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騎士と経緯



「アスベル。君には今回、とあるサキュバスの監視と警護をお願いしたいんだ」


 ヴァレオン王国を守護する騎士団に与えられた屋敷の一室。最低限の調度品しか置かれていない簡素な執務室で、青い髪をした静かな雰囲気の男が笑う。


「……監視と警護、ですか?」


 声をかけられた男──アスベルは確認するように呟き、目の前の男を見つめる。


「そ。上からの命令でね。有名なサキュバスを捕らえたはいいけど、どうも持て余してるみたいなんだよ。魔族との友好条約があるから、処刑なんて真似はできない。でもだからって、下手な見張りをつけても籠絡して逃げられる。向こうも、困ってるみたいなんだよ」


「それで、私に声がかかったと」


「そういうこと」


 青い髪の男は軽い感じに笑う。アスベルは変わらず無表情で、続ける。


「御言葉ですが、グラン団長。たかだかサキュバス1人に、そこまで気を遣う必要はありますか? 確かにサキュバスは、種族として人間を魅了する力を持ちます。ですが彼女たちの身体能力は、我々人間と変わらない。魔法にさえ気をつければ、放っておいても大した害はないでしょう」


「残念ながら、そういう訳にもいかなくてね。彼女──リリアーナ・リーチェ・リーデンは、ただのサキュバスじゃない。彼女はサキュバスの中のサキュバス。サキュバスクイーンと呼ばれる最上位種だ」


「……サキュバスクイーン。確かその種族は、生まれ持った特殊な力のせいで迫害され、何百年も前に滅びたと本で読んだ覚えがありますが……」


「流石に詳しいね。ま、正直僕もその辺の話は半信半疑だ。ただ問題なのは、彼女が魔族の国でも特別な立場にあるってこと。彼女にこれ以上、自由にされるのは困る。けどだからって、手荒な真似もできない」


「それで私に、見張れと。……では、警護というのは?」


 あくまで淡々とした様子の部下に、椅子に座った青い髪の男──騎士団の団長であるグランは、楽しげに言葉を返す。


「彼女、すっごい美人らしいんだよね。ま、当たり前と言えば当たり前なんだけど、この世のものとは思えないほど、絶世の美女。欲しがる馬鹿は腐るほどいる」


「……なるほど。だから、守れと」


「そ。馬鹿な奴らに捕らえられて慰みものに……なんてことになったら、また面倒なことになる。魔族の中には人間をよく思ってない種族も多いから、余計な火種は作りたくない。だから彼女を守りつつ、馬鹿な真似をしないよう見張る人間が必要なんだ」


 グランは立ち上がり、友人にちょっとしたお願いでもするように、アスベルの肩を叩く。


「それが命令なら、私に断る理由はありません。……しかし、他にもっと適任がいるのでは? 私は剣を振るうだけの能無し。警護や監視というのは、どうも性に合いません」


「いやいや、今回の件で君以上の適任はいないんだよ。……これは鉄面鉄鬼てつめんてっきの異名を持ち、戦場の鬼とまで言われた君にしか頼めないことだ」


「……はぁ、そうですか」


 表情の少ないアスベルだが、それでも長い付き合いであるグランには、彼が本気で嫌がっているのが分かる。グランは思わず溢れそうになる笑みを噛み殺し、言う。


「心配しなくても、そう長い任務にはならないよ。上が魔族と取引をしているみたいだから、たぶん……一月以内には彼女の身柄は向こうに引き渡すことになる」


「その間、私の通常の業務は?」


「それは、エリスくんに任せことになる。……なに、難しく考える必要はない。君は休暇だと思って、本でも読みながらただサキュバスを見張っているだけでいい」


 グランはそこで一度言葉を止め、楽しげに目を細める。


「だからよろしくね? インポのアスベル」


「……その二つ名で呼ぶの辞めでください」


 アスベルは大きく息を吐いた。



 ◇



「……と、いう訳だ。お前もしばらく大人しくしていれば、国に帰れる。だから、余計なことを考えるのは辞めておけ」


 リリアーナが馬鹿なことを考えないように、アスベルはざっと経緯を説明した。これでこの女も、少しは大人しくなるだろうと。


 しかし、どうしてかリリアーナは不機嫌そうな表情を浮かべ、古い木製のベッドから立ち上がる。


「やだ」


「……は?」


「嫌だって言ってるの。あたし、あんな辛気臭い国に帰りたくないわ。人間の国の方がご飯美味しいし、養分になる馬鹿も多い」


「わがままを言うな。子供か、お前は。今まで散々、男を騙して遊んで来たのだろう? いい機会だ、少しはそこで反省しろ」


「……随分と上からものを言うのね、人間」


「お前がわがままを言うからだ、サキュバス。何度も言うようだが、お前の誘惑は俺には通用しない」


「そう? 今まであんたと同じようなことを言ってきた連中は、みーんなあたしの養分になったわ。あんたはいつまで、そのすまし顔でいられるのかしらね」


「牢屋の中で威張っても、虚しいだけだ。お前の方こそ、いつまでその虚勢が続くかな」


「……っ」


 話は終わりだと言うように、視線を本に移すアスベル。リリアーナはその後もしばらく文句を言い続けたが、アスベルは全く取り合わない。


「……ほんと、何なのよこの男」


 いくら言っても意味がないと悟ったリリアーナは、ベッドに寝転がり考える。


「…… でも、一月か」


 今さら、あんな辛気臭い国に帰るのは御免だ。そもそもあの国では自由にできないからこそ、こうしてわざわざ人間の国までやって来たのだ。こんなところで連れ戻されたら、きっともう抜け出すことはできないだろう。


「なら、やることは1つ」


 何も悲観することなどない。やることはいつもと同じだ。この無愛想で無表情な男を籠絡し、牢を開けさせ逃げる。それだけで、全ての問題が解決する。


「あたしならできる、簡単だ。何せあたしは、傾国の魔女。サキュバスの中のサキュバス。リリアーナ・リーチェ・リーデン。インポだろうと何だろうと、あたしに落とせない男はいない」


 アスベルが無様に地面に這いつくばり、情けない表情で自分を見上げる姿を想像し、リリアーナは笑った。



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