


そう言い残し、見張りは建物の角を曲がって姿を消した。

BENIは一礼の仕草を見せ、すぐにトラックの荷台に回り込む。

小麦粉の袋を肩に担ぎ、倉庫内に一歩ずつ運び入れるたび、視線は床へ、壁面へ、天井へと滑っていく

さりげなく靴先でコンコンと床を叩き、音の違いを聞き分けながら。


──音が吸われた。


三袋目を運び込んだところで、BENIは一瞬だけ動きを止める。

今の足元。床板の材質が違う。下に空洞がある証拠。


“ここだな”


袋を下ろし、目を盗むように屈み込み、伝票に書き込みをするふりをしながら、床の継ぎ目を指でなぞった。

鍵の類は見当たらない。だが、床材が極端に新しい。ここが仕込みのハッチである可能性は極めて高い。


BENIの視線が、一瞬だけ倉庫外に向けられた。


──まだ、時間はある。


続く動作は迷いなく、そして静かに。

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