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クルピラ  作者: 玲良昂志
2/2

クルピラー現実?ー

父や母と連絡が取れず、川船のトラブルが続き、不安が増しつつある世良。自ら何もできない中、様々な出来事に翻弄されていく。世良は無事乗り越えられるのか?

          4

 ベルジレ王国の首都ベルジレシティの官庁街タヨダ地区に立つ警察庁ビルの最上階の長官室の電話が鳴った。

 重厚でゆったりとした机でキーボードをたたいていた階級章のついた制服をきちんと着こなしている長官はスピーカーボタンを押し、

「ズードだ」

「長官、今から送る画面を見てください」

 次官であるジェシカの緊張した声に、長官の目が鋭くなった。大体、こいうときはよくないことがほとんどであったからしょうがないのかもしれない。久しぶりだなと思いながら、長官は画面を操作して、ジェシカと画面を共有した。

 そこには、日本人医師岡倉正良からの報告書が写っていた。サビ川上流のバカス地区での水銀中毒のことが書かれていた。

 眉の濃い四角い顔のズード長官は眉間に皺を寄せた。

 国王ルサブ2世が水銀中毒の診察と治療に詳しい日本に要請したところ岡倉夫妻が本国に派遣されてきた。ベルジレ王国には専門家がいないからだ。彼らは診察の傍ら、汚染源の調査もしていた。

「汚染源がわかってきたようだな。これは由々しき事態だ。対処しないと大変なことになる。詳細を調べてくれ、まとまったら報告してくれ、それから、日本人医師に警察としても早急に対処すると伝えてくれ」

と、言うと背もたれに体を預け、高価な椅子を反転させると、立ち上がり、大きな窓から王宮を眺めた。

 ズード長官はベルジレ王国では英雄として名を馳せている。前長官の時と比べて、犯罪件数を激減させ、大規模な麻薬組織や違法金採掘者の取り締まりを行い、安全な国を世界にアピールした。その結果、観光客やビジネスの機会が増加した。国王も一目置く存在になっていた。そのズード長官が一掃しようと動き出した。

 長官はスピーカーボタンを押し、

「ジェシカ、すぐに来てくれ、話し合いたい」

「了解しました」

 少しして、長官室の扉をノックする音が響いた。

「入ってくれ」

 小さな端末を持ったジェシカがドアを開けて入ってきた。

「失礼します」

 ズード長官は立ち上がり、机の前のソファに座った。

「かけたまえ」

「はい」

「早速だが、日本人医師の報告について、どう思う?」

「はい、報告からするとかなり大規模に金を採掘しているようです」

「その付近に暮らす民族は」

 ジェシカは端末を素早く操作すると、

「ワス族が暮らしています」

「大規模にやっているのであれば、強制労働させられているのか」

 ズードは顎に手を添えて、ジェシカを上目遣いにぎょろっと見た。

 ジェシカは体を少し引いた。

「はい、このままにしていたのでは、人権について世界中から批判を受けることになります」

「金の違法採掘は、世界的に知られているからな。取り締まりでかなり減ったが、最近では、EVのバッテリーに使用されているコバルトも注意が必要だ。国際的にも批判を受けている、そこに人権問題も加わったら今まで作り上げてきたベルジレ王国のイメージが崩れてしまう」

「はい、感じております。日本人医師の報告から、かなりの見張りと銃装備がされているようです。大規模な組織が関与しているのではないでしょうか」

「その可能性は大いにある」と、背もたれに寄りかかると、腕を組み目を閉じた。

 いつもの長官が考えをまとめている時の態度だった。そのことに慣れる前には、寝てしまったかと思い、起こしたことをジェシカは思い出し、目を伏せて苦笑いをした。

「ジェシカ」

 突然呼ばれて、ジェシカは背筋を正した。

「ライフル銃もあるらしいから、こちらとしても、戦闘体制で臨む必要がある。まずは、現地へ調査員を派遣し、岡倉医師と合流して実態を把握した上で取り締まる」

「どうだろうか?」

「はい、今まで報告された事案よりも規模が大きいようですから、そのような手順でよろしいかと思います」

「ならば、調査員と武装した警官を同行させよ、すぐに手を打たないと被害が広がってしまう」

「了解しました」

 スッと立ち上がったジェシカは敬礼し、「失礼します」

というと長官室を出て行った。

 その様子を見て、長官は立ち上がって、背筋を伸ばした。

 と、動きが一瞬止まった。


 その同じ日の朝。

 世良は夜明けと共に目を覚ました。船は昨日の昼間よりもゆっくりと進んでいた。周りの風景がほとんど変わらないが川幅が少し狭くなったように感じた。隣ではホセが大きいイビキをかいて寝ていた。手には携帯が握られている。

