ホワイトブロス作戦4
「……さて。じゃあ、私の方ももう少し踏み込んでみようかな」
「まだ何か?」
「ええ。厨房がダメなら、搬入口側から。業者ラインの裏を洗ってみる。
いくつか、立ち入り制限の緩い時間帯があるらしいから」
BENIはすっと立ち上がると、カップを軽く揺らした。
「あなたは?」
「解析の進行を待ちます。そのデータが次の鍵になりますから」
FLOWAはそう言って、静かに席を立ち、再び端末の前へ戻っていった。
──会話は終わった。
けれど、互いの中で共有された情報は、もう一つの地図になりつつある。
BENIはカップを持ったまま、ひとつの表示板に目をやる。
それは、UISF本部内の内部通達が一覧される小さなインフォディスプレイだった。
《支援班要請/地質調査部門:仮申請番号Z-042A》
《調査対象区域:高松市 中央区画 下層構造》
《備考:都市開発支援名目/技術員1名・作業員2名派遣予定》
名前は記載されていない。けれど、BENIには察しがついていた。
「……ふふ、動いてるのね」
彼女はカップを飲み干すと、それを片手に軽く持ち直し、足を止めたままふと後ろを振り返る。
「情報は、ただ運ばれてくるだけじゃない。
──流れを掘り起こせる人間も、必要よね」
小さな独り言。
それが、次の任務への静かな合図だった。
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空は曇天。
高松市中央区画、白兄から半径300m圏内。
表向きは都市再開発に伴う「地質構造再確認作業」──だが、
その実、UISFが極秘に展開する“潜伏型地下調査任務”だった。
この任務の発端は、FLOWAの任務報告に添えられた厨房裏構造図の"不自然な断絶"。
地図にない空間、断ち切られた配線、回収された配膳盆に埋め込まれていた送信チップ内の情報──
そして何より、「MK-R6」という拠点コードの存在が、諜報本部の静かな警鐘を鳴らしていた。
「白兄の下には“何か”がある」
誰かがそう言ったわけではない。
だが、諜報員たちはその言葉を口にする前に、もう動いていた。
調査対象となったのは、白兄店舗の隣接ブロック。
現場には、作業服に身を包んだUISF調査チームが3名──その中にサジロウの姿があった。
腰に固定されたポータブル端末。
その先、地面に設置されていたのは携帯型GPR(地中レーダー)ユニットと、
MASW(多チャンネル表面波解析)センサーアレイだった。
「表層から第二層まで、15kN以下の圧力波で送ります」
隣の分析官が小声で確認を入れ、サジロウは頷いた。
GPR装置が静かに地面に滑らせられ、弾性波が送り込まれる。
同時に、数メートル先に並べたMASWセンサーが、地中に走る波の変化を捉え始めた。
ごく微かな沈黙の後──
「……反応、きたな」
サジロウが腰の端末に目を落とす。
画面に浮かび上がった地中断面図には、不自然に整った楕円状の空洞領域。
さらにその周辺には、複数の線状構造──おそらく人工配管か、移送路の痕跡が走っている。
「第二層、埋設物反応あり。旧都市基盤データと一致せず。構造図には載っていない」
分析官がぼそりと呟く。
「……やっぱり、噂は嘘じゃなかったってことか」
サジロウはGPRユニットを静かに引き戻し、端末にスキャンデータを保存する。
「地図にない地下……。これはもう、通路だな。出汁が通る道だ」
かつて、香川の都市開発に携わった技術者の一部から語られていた“地下通路説”。
旧時代の防災インフラが、財閥に買収され“うどん配送ルート”へと転用されたという噂。
UISFはそれを、これまで“都市伝承”と一蹴してきた──だが、今は違う。
目の前の地面が、静かにそれを肯定していた。
「情報が通るには、理由がいる。
味が伝わるには、器が必要だ。──この地面が、その器ってわけか」
分析官が苦笑する。
「例えが全部うどん基準ってのが、香川っぽくて逆に怖いですね」
サジロウはその言葉に返すことなく、再び地面にセンサーを当てた。
感情ではなく、確信だけを手に──
「……地図は誤魔化せる。
でも、“地面に残った意図”は、隠せねぇ」
機材が再び起動音を立てた。
香川の静かな表層の下、
かつて隠された“出汁の動脈”が、今、音を立てて目を覚まそうとしていた。