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均等なようで均等じゃない

「……」


 15の夏、とても遅い速度でガタガタと揺れながら走り続ける自分1人しか乗っていないボロ電車は、案外良い物だ。


 窓を見ると砂利が普通に見える程度の浅瀬がキラキラと光っている。

 軌条を保護するための柵が低すぎて、座席から膝立ちで窓を覗かなければ柵が見えないのは逆に良い演出を生み出していた。


「……お」


 向かい側の窓を見ていると、底の見えない深い穴に痩せ細った男がロープを垂らして死んでいる。少し変色していた。

化け物みたいな状態にはなっていないのでそう時間は経っていないのだろう。


「下に石でもあって……丁度良い紐の長さで窒息と首吊りを両立してるのかな」


 などと訳の分からないことを俺が言い、その数秒後に電車は何事もなかったように通り過ぎる。


 外は少なくとも40度を超えているが、この電車は年季に比べて性能の良い冷房が効いているので平気だ。


「……バレないし良いか」


 見た目と大きさは普通のキャリーケースレベルだが、異次元空間の内部には相当な量が入る旅行用ケースから、ドライアイスで保護されたソフトクリームを食べると、甘くて美味しかった。


 少し遠くでは氷塊を巡りながら乱闘が起こっている。


「皆んな大変だな……」


 行き場を求めて彷徨っていた俺も大変だが、()()()()と違って未来に希望があるから呑気に、ソフトを舐めながら思う。


 昔は()()()()()だって興奮しながら見ていたけれども、成長して世の中にうんざりしていくにつれて、その光景への興味も失せた。


「……」


 窓の外を見ても人間の自殺か喧嘩しかないので、電車に設置されているモニターを見る。


 この電車に設置されているモニターは相当な旧式で、普段から付けている電子機器を使う時に遠隔操作できたり、電脳のモニターを目の前に映し出すことの出来るコンタクトレンズが反応しない。

 別にレンズが使えなくても不都合は無いんだけど、見上げる時に首を動かす必要があるのが面倒だ。


「長いな……」


 ただ、暇つぶしにモニターを見たのが間違えで目的地までへの到着時間は9時間近い。


 一応この快速電車に乗っているのは俺と、指令で無干渉を貫いているアンドロイドの1人と1つだけなのでどれだけ自由にしても良いんだけど、それでも暇なのは暇だ。




「……」


 だからなのか、気が付けば俺は半分くらい無意識のうちに今の現状がこうなった理由は考え出していた。


「そうだな……」


 俺は人口がとてつもなく少なく住民の平均年齢が高い、言ってしまえば限界集落のような所で生まれた。


 一応村長的な生まれではあったけど、人口が少ないという事は物の流通も少ないということで、言葉の訛りも含めて都市部って言えば良いのか中央って言えば良いのか、まぁ、進んだ場所で生活している人たちからしてみれば小金を持ってる田舎者だ。

 そんな環境下で生まれ育った周囲の年寄りや大人たちは中央の人間に対して未知への恐怖と自分たちは遅れているからという劣等感が入り混じった、よく分からない生物を見る様な価値観を持っていた。そのうち自分たちの村が滅びることを理解していたからヤケも入ってたのかもしれないな。


(でもなぁ、別に生活は出来てたし……)


 ただ、そこから少し離れるとさっきの電車の窓から見た様な人たちが貧困に喘いでいて——防壁は張ってあったので襲われる心配は無いけど、とても苦しんでいた。

 その人たちを見れば普通に生活を営めているのだから多少複雑に思うことがあったとしても、ああまで悲観的になることもなかったと思う。


 あの地域で1番の力を持っている所の出身で、村唯一の子供ってことで大事にされていた自分が言っても意味は無いのかもしれないけど。


「あー……」


(だから、両親は俺をあの村から出したのかもしれないな)


 あそこにいた時は、まだまだ世間を知らない子供の自分だって先が長くないのは理解できていた。


 もし俺が死ぬまで先が残っていたのだとしても、あんな閉鎖的で排他的な価値観と言葉が入り混じっていた環境にいては精神衛生上宜しくはない。


(人脈を作って)


 いや、人脈じゃなくて口実に近いな。


 俺は小さい時から良く遊ぶ、っていうか向こうに行ってこっちに来てもらってを繰り返してる——最近はずっと俺の方から行ってる歳の離れた都市部に居る幼馴染——って言えるほどの年齢差でもない奴が居た。今年で36だ。


 なんでそこまでの年齢差があるのかと聞かれれば、向こうは心に問題を抱えていて……頭の良さなんかは本の知識なんかは豊富なので違うどころか寧ろ優秀だとは思うんだけど、社会性とか精神年齢とかに大きな問題を持っていた。

