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第5話


 当時の保育士に、若い男性は珍しかった。


 だから、お兄さん、と呼ばれた保育士は皆に人気者だった。


「ココ、お兄さんとあそぶー!」

「よーし! ココちゃんおいでー!」

「わっはー!」


 背の高いお兄さんは高くあたしの体を持ち上げてくれた。


「リリ、見てぇー!」


 リリがお兄さんの足元からあたしを見上げる。


「リリぃー!」

「……ふぇっ……」


 リリの目が潤みだし、次の瞬間、大泣きしだした。


「ふぇーーーん!!」

「おー? リリちゃん、どうしたの?」


 リリがこの世の終わりように泣き叫び、お兄さんの足にしがみついた。


「ココを返してぇーーー!!」

「あははは!」

「ココ返してーーーーー!!!」

「ほーらココちゃん。リリちゃんが遊びたいって」

「ココ、もっと高い高いしてたい!」

「はーい。下りようねー」

「お兄さん、次わたし!」

「はいはーい」


 地面に下りたあたしの手をリリが握った。お兄さんは他の子を高い高いし始めた。あたしはもっと高い高いしてほしいと思って並ぼうとすると、リリに止められた。


「ココ、あっちで遊ぼ」

「ココ、お兄さんに高い高いしてほしい」

「だめ! リリと遊ぶの!」

「えー」

「電話のおもちゃ、ココにあげるから!」

「ココ、高い高いしてもらいたいんだもん」

「ふぇっ……」


 リリが大泣きした。


「えーーーーーん!!!」

「あらあら、リリちゃん、どうしたの?」

「ココが遊んでくれないー!!」

「ココ、高い高いしてもらいたいんだもん」

「えーーーーん!!!!!」

「二人とも仲良くして。ほーら見てー!」


 先生が新品のクマのヌイグルミをリリとあたしに渡した。


「クマさんが二人と遊びたいって!」

「かわいいー!」

「なにこの子ー!」

「はーい。二人で遊んでおいでー!」

「ココ、いこー」

「リリ、いこー」


 リリがお兄さんから離れた場所まであたしを引っ張り、おままごとセットを周りに広げる。


「この子赤ちゃんね!」

「名前つけよー!」

「じゃーね、リリとココの赤ちゃんだから、リコちゃんね!」

「リコちゃーん」

「リリ、リコちゃんにご飯作るから、ココがリコちゃん持ってて!」

「リコちゃーん」

「おいしいの作ってあげるね!」

「リコちゃん、楽しみだねぇー!」


 卒園するまで、リリはそのクマのヌイグルミを名前で呼び続けた。


「リコちゃん、今日も遊ぼうねー」


 遊ぶ相手は必ずあたしだった。


「ココ、リコちゃんと遊ぼー」


 リリがお兄さんに懐くことはなかった。


「ココ、リコちゃん持ってきたよ」



「今日も遊ぼう?」





 クマのヌイグルミを持つリリは、幸せそうに笑っていた。








 ――目が覚めた。リリがあたしの唇にキスをしていた。瞼を上げると、リリの青い目が見えて、口を離したリリが微笑んだ。


「おつかい、疲れちゃったんだね」

「……」

「カレー作ったよ。起きて。ココ」

「……うん。ありがとう……」


 ソファーから体を起こし、椅子に座った。向かいの椅子にリリが座る。目の前には、サラダと、美味しそうなカレーがあった。


「熱いから気をつけて」

「……ありがとう」


 リリのカレーは美味しかった。とても好みの味付けだった。


(リリは……やっぱり何やっても完璧……)

(……羨ましいな……)


「ココ、サラダも食べて?」

「うん」

「美味しい?」

「うん。……美味しい」


 リリに笑みを向ける。


「ありがとう。リリ」

「喜んでくれてよかった。……口に付いてるよ」

「え?」

「ここ」

「ここ?」

「もー!」


 リリが嬉しそうに笑いながら立ち、あたしに歩いてきた。


「ここ」


 あたしの口の端を、舌で舐めた。


「……ごめん。ありがとう……」


 びっくりした。ティッシュで取ってくれたら良かったのに。


(あっ)