 部屋から出ると爽やかな空気に包まれた。背伸びをして胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んだ。まだ柔らかな朝日を浴び眠気がリセットされた気がした。操舵室から乗船した時の船員が顔を出していた。

「○✖️△⬜︎」

と声をかけてくれたが、何を言っているのかわからない。雰囲気的に明るい声だったので、おはようって言っているのかと思い、

「おはよう」と返事し、船首のベンチに座った。

 船尾の客が少しずつ起き出し、騒がしくなってきた。船員は、

「メスミンの港に着くぞと」と怒鳴った。

 港に着く直前にホセは起き出し、着岸すると、船を降りて河岸の露店に駆け込み、硬いパンや、やはり干し肉を手に戻ってきた。出迎えた船員に、

「今日は珍しいね、もうわしら以外客はいないのか?」

「そうなんだ、船長の指示だ」

 船長は操舵室から携帯片手に二人の会話を聴いていた。

 感じ悪い、ホセはそう思った。

 川船は桟橋を離れた。船には、船長、船員、ホセと世良の四人だけになった。船の速度がゆっくりである。船員は船尾で暇を紛らわせようと携帯をいじり、その傍らでホセは何度も携帯をかけていた。世良は折りたたみ式の携帯ベッドに横になっていた。

「世良さん、繋がりません」

「どうしたんだろう?何かあったのかな?」

 世良は心に不安が増していることに気づいた。

「セラさん、部屋に行きましょう」

 ホセは明るく話しかけた。目は笑っていない。

「忘れていたことがあります」

「何?」

 言われるがままに、船室に入った。

「セラさん、これをポケットに入れてください」

 ホセは世良の掌に小さな三角形の容器を置いた。中には液体が入っていた。

「これは何?」

「何かあった時にこの容器を押してください。マスタードの液体が入っていて目が痛くなります」

 世良は蓋をとって押す真似をしたら、

「やめてください」

 ホセは本気で制止した。

「冗談だよ」

 二日目の夜、調子よくうなりを上げていたディーゼルエンジンの振動と音が突然止まった。

 船首のベンチに午前中はいたが、日が上り、強烈な太陽光が差し出すと、世良とホセは船尾の幌の下に避難した。

「今日は船員を見てないね」

 ホセが辺りを見回しながら世良に話しかけた。

 すると、川面から勢いよく船員が顔を出した。二人は何事かと音のする方に振り向いた。そこには、ゴーグルをした船員が顔を出していた。

「どうした?」ホセが上がろうとしている船員に手を差し出しながら尋ねた。

「スクリューに水草が絡まっちまって動かなくなっていたんだ」

 パンツ一丁の船員が立ち上がりながら答えた。

「乾季の川に慣れてないから」とホセに耳打ちした。

「船長、終わりました」

 船長は船員を見ることなく、携帯を持った左手を挙げただけだった。

 船員はホセに向かい、両手上げて、舌を出した。

 エンジンが唸り始めた。スピードが徐々に上がっていく。

「船長、そんなに岸寄りに進むとまた水草が絡まっちまう」

「わかってる、黙れ」

 そんな会話がされていたが、ベルジレ語を知らない世良はわからないが、喧嘩腰であることはわかった。

 ホセは眉をひそめた。

 船は順調に進んでいる。桟橋で手を振っている人がいたが、無視して進んでいた。それを見てホセは船尾にいる船員と目があった。船員は両手をあげて笑っていた。

(怪しい)

 ホセはセラを連れてここから逃げることも考えた。

(着岸していれば、世良さんを連れて逃げることもできたが)

 しかし、この状況では、両岸まで遠く辿り着けない、さらに今いる場所はワニやピラニアが多く生息しているところだ。餌を食べたあとなら、怖くないが、腹を空かしていたら、考えすぎかもしれないが。

