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第11話


 あたしはリリに憧れている。


 昔も今も、リリに憧れている。


 それは即ち、リリに囚われている。


 比べ物にならないほどの美人なリリに勝てるはずもない。


 何やっても器用なリリに勝てるはずもない。


 なのに今日も憧れる。


 リリばかりを見てしまう。





(……アオイちゃん……)


 隣の席を見ながら、一人でお弁当を食べる。


(浴衣で……お祭りなんかに行かなければ……)


「あ、また変な顔してる」

「っっっっつつつつ!!!!」


 ニュッと出てきたリリに驚いて、あたしは喉を詰まらせた。リリに背中を叩かれる。


「ココ、こういう時は、いつでも迎えられる心構えをして待ってるものだよ」

「……心配で……」

「一人でお弁当食べてるからだよ」


 リリがアオイちゃんの席に座り、ランチマットを広げた。


「一緒に食べようよ」

「……でも」

「あ、皆のことなら心配ないよ。皆、ココの味方だからね。大丈夫だよ」


 最近あった貼り紙事件以来、クラスメイトの皆は、良くも悪くもあたしに良くしてくれるようになった。リリも気を遣って、こうやってお昼に側に寄ってくれるようになった。


(あたし、皆の迷惑になってる気がする……)

「ココ、夜ウチくれば?」

「え……?」

「お母さんにココのこと言ったら、心配だって言ってたよ。久しぶりに顔見たいって」

「あ……う……うん。そうだね。お葬式以来……会ってないもんね」

「今夜バイト?」

「いや、今夜は……休み……」

「じゃあ決定ね!」


 その晩、久しぶりにリリの家に行くことになった。おばさんは笑顔で迎えてくれて、おじさんもとても元気そうだった。


「ココちゃん、心配してたよ。大変だったね」

「……ありがとうございます」

「さ、上がって。ご飯食べてって!」

「あ、は、はい」


 リリと、おじさんとおばさんに囲まれて食事をする。なんだか落ち着かない。でも、会話がある。


 楽しい。

 心地良い。


「ココちゃん、お風呂入っていけば?」

「あ、いや、でも……」

「いいから、入っていきなさい」

「あ……」


 リリの家でお風呂に入る。そのまま帰ろうとしたら、夜も遅いから泊まっていけと言われた。


 リリの寝間着を貸してもらった。

 リリの部屋で、久しぶりに眠る。


「ココ、ベッドおいで」

「あたし、敷布団でいいよ」

「一緒に寝ようよ! おいで!」

「うわっ」


 ベッドに引っ張られて、狭いベッドに二人で入る。イタズラが成功したかのように笑うリリも、やっぱり、


「変わらないね」


 あたしが言うと、リリがきょとんとした。


「リリは、いつだってお星様みたい。いつも光ってて、輝いてて、すごいと思う」


 リリがお星様なら、


「あたしは、夜だね」


 リリがいて、初めて輝くことができる。


「……変なこと言っちゃった。ごめん」

「……ううん。なんか……久しぶりにココと寝られて、私、浮かれちゃってるんだ」


 リリがあたしの胸に顔を埋めてきた。


「お休み。ココ」

「……お休み。リリ」


 あたしはリリに憧れている。


 リリはお星様だった。

 手を伸ばして掴めない輝きだった。


「リリ、昨日のドラマ見た?」

「面白かったよね!」


 リリは、あたしともいてくれた。

 けれど、友人達との交流も欠かさなかった。


「ココ、お昼食べよう?」


 嬉しかった。

 リリを憎いと思っていたのに、いざリリが目の前に来てくれると、とんでもない優越感と幸福で満たされた。


「リリ、あの……」

「あー! リリのお弁当ウィンナー入ってる! 私のハンバーグと交換しよー!」

「もー! またなのー!?」


 リリはあたしにも笑顔を向けてくれる。でも友人達にも沢山の笑顔を向けた。


 悔しかった。


 そのうちあたしは――リリがあたしの側で、いつまでもあたしに笑ってくれたらいいのに、と思い始めた。


(……あたし、何考えてるんだろう)


 リリを独り占めしたい。


(リリは気遣ってくれてるだけなのに)


「ココ、お昼食べよう?」

「うん……」


 お昼の間だけは、リリと他愛の無い話ができる。嬉しかった。嬉しかった。嬉しかった。


「リリ、教室行こー」

「うん。行こう!」


 移動教室で友人達と歩くリリを見たくなかった。惨めな気持ちになった。あたし以外の人と仲良くしてるリリを見たくなかった。


 気がつけばリリを目で追っている。

 構ってほしい。声をかけてほしい。寂しい。


 あたしはリリに憧れている。

 あたしはリリに依存し始めている。


(やばい。良くない。本当に良くない)


 あたしは勉強することにした。でも、勉強していたらリリが背後から抱きしめてきた。


「ココは国語好きだね!」

「あ……ん……」


 リリが声をかけてくれた!