 リリがついでのように、あたしに抱きついた。


「リリ……?」

「美味しい?」

「うん。あの、……すごく、美味しいよ」

「ココの為に作ったの」

「うん。……ありがとう」

「まだ残ってるからいっぱい食べてね?」


 リリがしゃがみこみ、床に膝をつけ、今度はあたしのお腹に抱きつき、頭を寄せた。


「カレーがなくなったら、また違うの作ってあげる。それで、私が忙しい時はココが作ってくれる?」

「え、あ……うん。もちろん……それは……」

「嬉しい。じゃあそうしよう?」


 リリがあたしの胃袋のある位置に手を置き、優しく撫でた。










「お前、最近大丈夫か?」


 廊下で松野先生に声をかけられて、あたしはきょとんとした。


「何がですか?」

「元気ないんじゃないか? お前」

「……あー……」

「なんだ。失恋か?」

「失恋……」


 この先生は面白い先生だった。授業中も変わった雑談を入れ込むし、頭に毛が無いので、「ハゲの人というのはなぜか暗いイメージを持っている。俺はね、明るいハゲを目指してるんだ」と言ったり、「化学の先生は白衣を着てるのに、現代文の先生は白衣を着ないんだ。だから俺は白衣を着てるんだ」と言って、いつも制服のように白衣を着ていた。


 何かと、気に入ってもらっていたようだった。普段から結構声をかけてもらっていた。この時も――先生から声をかけてくれた。


「そうですね。失恋。……目の前で、クラスの子が好きな人に告白してたんです」

「は? 目の前か! おー、ははは! きついな!」

「SNSにも上がってて、おめでとうの言葉とかあって……その一か月後にお別れしちゃったみたいで」

「おー、じゃあアタックしなよ」

「いや、なんか……そこまでじゃないかなって」


 あんな大々的にされると、近づけなくなるというか、


「なんか……テストの点数も悪くて」

「んー」

「やりたいことも見つからなくて」

「お前アレだよ。部活入りなよ」

「んふふ。その、……バイトしてるから、別に、……いいかなって」

「お前どうせ暇なんだろ? バイトなんかいつでも出来るんだから部活入りなよ」

「……ふふっ。まあ……考えておきます」

「お前この後暇なの?」

「いや、今日は……家に帰るだけです」

「ちょっと手伝ってくれない?」

「何をですか?」

「資料をね、移動させないといけなくてね」

「あ、そういうことなら全然大丈夫ですよ」

「あー、良かった良かった。一人だと出来ないんだよ。俺も年だからさ」


 言われた通り、倉庫に置かれた大量の資料を職員室に運ぶ手伝いをした。


「俺もね、別に国語なんか好きじゃないんだよ。でも簡単に先生になれる方法が国語しかなかったんだよ。化学とか社会とか、英語とか数学とか、俺興味ねーもん」

「なんで先生になったんですか?」

「婆ちゃんになれって言われたんだよ。でも他になるものもなかったからなー」


 先生は優しかった。気さくで風代わりのおじさんだった。


「釣りの何が楽しいか、俺はね、よくわからないんだよ。車の運転もね、何が楽しいか俺はよくわからないんだよ。でも運転しないとここまで来れないからさ」

「煽り運転とか最近多いですよね」

「煽られたらすぐに道譲ればいいんだよ。俺はね、あんな老害にだけはなりたくないよ。平和主義者だからね」


 アルバイトの愚痴も、クラスの愚痴も、みんな聞いてくれた。


「うち、お父さんいるんですけど、お母さんのお葬式以来見たことなくて。チャットとか連絡は来るんですけど」

「あー、生活費だけみたいなやつか?」

「そうです。高校卒業したらそれも止まっちゃうみたいで」

「あー」

「だからアルバイトして、今のうちに社会経験積んでおこうと思って。でも、接客は向いてないと思います。あたし、結構そそっかしくて、この間レジで『何も出来ないなら何も出来ないって札を首から下げておきなさいよ』って怒鳴られました」