 いつものように、ラジオから途切れ途切れに歌が流れている。日本の曲がベルジレ語で歌われていた。

「お母さんと、お父さんは大丈夫かな?」

 世良は空を見上げた。白い雲がポツンと浮かび、西の方にゆっくりと移動している。

「このスピードだと、あと二日かかるかもしれません」とホセが諦めたように言った。右手に携帯電話を握っている。

「お母さんとお父さんとまだ連絡取れてない?」

「はい、つながりません。いつもなら直ぐにつながるのですが」

 困った表情をしている。


 3日目も船はゆっくり進んでいる。

 ホセの携帯電話が突然鳴った。

「はい、ホセです。やっとつながりました」

 ホセは携帯電話を世良に渡しながら、

「世良さん、お母さまからです」

 挨拶もそこそこに、

「母さん、どうしたの?心配したよ」

「太陽光発電のパネルが不調で充電できなかつた。心配かけたね」

「それならいいけど、何かあったんじゃないかって」

「大丈夫よ。父さんと元気にしてる」

「よかった。明日には着く予定だって、ホセさんが言っていた」

「会うのが楽しみ」

「父さんは?」

「今、仕事中、足に大怪我した人を治療している。手が離せない」

「じゃあ、父さんにも待っててって言っておいて」

「伝えておく、また、水銀中毒の患者さんが来たから、電話切るね」

 携帯電話が切れた。

「ホセさん、周りがうるさかった」

「待っている患者さんが騒いでいたのでしょう。皆、大声で話すから」

        5

 翌日の夜明け前、

 診療所の外でハンモックに寝ていたパルが突然目を開いた。ハンモックから降りて、診療所の裏口ドアをたたたくと同時に表のドアが強引に叩き壊された音やガラスが割れる音がした。すぐさま、高床の下に潜り込み、岡倉夫妻の寝室の床板を外した。何かの時に、直ぐ逃げられるように床板の一部が簡単に外せるようにしてあった。物音に気づいた岡倉夫妻はパルの「こっち」という言葉の方に直ぐに反応し、床板の隙間から外に出ようとした。正良が出るのとテロリストが入ってくるのが同時だった。とその時、うっという声が世利子の耳に聞こえてきた。

 裏口に回り込んできた覆面テロリストがパルを蹴り飛ばしたのである。いくつもの銃の先端のライトが緊張した正良と睨みつけている世利子、倒れて意識を失っているパルを照らしている。

 岡倉夫妻は両手を縛られ、目隠しさせられ、小屋の正面の地べたに直接座らせられた。意識のないパルは両手両足を縛られ寝かされていた。

「誰の仕業だ」正良がリーダーらしき男?に憤慨した。

「・・・」

「二人を連れてゆけ」女性の声だ。

「あの子をどうするきだ」正良が見えない相手に声を張り上げた。

「邪魔者は売っちまう」

 リーダーらしき女の声が正良の耳元で囁いてきた。

 正良は縄を外そうと激しく動いたが、

「うるせえ」と男の声と共に意識がなくなった。

 正良と世利子はボートに乗せられた。

「人買いが来ることになっている。どこも人手が欲しいからな」

 リーダーらしき女が世利子に冷徹に答えた。

 川水を後ろに押し出す音だけが響いている。

「パル、生きて」

と言う世利子の声に反応してパルの目が開き、両手足が拘束されていたが、全身の力を振り絞って暴れ出した。

「クルピラ、クルピラ」と、何度も叫んでいる。

 テロリストは、意味がわからず、静かにさせようと、パルの腹に数発蹴りを見舞った。

 パルは体を折り曲げ、苦しそうにしている。

 テロリストの一人マッソは地面に落ちていた汚れた布でパルに猿轡にして、話せないようにした。

 