「松野先生……が……国語、教えてくれたから……」

「……ふーん」

「でも、リリ、すごいよね。国語、満点、取ってたもんね……」

「好きなの」

「え?」

「国語」

「……あー! うん! そうだよね!」


 好きって言葉は、言われてないと敏感になる。


「リリ好きぃー!」

「あはは! 私も好きぃー!」


(……あたしは……)


 リリに好きと言う資格はない。


「ココ、駅まで一緒に帰ろう?」

「え、あ……委員会は?」

「今日ないんだ」

「そっか……。……それ……なら……」


 他愛のない話をするこの時間が楽しい。昔に戻った気になって。やっぱりリリと好みが似ているのだろうか。あたしの好きなアーティストも、あたしの好きなドラマも、漫画も、アニメも、リリが好きなものだった。


「リリも知ってたんだね……。あの、け、結構コアなアーティストだから、知らないと思ってた……」

「偶然動画見てたらお勧めでMV出てきて!」

「そうなんだ……」


 話題が尽きることはなかった。ずっと話してたい。


「しっかりしてよ!」

「すみませんっ」


 バイト先でミスをしても、学校に行けばリリに会える。


「ココ、おはよう!」


 リリ。あたしのお星様。


「ココ」


 もっと、欲しい。

 リリのこともっと独り占めしたい。


「ごめんなさいね」


 断られた。


「面会出来ないの。意識が戻ってないから」

「……わかりました。すみません」


 アオイちゃんが目を覚まさない。怖い。あたしのせいだ。お祭りに行かなきゃ、こんなことにはなってなかった。

 不安に襲われた。

 あたしは家の壁に頭をぶつけた。頭が凹めばいいと思った。でも痛いだけだった。痛みを感じれば、あたしが今現実で生きてる確証が持てた。だから痛みを。ぶつける。痛い。ぶつける。痛いよ。孤独だよ。寒いよ。寂しいよ。


 リリに会いたい。


「ココ」


 チャットしたら、パジャマのまま来てくれた。


「大丈夫?」


 優しく抱きしめてくれた。


「お母さんが泊まっていいって言ってたから、今夜は泊まるね」


 あたしの狭いベッドに、二人で入った。狭すぎて、二人で抱きしめあって眠るの。それが、とても暖かくて、昔に戻ったみたいで。


「リリ」

「うん?」

「ごめんね」

「何が?」

「気を遣わせちゃって」

「気なんか遣ってないよ」

「リリは優しいね」

「ココも優しいよ」

「あたしは……優しくないよ」


 ずっとリリを憎んでた。


「何も優しくない」


 今だってあたしは――リリを独り占めしたい。

 リリを腕から離したくない。

 このまま、リリとずっと一緒にいられたらいいのに。


「ごめんね、リリ」


 あたし、リリに依存してるんだ。


「あのね、リリ」

「うん」

「もうやめよう?」

「やめるって?」

「友達やめよう?」


 ――リリが黙った。


「あたしね、リリに良くない感情を抱いてる気がする」


 リリが優しいから。


「あたし、どんどんリリに甘えちゃって、きっとね、このまま行ったら、本当にね、良くないと思うんだ」

「何言ってるの?」


 リリがあたしの両手を握りしめた。


「私はココの味方だよ?」

「嫌いになってほしい」

「……ココ、どうしたの?」

「近づいてほしくない」

「なんでそんな事言うの?」

「リリを守るため」

「全然守れてないけど」

「ううん。リリはね、あたしに近付かない方がいいと思う」

「……ココ」


 リリが起き上がった。


「ちょっと話そうよ。飲み物入れてくる」


 しばらくして、リリがお茶を入れてくれた。そのしばらくの間に、あたしは話すことを整理していた。だから、気持ちは自然と落ち着いていた。


「はい、ココ」

「ありがとう」


 リリが隣に座って、自分の分のお茶を飲んだ。


「落ち着いた?」

「うん。落ち着いた」


 あたしもお茶を飲んだ。


「今夜で、リリと話すのは最後にする」

「ココ」

「リリ、あたし達、昔は仲良かったよね」

「今だって仲良しだよ」

「最近、また一緒にいることが増えて、嬉しかった」

「私も。なんだか、小さい時に戻ったみたいで」

「でも、今と昔は違うよね」

「ココ、それ……お葬式の時も言ってたけど……何も変わらないよ。私達、ずっと仲良しコンビだよ」

「変わったよ。リリも、あたしも成長した。リリは……本当にすごい。いつもすごいと思ってた。だから、あたし」


 今夜で最後だと思ったら、胸の内を明かすことができた。


「リリのことが嫌いだった」


 リリがお茶を飲んだ。


「リリに置いていかれてる自分がすごく嫌だった。だから、勉強だけでもって思って、やったけど、やっぱりあたし、リリに勝てなかった。保育も、ピアノも、テストの成績も、人としての信頼も、全部リリが上だった。すごいよ。リリは。あたしね、リリを尊敬してる。リリに憧れてる」