「人間観察出来るよなー。接客はな。お前はそんな大人になるなよ? そのおばさんとね、俺みたいな大人にはね、絶対なっちゃいけないからな」


 アオイちゃんに話せない話は、松野先生にぶつけた。


「先生」

「んー?」

「劣等感ってどうやって消えますか?」

「あー。自分に期待しない事だなー」

「期待なんてしてません。ただ、なんていうか……」


 先生には正直に言うことが出来た。


「……宇南山さん、いるじゃないですか」

「おん」

「幼馴染で」

「おー?」

「保育園から一緒なんです」

「おー、そうなんだ。小中も?」

「あ、同じです」

「ほー」

「それで……宇南山さんは優秀だし、親も健全だし、愛されてるし、頭良いし、美人だし、ハーフだし……なんでこんなに違うんだろうって」

「そりゃ環境も生んだ親も違うんだから、違うだろ」

「あたし、宇南山さんになりたかったです」

「んー」

「友達も多くて、好きな人に告白したら絶対OK貰えて、可愛くて美人で、頭良くて」

「仲悪いの?」

「……悪くはないです。昔は……大親友でしたけど、小学校で……クラス離れてから、あまり……話さなくなったというか」

「あー、よくあるよな」

「別に比べる必要もないし、あの子はあの子で、あたしはあたしってわかってるんです。でも、人間って、なんていうか……比べたがるじゃないですか」

「まあな」

「どうやったら消えるんですかね」

「一番いいのは成功体験を積むことだな」

「……」

「うん。時間かかるんだよな。成功体験とかさ、よくわかんねーじゃん。何が成功で失敗とかさ、でもさ、自分に期待しない事、今の自分を受け入れる事、今の自分を許してあげる事、自分にできる範囲のことで成功体験を積む。でね、将来的に差別化ってわかる? ……他人はこういう方法で成功体験を積む。自分は別の方法で成功体験を積まなきゃいけない、みたいな時が来るのよ。だから、同じことしても結局他人は他人なんだよな。お前の出来る範囲のことで、宇南山とは違う方法で成功体験を掴むことが出来れば、それがお前にとっての自信に繋がる事になるんじゃないの?」

「……そんなこと出来ますかね?」

「あのねー、うちの奥さんがね、お化粧の話をしてたよ。皆顔が違うから、同じお化粧でも絶対顔が違ってくるわけだから、その顔にあったお化粧を女はしないといけないとかうんたらかんたらみたいな」

「あー」

「一緒だって。お前と宇南山は違うんだから」


 その一言は、あたしの胸に大きく刺さった。


「あとね、忙しくするといいらしいよ。嫌なこと忘れられるから。お前、今日から勉強しな。現代文なんて点数取れるだろ。満点目指しな」

「……そうですね。……宿題ちゃんとやります」

「そうだよ。やってくれないと俺が怒られるんだからさ」


 その夜、あたしは現代文の勉強をした。古文、文法、読解力。解けば解くほど自信に繋がる気がして。


(次のテストで良い点数を取れば、先生が「やればできるじゃん」とか、言ってくれるかもしれない)


 今の自分を許してあげて、


(やれるところから、コツコツと)


 あたしは劣等感の塊。リリに勝つことなんてできっこない。でも、他の方法で、自信に繋がることがあるかもしれない。


(あたしは自信がない。だからリリと比べちゃうんだ)


 沢山本を読んで、沢山教科書を読んで、暗記するくらいまで読み漁って、


(忙しく、忙しく)


 学校に行って、勉強して、アオイちゃんと世間話して、バイトして、帰って、また勉強して。


(あたし、今すごく充実してる)


 教科書を暗記してるから、授業の内容が理解できる。現代文以外は自信なかったけど。


(現代文なら……)