 小さい頃の自分はそこに違和感を感じず、親しみを持って接していたんだけど、今考えると26歳が5歳と対等な関係性を築けるくらいには幼かったんだろう。


「しっかし、俺の親族にも凄いのが居たよ」


 親にそれを聞いた時は色々と言われていて、今は殆ど覚えてもいないけど親族が何かだ。ただ、近いか遠いかで言えば普通に遠い親族なので、それがそん中じゃ多少偉かったのだとしても、わざわざ限界を迎える直前の集落の所にまで相談が行くってことはそれくらいそいつはヤバい状態だったって訳だろう。


 そして、周囲が年寄りばかりでそれらしい人間関係もない俺がそいつと半ば強制的な見合いで話を進められてたってことなんだろうな。

 ……違和感を感じていたのに顔が良いからって理由で適当にやってた俺も俺だけど。

 ただ、親の方に関してもそれくらいじゃないと子供1人家から出せないほどのしがらみでもあったんだろう。


(にしても若いよな、彼奴って)


 世間一般で36なんて言えば、男女の関係なしにクリームとかパックををている程度じゃそろそろ老化が目立ってくる頃。

 それでも元が美形ならまだ、物好きの若年層を除いて、中年以上ども相手には美形として通るけど、色気路線に変更しなければ厳しくもなってくる。


 なのにアイツは出会った当初から21~3の見た目でそれは今日までずっと変わっていない。精々ある変化と言えば、心の疲れが人相として年々酷くなっていることくらいだ。


(なにやってんだろ)


 いや、確かに金を使えばその年齢でも若い頃の美貌を完全に維持できる技術は存在するんだけど、それでも身近にそんな人物がいるってのには驚きを持ってしまう。


 ああいや——。


「俺の住んでたところ、年寄りばっかだったわ」


 そう思うと、さっきまで考えていたことがアホらしくなって、暇になったので目を閉じた。


♦︎


「——やっと着いたか」


 遠いので到着する度に思うその家は、柵だとか防犯カメラの数の多さ意外にはなんの変哲もない多分、値段で表せば5000万円くらいの2階の戸建ての家だ。立地とか庭のサイズも含めるともっと高そうだな。


 ただ、——包み隠さずに言うと見た目が良いだけの役立たずを隔離する牢獄としては豪華すぎる。


「……」


 最早こいつの飼育員にされている俺は、鍵も戸籍も何もかもを持っているので、ピンポンなんてしなくても直ぐに入れる。

 

 なんなら、この家の主をやっていたであろう向こうのほうは少なくとも、外出禁止で鍵を所持していないと思う。


「ただい……ま、だかこんちにはだかこんばんわ——」

「ど、どうも……おかえりー——?」


 すると、いや予想通りに美人に生まれてなきゃ今頃は自殺する以外に道のなかった彼奴は玄関で待っていた。


 半年ぶりの再会で、こいつも緊張で心労が溜まっていたのか、表情から相当な神経衰弱が起こっていたのは想像に難くない。


「……何分前から待ってたん?」

「ご五時間前だよ」


 嘘は言ってない。マジで五時間ずっと立ちながら待機してたんだろう。


「——居間に行くぞ」

「う、うん」


 この家は何から何まで、出会った当初からずっと変化していないので内部構造なんかは完全に把握している。


 なので、迷う心配はなかった。




「……」

「——」


 しかし、部屋に到着してからは予想通りに会話の発生しない気まずい時間が出来た。

 

 向こうも、俺が自分っていう厄介ごとのために来たんだってことはおそらく理解してる。その罪悪感もあるな。


「……ごめんね」

「最終的な決定権は俺にあったんだから別に良いだろ」


 考えていると、とてつもなく申し訳なさそうに言ってきた言葉に俺はそう返した。つーか、こうとしか言えない。


 色々とめんどくせぇとは思うけどな。


「そうなんだ——」

「俺が好き好んで取ったんだから良いって」


 また、気まずい空気が流れる。


 こうなるだろうな、って、思っていた通りになったので混乱はしてないけど、怠いとは感じてしまう。


「っ、っ、な、何か食べ物でも持ってくるよ」


 こいつはそう言うと、とてつもなく慌てながら台所に向かった。


 向こうなりに気まずい空気を直そうと思ったんだろう。ただ……。


「俺も手伝うよ」


 多分、この後こいつは落ち着きのなさと不器用さから事故を起こす。そもそも身の回りの雑用なんてある程度金を持ってる家なら、アンドロイドに全部を任せとけば本来は済むんだ。それを自分でしようとするってことは、めちゃくちゃ混乱してるのをこいつなりに抑えてる証拠だった。