「ココ」

「優しいおじさんとおばさんの元に生まれて、ハーフで、鼻が高くて、目が青くて、すごく美人で、女優とか、タレントだって思われてもおかしくない。スカウトも何度も受けたんだよね?」

「受けたけど」

「うん。羨ましい。リリのやることなすこと、全部羨ましい。リリは全部上手く行くんだもん。あたしと違って」

「だから何? スカウトなんて興味ないから全部断った。私とココはずっと一緒だよ」

「あたしは……一緒にいたくない」

「っ」


 リリが息を呑んだ。


「なんで……そんな事言うの?」

「リリを見てると胸が苦しくなる。だから」

「勝手だよ」

「そうだよ。あたしは勝手なの。何も優しくないの」

「約束したじゃん。私達、ずっと一緒だって」

「約束? ……もしかして、小さい時にした、口約束のこと?」


 鼻から笑いが漏れた。


「リリはやっぱり、思いやりがあるんだね」


 リリがあたしを見つめる。


「あたし、もう無理」


 あたしは笑顔で、リリを見つめた。


「そんなリリと一緒にいたくない」

「もう劣等感に苦しめられたくない」

「だから一緒に住みたくもない」

「側にいたくない」

「リリから離れたい」

「あたしよりもずっと器用で、頭が良くて、天才のリリの側にいたら、あたし、嫉妬でおかしくなりそう」

「だから」

「リリ」

「これで最後」


 リリの手にあたしの手を重ねる。


「リリ」




 リリの唇にキスをした。あたしのファーストキス。大親友への、お別れのキス。




「今までありがとう。大好きだったよ」


 リリが――黙ってあたしを見つめる。だからあたしは微笑む。


「もう寝よっか」


 あたしはマグカップを置いて、ベッドに横になった。


「明日、学校に行ったらもう他人ね。声もかけないで」

「……そしたらココ、一人になるよ」

「いいよ」

「いたずらされたって、助けないよ」

「いいよ」

「私、たくさん、ココを助けたよね?」

「うん。ありがとう。嬉しかった」

「ココ」

「リリ」


 シーツをめくる。


「今夜でおしまい。最後は一緒に寝てくれないかな?」

「……」

「……来て。リリ」


 リリがマグカップを置いて、あたしの腕の中に入ってきた。見つめ合う。


「大好きだったよ。リリ」

「そんな言葉、聞きたくない」

「だって、もう口利けなくなるから、今のうちに言っておかないと」


 なんだか、眠くなってきた。


「リリ、ありがとう」


 子供の頃、仲良くしてくれて。

 でも、お星様には手が届かないもの。


 あたし、


「やっとリリから、解放されるんだ」


 嬉しくて、悲しくて、それでも――やっぱり、嬉しくて、あたしは――瞼を閉じた。







「そんなの許さない」


「絶対に許さない」


「ココ」


「いっぱい飲んでくれてありがとう」





「明日、楽しみだね」









 その日のことは、実はよく覚えていない。


 ただ、妙にアドレナリンが出ていたことは覚えている。


 目が覚めると、リリがいなかった。ひょっとして、幻だったのかもしれないと思って、どうでもいいと思って、今日からどうせリリとは絶交したのだと自分に言い聞かせて、学校に行った。


 あたしの机に落書きがされていた。人殺し。アオイちゃんの写真が沢山貼られていた。教室に入ってきた五十嵐君が、ぼーっと机を見ているあたしの横を通って、写真を拾い、ゴミ箱に捨てた。ロッカーから雑巾を濡らして、あたしの机を拭き始めた。


「五十嵐君、いいよ」

「良くないって」

「ううん。いいの」


 なんだか、


「あたし、平気!」


 頭がぼうっとするの。笑顔のまま椅子に座った。机には落書きだらけ。五十嵐君が唖然とした。リリがいるカースト一軍のメンバーは、どうしてかあたしから距離を取っていた。リリを見た。リリが目をそらした。あれ、やっぱり夢じゃなかったのかな。もうリリと話すことはなくなった。