「ところでみんな知ってるー? この間のドラマでねー」


 松野先生の雑談が楽しい。先生の言葉が面白くてメモを取る。知識が増えていく。帰りに廊下にいた先生に声をかけた。


「お手伝いありませんか?」

「おーおー。助かるー」


 ほんの小さな時間だったけれど、先生の手伝いをしながら世間話をする時間が、とても楽しかった。



 翌週、距離が近すぎる先生と生徒がいるという通報が入った。



「……先生、お手伝いしますか?」

「あー、駄目なんだよー。なんかねー、生徒と先生の距離が近いとかで通報入ったらしくてねー」

「あ、なんか……聞きました」

「そーなのよー。それでなんか、しばらく生徒と先生の距離を保つとかなんとかねー。上がうるさいからさー」

「そうですか……」

「いつまで続くのかねー」


 重たそうな荷物を持って、先生が職員室に入っていった。


 しばらく、あたしも先生に声をかけるのを控えた。


 しばらくして、松野先生が休みがちになった。他の先生に聞いた。


「……あの、松野先生、どうかされたんですか? その、提出物があって……」

「体調が悪くて休んでるんだよ」

「……体調ですか……」


 久しぶりに松野先生が廊下にいたのを見て、声をかけた。


「先生、ご体調大丈夫ですか?」

「あー、なんかね、癌が見つかってねー」

「えっ、だ、大丈夫ですか!?」

「んー。まあー……、……人はいつか死ぬからなー」


 松野先生が腕を組んだ。


「お前、大人になったら後悔しない道進めよー? 人生一度きりだからなー」


 それから、松野先生は学校に来たり、来なかったり、いつからか、松野先生の姿は全く見なくなった。


 その一週間後、松野先生の代わりに来ていた先生から、松野先生が逝去されたと話を聞いた。


「体調が悪化したみたいでね」

「……お墓とか……」

「ごめんね。生徒に教えちゃいけないことになってるんだよ」


 いつもの日常が戻ってきた。カースト一軍の笑い声が廊下まで響く。


「テスト返却するぞー。浅田ー」

「うーい」

「宇南山ー」

「はい!」


 テストが返却されていく。あたしが呼ばれた。


「お前惜しかったなー」


 返されたテストを見る。98点だった。


(ああ、まただ)


 満点、取れなかった。


「リリ満点!?」

「純日本人じゃん!」


 先生ごめんなさい。

 あたし、また結果を出せませんでした。


 席に戻る時、ふと、リリと目が合った。でも、あたしはもうリリと比べることをやめた。


 リリはやっぱり天才だ。優秀だ。


(……あと2点だった)


 あたしの目はテストの点数に向けられた。


(先生、次は満点取れるよう、頑張ります)


 顔を上げて、リリの横を通り過ぎた。あたしはもう何も気にしない。リリが真顔になった気がした。でも、何も感じない。


 あたしはあたし。リリはリリ。


(次も頑張ろう)

