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パン屋の店員さんに告白された話  作者: 衣見 イッセイ
11.パン屋の店員さんと新学期を迎える話
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どっちでも、お好きなように



「もう───先輩ったら、ほんとうに私のことが好きなんですから」

「……」


 ほくほくとした表情で軽やかにステップをきざみ、廊下を進む長船。

 そのとなり、説得を早々に諦めた俺は無言をつらぬきつつ、彼女に歩調を合わせていた。



『こんなところで奇遇ですね、先輩───はっ! もしかして出待ちですか!』


 階段の踊り場で遭遇してから数分、いまは彼女といっしょに職員室へ向けて来た道をもどっている。

 両手には “一年五組、何某(なにがし)” と書かれたノートとプリントの束。彼女からおすそ分けしてもらったものだ。

 無視して別れてもよかったのかもしれないが、じっと熱い眼差しを送りながら道をふさぐようにして直立する彼女を避けて、教室へ戻る勇気はなかった。


「しょうじき、シビれました。なにも言わずに近寄ってきて私の手からノートをうばっていくんですから……やっぱり先輩、私のこと好きですよね? 大好きですよね?」

「逆にお聞きしますが、先輩の粋な計らいにおもうところはないんですか」

「ありがとうございます、大好きです。それで、先輩はどうなんですか?」


 くりっとした目がこちらを見上げている。夏休み明けでも、彼女の元気さとアグレッシブさは、あいかわらずのようだ。

 ここで否定を口にするのは簡単だが、それもあいかわらずで芸がないというか。芸がないっていうのもおかしな話ではあるが。


「───あ。そういえば長船って」

「露骨に過ぎませんか?」


 話を逸らされたとおもったのか。ジト~っと湿り気を帯びた視線を横から感じるが、我慢した。たまには押し通させてもらおう。


「その、まえに無趣味だったって話は聞いたけど。高校生になったいまなら、趣味はあるのかなって」

「先輩ですね」


 断言された。断言されたので、なにもおかしなところはないように思えたが、よくよく考えるとおかしいことに気づいた。

 いや、ちゃんと変だわ。即答する反射神経とかもふくめて。


「そうではなく。好きなコトとか、モノとか、ないの?」

「くれるんですか?」

「……や、いまのところ予定はないけど」

「先輩です」


 押すにしたって限度があるとおもう。


「どうしたんですか、急に。いまさら袖の下なんか考えなくたって、とっくに私の心は先輩にフォーリンですよ」

「うん、痛感した。ただ知らないってのも気持ち悪いし、あとまあ、朝にそういう話になって気になったというか」

「あー……そういえば、サキ先輩といちゃいちゃしてましたね」


 あれはむしゃくしゃされていたんだとおもう。当然のように動向を知られていることも気になる。


「この学校の生徒であればだいたいみんな知ってますよ。とくに一、二年の間では有名ですから、陸上部の不可侵サークルのことは」

「……なんだそれ。呆れた人気だな、早乙女も」


 初耳だ。その()薄々(うすうす)感じてはいたが、そんなことにまで発展していたなんて。

 おまけに大層な名前までついている。いつ生えてきたのかは知らないが、おそらく早乙女が超能力を会得したコトに(たん)(はっ)したものだろう。断じて俺由来の成分によるものじゃない。

 だから、残念な目で俺をみるのはやめてほしい。


「……いいです。私、理解のある女ですから。ある程度までは目をつぶりますけど、本妻がだれかは忘れないでくださいね」

「ごめん、十七歳はまだ法で妻帯できないことになってる」

「私の先輩はそんなものに縛られるようなヤワな男じゃありません」

「おまえは俺をなんだとおもってるの?」


 期待()が重すぎる。そんな破天荒な一面を見せたことはないはずだが。


 まったくもう、とため息をつく長船。“照れ屋さんなんですから” という意思を言外に感じる。

 彼女の奥さんアピールも板についてきたのか、最近は余裕が見えてきた。明らかにおかしいのはあちらのはずなのに、なぜだろう。いままで中途半端に放置していたからだろうか。草刈りを怠ったら予想以上に雑草の生命力が高かったみたいな。そろそろ本気で訂正した方がいいのかもしれない。