 リリと話せない。

 もう二度と話せない。


(あれ、おかしいな)


 あたし、決めたはずなのに。


(なんか、一気に、寂しくなっちゃった)


 お母さんがいなくなった時と同じような喪失感。


(もう誰もいない)


 あたしの周りには誰もいない。

 遠くからリリの笑い声が聞こえる。

 ああ、リリ。今日も可愛いな。

 ああ、リリ。今日も輝いてるな。

 ああ、リリ。今日も……。


 リリは――出会った頃からお星様だった。

 手を伸ばしても届かない存在だった。

 リリが隣りにいてくれた事自体、奇跡だったのに。


 あたしから手放したんだ。

 どうして?

 劣等感を抱いたから。

 もう、抱きたくなかったから。

 どうしたらいい?

 どうしたらこの胸のもやもやは消えてなくなる?


 リリの背中が見える。

 リリの笑顔が見える。


 やだ。リリ。

 離れないで。


 頭がぼうっとする。

 まるで夢のように足が動く。手が動く。

 リリが大きなキャリーケースを引きずっていた。


「委員会で使うから持ってきたんだ」

「これ、人入れそうだね!」


 リリが、小さい頃のリリのままだったら良かったのに。

 何もできないリリがいたら、あたしがリリの手を掴んで、引っ張っていくのに。


「リリ、放課後遊びに行かない?」

「今日は委員会の仕事長引きそうで! ごめんね! また明日!」


 気がついたら、あたし、教室でぼうっとしてた。もう19時を回ってた。


(帰らないと)


 廊下を歩いていると、生徒会の教室の明かりがついているのが見えた。耳をすませてみた。中から、リリの笑い声が聞こえた。


(リリ、まだ残ってる)


 もう絶交したのに。

 声をかけないでって言ったのは、あたしの方なのに。


(リリに会いたくて仕方ない)


 でも、このままやっぱりやめるって言って、どうなるんだろう。

 また明日も学校生活が待ってる。リリに劣等感を抱く日々が続いていく。どうしたらいい。どうしたら根本的な解決になるんだろう。


「宇南山さんって本当に計算早いよね」

「いつも助かってるよ。本当にありがとう!」


 感謝される声が聞こえる。


「リリ超可愛い!」

「うちらまじでずっと友だちでいようね!」


 リリはあたしのリリなのに、笑い声が聞こえる。


「リリ!」


 誰かがリリの名前を呼んでる。あたしのリリなのに!


「リリ!」


 このままじゃ、リリが誰かのものになっちゃう!


 正常な判断ができない脳は、行動した。足を動かした。教室に行くと、リリのキャリーケースが置かれていたので、それをあたしが持っていく。野球部の倉庫に行くと、バッドが転がっていた。だから盗んだ。あたしは待った。生徒会の教室から、リリが出てきた。あたしは追いかけた。リリが玄関に行った。あたしは追いかけた。リリが靴を地面に置いた。だから、その時に、あたし、出てきて、走ってきて、バッドで、リリを、残ってた良心を隠すように目を閉じて、あたし、



 リリを殴った。



「……」


 瞼を上げると、頭から大量の血を流したリリが倒れていた。


「……やったー!」


 あたしは大喜びした。


「リリ! あはは! リリだ!」


 あたしは裏に隠していたキャリーケースを持ってきて、蓋を開け、リリとバッドを中に入れた。


「あはは。リリって、すごく軽いんだね!」


 あたしはそのままキャリーケースを引きずった。


「かるーい! リリってすごくかるーい!!」


 人のいない田舎道。誰も歩いてない帰り道。


「あははは!!」


 キャリーケースの中にリリがいる。


「リリ! リーリ!」


 歩き続ける。


「かるーい!」


 引きずる。


「かる」




 突然、頭が冷静になった。



「……え?」


 あたしはキャリーケースを見下ろした。


「あれ?」


 今朝からの行動は記憶に残ってる。


「あれ?」


 さっきやったことも、覚えてる。


「え……? ……え?」


 あたしはキャリーケースに触れた。


「え、あたし、これ、え?」


 教室で見たリリのキャリーケース。


「ちょっと待って。え?」


 あたしはキャリーケースを撫でた。


「リ……リ?」


 音が聞こえない。あたしは――急いでキャリーケースを押して帰った。


(嘘、あたし、嘘だ。あたし、嘘、うそ、嘘……!)


