S様(仮名)
手元には、高そうなスタイリングジェルの容器がある。一年かけてケチケチ使ったそれは、もちろん自分で買ったものではない。
今から十年前。同じ職場に「S様」というスーパー女史がいた。
S様。当時三十九歳。歳を五回は聞き直したいくらいのお美しさ。
男児一人を捻り出したとは思えぬスタイルに、パトリオットミサイルを胸部に仕込んだ殺人的美女。
もちろん悩殺的な意味で。
そんなS様は、本当に優しく、仕事が終わった後も、俺を食事や遊びに連れ回してくれた。
S様は、バツ一でもちろんモテた。俺が他の職員との恋路を邪魔していたのではないかと不安になるが、S様からのお誘いをお断りできるはずがない。
「ジャン、今夜空いてる?」
「はい(貴女様より優先させる予定などございません)」
その当時は、ほぼ夜勤だったが、コロナのコの字もない頃であり、夜の街は元気そのもの。S様との遊び場に困ることはなかったのである。
S様は、もちろん遠目で見ても美しく、間近で見ると、化粧の薄さに二度びっくりする。長い睫毛が優雅に羽ばたく様と、胸の谷間のマリアナ海溝に戸籍が女のはずの俺も、ドギマギしたものだ。
そして、S様はこの俺に惜しげもなく色々なものをくれた。
全て大事に使わせていただいた。この手元のスタイリングジェルもその一つだ。
あれぐらい他人に優しく美しくありたい。そう思えるぐらいの方だった。
S様が、永遠に幸福で微笑んでいただけますように願いを込めて。
今週も、読んでいただきありがとうございました。なろうに登録した当初、「0ビューは、さすがにつらい」と、マリアとパトラッシュと、中学時代の友達三人だけにこのアカウントを教えた。
今や、このエッセイすら百ビュー超えてた。感謝してもしきれない。
皆様にも、幸せの粉雪がしんしんと舞い降りますように。