「ココ、何点だった?」

「98」

「ココって、やっぱ頭良いよね。いっつも95点以上取るじゃん」

「次は満点目指すよ。アオイちゃん、一緒に勉強しよう?」

「やろやろ。私、そろそろガチでやんないと本当にまずくて……」


 あたしはもうリリを見ない。アオイちゃんと話して、笑う。


 これがあたしの日常。


 もう、比べる必要なんてない。




「……リリ? どうかした?」

「……生理痛かも。お腹痛い……」

「だからか! 今やばい顔してたって! 大丈夫!?」


 リリが友達と保健室に歩いていった。















 リリがご飯を作ってくれたから、あたしが食器を洗う。


 リリがニュースを見る。リリの捜索はまだ続いてる。あたしは聞きたくなくて、目の前の食器に集中した。


 リリが立ち上がった。歩いてくる。トイレに行くのかな。あたしは食器を洗い続ける。リリがあたしの背後に立った。あたしは食器を洗い続ける。


 リリがあたしを抱きしめた。そして、あたしのお腹の、胃の辺りを撫でる。あたしは――やっぱり食器を洗い続ける。


『警察では目撃者がいないか、情報提供を呼びかけています』

「いつかここにも来るのかな」


 あたしの手が止まる。


「大丈夫だよ。ココ。私がいれば、ココが捕まることなんて絶対ないんだから」


 そこであたしは気付いた。

 あたしは――とんでもなく怯えていたようだ。


 リリの温もりが、声が、あたしに安心感を与える。


「ココ、大丈夫だからね」

「……リリ……っ……」

「だいじょう……」


 あたしは振り返り――しがみつくようにリリを抱きしめた。その瞬間、体が震えだし、手に力が入る。


「怖い……!」


 リリを潰してしまうんじゃないかと思うくらい、しがみつく。


「あたし、怖い……!」

「……ココ……」

「どうしよう、リリ……!」


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い――!


「あたし、どうなっちゃうんだろう……!」







「……………忘れさせてあげようか?」


 震えるココに囁く。


「一瞬だけなら、忘れさせてあげられるよ?」

「……」

「どうする? 忘れたい?」


 ココが小さく頷いた。


「そっか。じゃあ……」


 私の手が伸び、蛇口から出るお湯を止めた。


「こっち来て」

「リリ……?」


 あえてつけてたテレビを消して、倉庫にココを引っ張る。


「リリ……」


 リビングの明かりを消す。倉庫に置かれた小さな明かりだけつけて、ココをベッドに座らせた。


「何するの……?」

「気持ちいいこと」


 ココが不安げな顔で私を見てくる。


「忘れたいんでしょう?」


 上着を脱いだ。ココが小さく悲鳴をあげた。寝巻きを脱いだ。ココは顔を真っ赤にさせて、両手で目を隠した。それが……もう、可愛すぎて、私はココを抱きしめる。


「ココも脱いで」

「な、何するの……?」

「気持ちいいこと」

「どうして脱ぐの……?」

「脱がないといけないから」

「脱ぐの……?」

「女の子同士なんだから、平気でしょ?」

「でも」

「でも?」

「……恥ずかしい……」


 思わず力が入りそうになるのを堪えて、優しく優しく、ココの頭を撫でた。


「あたし、太ってるし……」

「標準だよ。筋肉がついてないだけ」

「やだ。リリには……見せられない」


 ココが鼻声で私の肩に顔を埋めた。どうしよう。ココの行動の一つ一つ、どうしてこんなに胸がドキドキするんだろう。どうしてこんなに可愛いことばかり言えるんだろう。


 大好きだよ。私のココ。


「あたし、リリみたいに綺麗じゃないの。本当に、汚いから、駄目」

「ココは汚くないよ」

「あたし、汚いの。だから、本当に……だめ」

「じゃあいつまでもニュースに怯えてれば?」


 こんな言葉で黙るなんて、ココは単純で可愛いね。


「私は……ココを助けてあげようとしただけなのに」

「……ん……」

「私がココに嘘ついたことある?」

「……ない」

「でしょう?」

「でも……」

「一緒に脱いだら恥ずかしくなくなるから」

「……ん……」

「じゃあ……私が脱ぐの、手伝ってもいい?」

「……」

「それならいい?」

「……うん……」

「じゃあ……」


 にやける顔を隠すために、ココを抱きしめた。


「脱ごうね」

「……リリッ……」


 布同士の擦れ合う音が耳に入る。


「ココ、大丈夫」

「ん……」


 怖がらせないようにココの着ているものを脱がしていく。


「何度も更衣室で着替えてたでしょ?」


 その度にココの下着を見ていた。


「中学の宿泊学習も、修学旅行も、お風呂一緒だったでしょ?」


 ココの肌を隠すタオルが邪魔だった。


( で も 今 は )


「ココ」


 私の手が、ココの着ているものを一つずつ脱がしていく。邪魔者はいない。ココしかいない。恥ずかしくて震えるココ。優しく撫でたら深く息を吐くココ。緊張して体を強張らせるココ。可愛いなぁ。なんでこんなに可愛い仕草が出来るんだろう。いちいち煽られてる気分になる。