 ドアを閉めて、鍵をかけて、二重にかけて、地下倉庫にキャリーケースを押して、ゆっくり地面に倒した。


(違う。幻。あたし、そんなことしてない)


 蓋を開けた。


「ひっ」


 血だらけのリリが入ってた。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 地下倉庫に悲鳴が響き、あたしは腰を抜かしたまま後退り、辺りを見回した。


「どうしよう! どうしよう!!」


 あたしはリリの体を揺すった。


「そんな! リリっ! リリ!!」


 リリは起きない。あたしのお星様が消えかけている。夜空から星が消えていく感覚。闇が広がっていく。自分がしたことよりも、リリの消えかけていく温もりが恐ろしくなって、あたしはリリを抱き上げた。


「んっ、……ぐっ!」


 ベッドにリリを乗せた。


「はぁ……! はあ!」


 息を乱しながら、リリの手の脈を測る。動いてる気がする。いや、止まってる?


「どうしよう、どうしよう……!」


 あたしは一人でパニックになった。


「どうしよう、どうしよう!!」


 お星様が消えてしまう。


「リリッ! リリ!!」


 指がぴくりと動いた。


「どうしよう、ああ、リリ! どうし……」







「あっはははははははははははは!!!!」






 ――唖然とした。リリが――ベッドで笑い出した。――生きてる……?


「リリ……」

「おっかしー! あはははは! ココ、パニックになりすぎ!」

「あ……リ……リリ……」

「あははははは! どうしようだって! あははははは!! あははははははははっ」


 ――リリを強く抱きしめた。


 良かった。死んでない。良かった。生きてる。良かった。


 お星様は、輝き続ける。


「リリが……動いてる……」

「……」

「良かった……。生きてて……良かった。リリ……」


 リリを抱きしめて、涙を落とす。


「リリ、良かった。生きてて……良かった……!」

「……ココ」

「怪我してるよね!? あたし、救急箱持ってくる!」

「なんで怪我してるんだろう?」

「えっ」

「ああ、そうだ。私、殴られたんだ」


 ――キャリーケースの中には、血の付いたバッドが残されている。


「あれ? どうして私……ココの家の地下倉庫にいるんだろう?」


 ――地下倉庫には防音がされており、声が届くことはない。


「もしかして、ココ」


 リリがあたしの顔を覗いた。


「私を……誘拐したの?」


 誘拐?


「劣等感でいっぱいだから、私を誘拐して……閉じ込めるつもりだったの?」


 リリに言われたら、あたし、なんだかそんな気がしてきた。

 朝から、自分の様子がおかしかったことに、今更になって気づいた。頭がぼうっとして、あまり自分のやったことが覚えてない。


 リリを殴るなんて、そんなこと、するはずない。


(いや)


 絶交したから。


(あたし)


 やっぱり、


(まだリリに思い入れがあるんだ)


 良くない想いを抱いているんだ。だから、


(あたし、殴ったんだ)


 リリを誘拐したんだ。

 リリを――独り占めしたかった。


「……」


 腰が抜けた。血の気が引いていく。あたし、謝らないと。まずは、リリに、謝らないと。


「……ごめん、リリ……」

「何が?」

「あたし、やっぱり……リリに、良くないこと考えてた……。朝から……なんか変だった……。妙にテンション高くて、あたし……なんか、ずっとふわふわしてた……」

「それで?」

「今日、リリを見てたら、絶交したはずなのに、なんか、寂しくなって、それで、なんか、止まらなくなって、あたし……」


 手がうずいて、


「リリを……誘拐した」


 涙が落ちた。リリが瞬きをした。あたしはむせび泣いた。リリが微笑んだ。あたしに体を向け、両手を開いた。


「おいで。ココ」

「あ、あたし、酷い、あたし……!」

「ココ」


 リリからあたしを抱きしめてきた。


「大丈夫だよ」

「なんであたし、リリを、リリをバッドで、あたし……!」

「ココ」

「リリ!!」

「大好きだよ」


 顔を上げると、リリがお星様のような笑顔で、あたしを見下ろしていた。


「ココのこと大好き。ずっと心配してた」

「……リリ……」

「私達、だいぶ距離が開いちゃったね。だから、ココは……混乱してたんだよ。私とどう接していいか、忘れちゃったんだよ」

「リリィ……!」

「これから二人だけの時間が始まるね。開いてた分、埋めていこう? ココ」


 優しいリリがあたしの耳に囁いた。


「ありがとう。誘拐してくれて」


 とろけるような優しい手が、あたしの頭を撫でた。


「これからは……ずっと一緒だからね」


 そして――あたし達は――開いた溝を埋めるように――強く抱きしめ合った。





 残されたゴミ袋の中に、小さな透明の袋が捨てられていたことは、最後まで気づかなかった。



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