 ただし、それはそれこれはこれなので、俺は問答無用で着いて行った。


「だ、大丈夫だか——!?」


 大丈夫、そう伝えようとした瞬間に前方不注意でドアの車輪を通す低い段差に足を取られて、棚の中の食器を盛大にぶちまけた。


「ちょっと待ってて、掃除機とか持ってくるから」

「え、いや……」


 罪悪感とトラウマのフラッシュバックから、こいつは明らかに混乱している。


 こういう時は下手に刺激しないのが最善だ。







「手とか切ってないか?」

「私の体は大丈夫だけど、食器が——どうすれば良い?」

「食器なんて買えば全部揃うんだから、どうしなくても良いよ」


 元から俺はこいつに期待もしてないので、別に怪我もしてないのならどうにでもなる。


 まあ多分、これから先も21歳下の奴に向ける反応かよ——って、呆れることは続くだろうけど。仕方がないので割り切るしかない。


「……」


 そう考えてる俺が掃除用アンドロイドに作業をやらせてたら、36歳は15歳に怯えていた。


「あ、あの……」

「畏まらなくて良いよ。仕方ないし」


 仕方ない。これに尽きる。


 こいつはこうなる様に育ったんだから改善はしても治りはしないし、見た目に釣られてやって来た俺だって偉そうなことを言える立場じゃない。


 頭ん中でどんだけぐちゃぐちゃ考えてたって、外から見てみたら俺もこいつも同じレベルの存在だってことくらいは分かる。









「……」

「……」


 一通りの作業が終わって、俺たちは座っている。


「最近は何をしてたよ?」

「ずっと家で本を読んだり、寝てた」


 こいつは、相当前に薬を飲み忘れた日、理性のコントロールが出来ないで自分で俺の方に行こうとして貧民街とこの地区を隔離している結界を解きかけた。

 それが成功すれば貧民街にとっては革命の女神だが、そいつらに流れ込まれて虐殺されるであろう側からすれば単なるゴミクズだ。


 稀にそんなことは無い訳じゃないので初めてがこいつではないけど、やって許されるレベルを超えてる。

 後ろからの力と多額の賠償金を払って漸く秘密に抑えることが出来たものの、んな問題を起こす奴を外に出す馬鹿が何処にいる、ってのが一同の総意だった。


「外には出たいけどさ、私、一回凄い失敗しちゃってから、出るの駄目って言われたじゃん……」

「まあなー……」


 こいつは家の敷地内を歩き回ることすらも禁止されており、買い物を口実に出掛けようにもアンドロイドが全部やってくれるので玄関での取引すらも不可能。事実上の軟禁だ。


 一応は現実と全く同じ仮想空間で自然を感じることは出来るが、やっぱり機械の上で動いてるのと現実で動いているのとでは、心理的な問題に大きな違いがある。

 

「だから……」

「分かった」


「え?」


 え、なんて驚いた様に言っているけど、その表情はとてつもない期待で満ち溢れている。


 ただ、完全に要望通りのことは出来ないのは申し訳ないな。


「ただし、柵からは出ないこと。それと俺がお前を視界に入れることが可能な時に動いてくれ」

「可能な時?」

「最低限の条件として、俺が寝てる時と俺が一階にいない時は絶対に外には出ないでくれ」

「分かった」


 気落ちしていない、って言えば嘘になるけど何年間も一緒にいる俺が意識を集中させてやっと気が付けるレベルの動揺だった。


 こいつなりに割り切ったんだろう。



「じゃあ外に出るね!」

「は?あ、ちょ待て——」


 そう思ったら次の瞬間には興奮した様子で飛び出した。


 なにか反省文でも書くことになるのかなーと思って俺は追いかけた。


♦︎


 あれから2年が経ったか、今でもこいつから落ち着きは欠けてるけど、最初に来た時と比べて明らかに元気になった。


 偶に薬を飲み忘れると制御が怠いけど、そうでない場合は目を離してさえいなければどうなかはなっている。

 今も2人して意味もなく、寝てるのか座ってるのかよく分からない状態だ。



「ねえ」


 すると、さっきまで意識を半分手放していた目の前のこいつは急に口を動かした。


「……ん?」


 こいつの行動パターンにも完全に慣れて、今の状態は安全だと分かるから俺も自然に、気の抜けた素の状態で返す。






「私さ、今、凄い幸せだよ」

「俺もだ」

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