「リリ……」


 弱々しい声が愛しい。ココの頬にキスをする。素肌が直接触れ合う。温かい。全身を眺める。ほら、どこが汚いの? ココの体、私と同じはずなのに、全然違う。可愛くて、綺麗で、美しくて、いつまでも眺めてしまいそうになる。


「リリ……なんか……変な感じがする……」

「うん。温かくて……おかしくなりそうだね……」

「ん……」


 キスをする。ココは目を閉じる。私は目を閉じるココを見つめる。舌が絡み合う。ココの匂いがする。首筋に鼻をつけて、なぞった。ココがくすぐったそうに可愛い声を出すものだから、我慢できなくなって、私の手がココの肌に触れてしまう。ココが少しだけ笑い声をこぼした。その声もとっても可愛くて、ココの肌のシワをなぞるようにゆっくりと、丁寧に触れていく。もっと優しく。もっと慎重に。ココを怖がらせては駄目。


 ココが大好き。

 だから、ココに触りたくなるの。

 ココにもそうなって欲しいの。

 私のことが大好きで、

 私に触れてないとおかしくなってしまうくらいになって欲しいの。

 現実を忘れたければ私のことを考えて。

 私、もっとココに想われたいの。

 ココに見てもらいたいの。

 ココに触ってもらいたいの。


 もっと、ココに、愛されたいの。


「……えっ……リリ……?」


 ココが焦り始める。


「ちょ、ちょっと待って……! どこ触ってるの……!?」


 ココ、何も知らないんだね。そうだよね。触る人なんていなかったもんね。


「くす……ぐったい……んっ……!」


 ココの反応が可愛くて、可愛くて可愛くて、ついつい何度も指を動かしてしまって。それでもって、顔を上げてみたら、ココが見たことないくらい赤い顔で、体を震わせて、声を押さえてた。


(可愛い……)

「んむっ」


 唇同士が触れ合えば、溶けてしまいそうになる。


「リリ……いつまで……そこ……」

(あ……)


 指をぐっと押し付けてみた。


「ひゃあっ!」


 ココがありえないほど可愛い声をあげたものだから、私の手も動き出す。


「リリ……なんか……んぅっ……!」

「気持ちいい?」

「やだ、あたし、なんか、なんかっ……!」

「いいよ。ココ」

「こわ、怖い、リリ!」

「ココ……」

「あっ、やだっ、あっ、あ、――あっっ……!!」


 ――ココが生まれて初めてそうなった姿を、私の目で直接見ることができた。その姿があまりにも綺麗で、見つからない言葉の中から無理矢理引用して近い言葉として使うならば――見たことのない程神々しくて――常に回ってる私の思考がこの瞬間だけ真っ白になった。何も考えられない。ココのことしか……考えられなくなる。


「……っ……」


 ココが――ゆっくりと――脱力していった。


「……はっ……あ……」


 こんな風に深く息を吐くココの姿を見たことがなかった。こんな風に乱れるココの姿を見たことがなかった。だから欲求が湧いた。もっと見たい。


 ココがぼんやりした目で見てきた。焦点が合ってないのが可愛くて、ついキスしてしまう。ココがとろけている。触る。ココは既にとろけてる。脱いだ。


 もうお互いに隠してるものはない。


 ココの肌と私の肌が触れ合って、まるでずっと離れていた磁石がようやく再会したかのような気持ちになる。そこでココが……我に返った。


「や、ま、まって、リリ……」

「んちゅ」

「んっ」


 私は……名残惜しいけど……ココから口を離した。でないと、これからのココの声が聞けないもの。


「リリ、ね、待って、これ、なんか、んっ、おかし……」


 中指と薬指が入口を見つけた。


「リリ」


 挿入してみた。


「んんっ! や! えっ? 何……?」


 私の指がゆっくりと奥に進んでいく。


「リリ……? 何してるの……?」


 どんどん奥に入っていく。


「リリ、痛い」


 薄い膜に触れた気がした。


「リリ」


 指を戻した。


「んっ」


 また奥に入れた。


「痛い」


 戻して、また入れて、戻して、また奥に。


「痛い、リリ、痛いよ」


 外に出た指に血がついてた。


「痛い」


 滑りが良くなったので、滑らかに指を動かした。


「痛い、痛い、痛い……!」


 ココが涙を流した。


「リリ、痛い!!」


 痛がるココが可愛くて、自然と頬を緩むのを感じた。本当はこんな顔見せたくないんだけど、でも、顔を隠したら、せっかくの可愛いココが見られなくなっちゃうから、もう、仕方ないよね。


