滑走する孤独
赤いテントは北風受けて、はたはた鳴いては脚をはる。
月の物憂い光を浴びて、さあさはじまるショウタイム。
紳士淑女の老若男女、今宵はスリルでお目々もまるく。
士農工商区別なし、少年少女は前へ前へとおいでませ。
来場の皆様方を、今宵限りの見せ物で酔わせましょう。
縷々と流るる、数々のあやしの技には惑わされますな。
からんからぁん、からんからぁん、からからからぁん。
手元に滑車でもあるようにすういと空気の中を滑った。
目をやると黒山の人だかりが皆一様に口を開けている。
私は満足して微笑むと、再び足場から体をしならせた。
加速して近づいてくる双子の姉に向けて視線を送った。
二つの空中ブランコは時計の振り子のように揺れ踊る。
持ち手に脚をかけると、上半身を空気の中に放り出す。
観客の声もドラムロールも届かない、静寂に身を置く。
今日は下に防護網がない。生唾を飲み込んで集中する。
ブランコが大きく揺れた瞬間、両手をぐんと伸ばした。
逆さの視界に映る姉の微笑。なのに、視線は合わない。
爪先をかすめて落ちた姉の髪が私の両腕に絡みついた。
咲子姉さんは、自ら私の手を離した。なぜ、どうして。
さあいらっしゃい、燈子、脚を外しておしまいなさい。
逆さになったままの私の背を冷や汗が滑り落ちていく。
膝の裏がかろうじて私を繋ぎとめているのに気づいた。
紳士淑女少年少女のあッという声がテントを駆け回る。
ブランコの揺れが止まっても腕に絡んだ髪は私を誘う。
私は落ちない。私は決して全てから自由にはならない。
***
空中ブランコ乗りの片割れだった姉の死は衝撃だった。
静寂の中を滑る私と咲子はそろって一対であるはずだ。
虚空で、私を受け止める相手はもはや存在しないのだ。
心細さから逃げるように、姉の婚約者と何度も会った。
姉の婚約者である赤月氏は深く悲しんで憔悴していた。
私たちは咲子の死が結びつけた、一対の男女であった。
赤月氏のことは咲子の事故の前からよく知っていた。
義兄妹よりも密な、けれども恋人同士より疎遠な関係。
咲子はそれを知って、空中から身を投げたのだろうか。
咲子が誤解したとして、取り返しのつくものではない。
私と赤月氏の中で咲子の存在が薄れていくのがわかる。
姉の初盆が訪れる前に赤月氏との婚約を正式に決めた。
姉は婚約者である赤月氏を奪った私を許さないだろう。
姉の事故のときには違った関係だった。咲子の誤解だ。
それでも咲子は奪われたのだと、私を恨むに違いない。
姉はとうの昔に死んだ。やましいことなど、何もない。
***
加速する身体をぶら下げて、虚空で揺れながら考えた。
やましいことはなくとも日に日に罪悪感は増していく。
姉である咲子の死は、私と赤月氏の罪なのかもしれぬ。
皆は事故だと騒ぐが、あれは故意だ。自ら手を離した。
大きく床を蹴って宙に飛び出す。反動で大きく揺れる。
腕をつかむ者のいない虚空を、静寂のなか、滑走する。
膝の裏に持ち手をかけて、咲子に手を伸ばす。いない。
持ち手をつかんで上空に脚を伸ばす。めまいが起きた。
落ちる。肌が粟立つ。腕を伸ばす。届かない。落ちる。
近づいてくる地面は咲子の見ていた景色と同じだろう。
衝撃に身構える。ぶつからない。急に落下が止まった。
おそるおそる目を開くと、脚に髪が絡みついていた。
あの日、咲子が事故で死んだ日に、腕に絡んだ黒髪だ。
咲子の髪は、私を持ち手まで引き上げて静かに消えた。
咲子。咲子咲子、咲子姉さん。逆さのまま顔を覆った。
私と赤月氏の婚約を許し、ことほぐというのだろうか。
「咲子と婚約していた頃から君のことが気になっていた」
あなたが死んで、そんな言葉を投げかけたあの男まで!
咲子が私を助けたなら、私も咲子を助けねばならない。
***
赤いテントは北風受けて、はたはた鳴いては脚をはる。
月の物憂い光を浴びて、さあさはじまるショウタイム。
紳士淑女の老若男女、今宵はスリルでお目々もまるく。
士農工商区別なし、少年少女は前へ前へとおいでませ。
いの一番に登場、空中ブランコ乗りの娘でございます。
ぬえ鳥の如き、あやしの技を今からお披露目致します。
縷々と流るる、数々の、はかなき世界に騙されますな。
からんからぁん、からんからぁん、からからからぁん。
[新聞記事]
サアカスの女 無理心中か
去月六日午後九時二十分大川町に於て婚約者赤月太郎を殺害し自害す。
<終幕>