「こいつは500でどうだ」人買いのマサーニがヨレヨレの札束をテロリストの一味のマッソに渡した。

「もっとでねえか?」

 再びパルが暴れ出した。

「黙ってろ」マッソが平手打ちするとおとなしくなった。

「見たところ体もしっかりしているし、あれだけ暴れられれば、体力もあるだろう、足枷をして働かせればいい、あと100でどうだ」

 マサーニはポケットからさらに100を出した。

 マッソはニヤリと右の口角を上げ、札束を鷲掴みにつかんだ。リーダーには500で売ったと言えばいい。

 マサーニの若い助手バサルサはパルを担ぐと整備をいつやったのかわからないくらい古いトラックの荷台に無造作に載せた。

 バサルサはすぐさま、パルを荷台に縛り付け、暴れられないようにした。

「行くぞ」マサーニが叫んだ。

 トラックがギアをガリガリさせながら発進した。

 下草に覆われた密林の中にトラックは吸い込まれていった。


 その日の夜中、日付が変わる頃、

「また、船が止まっている」

 止まると必ず知らせに来る船員のニコが来ない。 

 ホセは船室の小さなライトをつけた。

「セラさん起きてください」

「どうしたの、まだ暗いじゃん」欠伸をしながら上体を起こした。

「すぐベッドの下に隠れてください」

「えっ」

「早く」

 ホセの緊迫した語威を感じた世良は素直に従った。

「私が渡した物ありますね」

「ポケットに持ってる」

「では、電気を消します。何があっても声は出さないでください」

「はい」

 世良は何がどうなっているのか聞こうとしたが、聞けないほどホセからの圧を感じた。

 暗闇の中、視覚が制限されると、聴覚が研ぎ澄まされてくる。世良はベッドの下で外の音を聞き分けようとした。

 オールを漕ぐ音が静かに近づいてくる。

 船の後ろから話し声が聞こえるが、何を言っているかわからない。

「ホセさん」

「黙っていてください。こちらに来ます」

 世良は唾を飲み込んだ。

 足音が複数聞こえる。

 ドンドンと無作法にドアを叩く音が狭い部屋に響いた。

「開けますよ」とホセさんの声。

 少し開くと扉が外れるのでないかと思われるほど勢いよく開けられた。

「真夜中ですよ、何かありましたか?」

 ホセさんが落ち着いて話しているのはわかるが、何を話しているのかわからない。

「ここにいるのはお前だけか?」

 テロリストのリーダー・マクロがホセの顔を懐中電灯で照らした。

 眩しそうにしながら、ホセは、

「そうだ」

「嘘つくな、船長はここに二人居ると言っていた」

(やはり、船長もグルだったか)

と、思ったが、

「私一人です」

 他の一人がクローゼットからスーツケースを取り出して、

「これは、お前のか?」

「そうだ」

「嘘ならば、命はないと思え」

 その男は小型の銃を取り出して、鍵の部分に発砲した。狭い部屋や中、銃声が響いた。

「アルベルト、部屋の中では撃つな」

 リーダーのマクロが耳を抑えながら大声をあげた。

 アルベルトはスーツケースから服を取り出し、

「これを着てみろ」

「これは孫へのプレゼントです」

「ほお、使った物をプレゼントにするのか」

「・・・」ホセは答えない。

 突然、銃声がした。

 世良は目をつむり、耳を塞いだ。どさっという音と共に目を開けると、目の前に血まみれの大きく見開いた目のホセさんの顔が突然現れて、世良は声を上げた。

「今のは誰のだ」

 とスーツケースを開けたアルベルトがベッドの下を覗き込んだ。

 世良は反射的に手に持っていたマスタード液を発射した。

「目が痛え」

 アルベルトは目を抑えて狭い室内で暴れていた。

 マクロは小さなベッドを持ち上げた。そこには、小さくうずくまっていた世良がいた。

「舐めた真似をしやがって」

と、世良のTシャツを引っ張り上げた。

 世良の体が震えていた。

「これか」

 マクロは世良の手から三角形の容器を無理やり奪った。そして、川に放り投げた。

「ボスが言っていたのが、こいつですね」 涙目のアルベルトが世良の両頬を掴んだ。

「ああ、そうだ」

 アルベルトは憎々しげに世良の腹に一発見舞った。世良の体が折れ曲がり、うずくまり意識がなくなった。

「アルベルト、スーツケースから金目のものを探せ、俺はこいつの存在の証明を無くす」

 マクロは首から下げられているケースからカード化されたパスポートを取り出し、船室の外に放り出した。

 一陣の風が川船に向かって吹いた。

「マクロ、こいつはどうする」

「ボスは交渉材料はすでに確保しているから、売っちまえと、そのうちくたばるから放って置けとのことだ、小遣いにしろとのことだ」

「俺にも分けてくれるのか」

 船長が顔を出した。

「ボスからたんまりともらっている。こいつを売った金も好きなようにしていいと」

「期待してるぜ、俺がここまで運んできたんだからな、相応の報酬額を待っているぜ」

「大きく出たな、大丈夫だ安心しろ」

 マクロは目を細め横目で船長を見た。


 

 





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