「いやっ! 痛いっ! 痛いよ!」


 血が流れてくる。滑りが良くなる。


「リリ……! 痛いから……! もう……もぉ……!」


 指が同じ動きを繰り返していれば、ココの中で、痛みの中から何かが現れたみたい。


「……。……。……」


 急に声を出すのをやめた。涙を落としながら、私の指だけを感じている。私の指が動く。ココが息を呑んだ。私の指が動く。ココが唾を飲んだ。私の指が動く。ココの口から声が出た。


「……あっ……」


 血に塗れた指をココが感じ始める。


「リリ……んっ……リリっ……」

「ココ……」

「んむ……ん……」


 荒れてガサガサの唇。涙で濡れた目と頬。硬い体。胸。温もり。熱。ココ。大好き。全部大好き。


「ココ可愛い……ココ……」

「リリ……また……」

「うん。いいよ……。……見せて……」

「あっ……んぅ……、……、……っ……、あっ……、あっ、だめ、あっ、……………あっ…………!」


 力むココも、脱力するココも、もっと見たくて、指を抜いて、直接触れ合った。


「あっ、うそ、あっ、やだ……リリ……」


 どうしよう。夢じゃない。本当に……あたしとココが触れ合ってる!


「あっ……やだ……やだ……あっ……ああ……」


 乱れるココの声に興奮する。


「いやぁああああ……っ!」


 悶えるココを見下ろす。


「やだ、またっ、あっ、やだぁ! リリぃ!!」


 可愛い。


「あっっっっ!!!」


 可愛い。


「もぉ、も、無理! むりぃ!!」


 可愛い。


「ひぎゃっ! あっ!」


 可愛い。


「リリ、リリ……リリ……!」


 愛しさだけが溢れて、ココの口を塞ぐ。ココが泣いている。きっと初めてのことだらけで、怖いと思っちゃったんだね。でもね、大丈夫。だって、ココの側にはココを誰よりも愛してる私がいるんだから。私が男なら、このままココの中に精子を溢れ垂れるまで注いで、子宮いっぱいに私の精子を入れることも出来たんだけど、でも残念ながら私はココと同じ女の子だから、精子を入れることは出来ない。


 でも、その代わりに、絶頂して、絶頂して、絶頂して、何度も絶頂して、お互いの意識がなくなるまで、気持ちよくなることは出来るんだよね。


 ああ、ココとの子供欲しいなぁ。

 ココが私の遺伝子から赤ちゃんを産むの。

 名前は、私とココの名前から取って、リコちゃんね。

 あ、素敵。可愛い名前。


 どこかのクマのヌイグルミを思い出しそう。


「……リリ……」


 体力の限界まで喘いだココが、私を抱きしめる。


「……リ……リ……」

「……ココ?」


 顔を覗くと、ココはぐっすり眠っていた。


「……もう。……寝坊助さん」


 ココの寝顔が可愛くて、頬にキスする。吐息が可愛くて、瞼にキスする。脱力しきった体を見て、私に心を許してくれているその姿がたまらなく愛しくて、キスの雨を降らした。


「ココ」


 耳に囁く。


「ずっと一緒だよ」


 抱きしめる。


「ココが望むこと、全部してあげる」


 ココの望みは、ハゲたおっさんといることじゃない。


 私といることだよね?


「いいよ。ココ」

「私達」



「ずっと……一緒だからね」



 私の作ったもので満たされた胃に触れたくて、ココのお腹を優しく撫でた。



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