 ひそかに覚悟を固めたところで、ちょうど目的地に着いた。

 教室棟の一階、奥。昇降口からも食堂からも離れたこの場所に、昼休みにやってくるような物好きは俺たちだけだったらしい。中からくぐもった大人の声が聞こえるものの、廊下に人影はない。職員室まえに設置されたクラスごとの配布物ボックスに、手分けしてノートとプリントを置いていく。


 化学のプリント、数学のノートと順に長船へ手渡していくなか、

 一番下に持っていたプリントがめくれ、見るつもりのなかった中身が偶然見えた。


「……クラスの出し物の希望アンケートか。大変だな、文化祭委員も」

「ねぎらいはハグでいいですよ」

「わかった、もう隙を見せること自体がダメなんだな───って」


 ねじこまれた惚気(ボケ)に、意外なフレーズがあった気がする。


「もしかして」

「はい、実行委員のカナちゃんです」

「……そいつは、また」


 難儀なことだ。

 友人の言葉を借りるなら、好きでやってる人もいるわけだし。一概に苦労ばかりとも言えないが、仕事が増えることに変わりはない。


「知らなかった。そういうの好きなのか?」

「んーどうですかね。文化祭に参加するのは今年が初めてですし、それにかける熱量も意気込みも人並みな気はしますけど」


 こく、と首をかたむけて考える長船。

 たしかに、彼女は一年生で行事に関しては未経験だ。それゆえの憧れや期待が入り口になる場合もあるが、多くの人間はただ楽しみたいと考えるだろう。

 人並みであるならなおさら、文化祭の実行委員なんて面倒な役を引き受けたことに疑問が残る。


「……ひょっとして、押しつけられたとか」

「そんなことしませんよ。ただ、私のクラスでは他に部活に入っていない人が少なかったので」


 空気を読んで立候補したんです、と自らの胸に手を当てて言い張った。


「みんな、やりたくないなーって空気をしてましたから。押しつけ合いになってギスギスするのもいやですし、残った人たちの中だと私が適任かなって」

「けど、バイトだってあるだろうに」

「縁故採用ですから、多少のワガママは聞いてもらえます。大丈夫ですよ、忙しいのは文化祭が終わるまでのひと月くらいですから」


 と、語る長船はどこか大人びた空気をまとっているように見えた。本人にとっては些細な、疲れた人に席をゆずってやるくらいの出来事なのかもしれない。


 が、こう、なんだ。

 たとえ、本人が些細なことだと言い張っても、始まりがほんの小さな気遣いだったとしても、無理をしているように見えるのは気のせいだろうか。


「……べつに、優等生つらぬく必要もないとおもうけどな」


 諭すでもなく、ほとんど独り言のようなつぶやき。

 彼女には彼女なりの考え方や優しさがある。だから彼女にかけるつもりはこれっぽっちもなかった、そのはずの呟きを、あちらは耳聡(みみざと)く聞きつけてしまったらしい。


「先輩は、どっちの私がいいですか?」

「え?」


 急な問いかけだった。

 一転して、沈んだような静かな声で彼女はこちらを振りむいた。なんてことない、涼しげな表情を浮かべているが、その声音だけで軽口や冗談の類でないことはわかる。


 ……どうだろう。

 考えても、すぐに答えは出そうにない。他人に自分の良し悪しを押しつけるのは苦手だ。どっちがいいか決めるなんて、優柔不断な俺にはやっぱり荷が重いような気がする。

 ただ、ひとつ言えるとすれば───、


「どっちでも、お好きなように、としか」


 言ってすぐ、後悔した。いまのは少し突き放した言い方だった気がする。


「どっちにしろ、迷惑かけられるぐらいが先輩としてちょうどいいんだとおもうし」


 肩をすくめて、手にしたノートをあげてみせた。

 これくらいは迷惑の内にはいらない、どころか(ハシ)にも引っかからないが、そこは言葉の綾というもの。どう転んでも、俺が長船カナを見限るようなことはきっとないんだとおもう。


 ……言って、やっぱりまた後悔した。我ながら気障(キザ)なセリフだった気がする。

 引かれたのでは、とおそるおそる顔色をうかがうと、彼女は考え込むような素振りでこちらを見つめていた。


「先輩って……ひょっとして大人物か、マゾなのでは」

「その中間らへんの評価はなかったものか」


 とりあえずドン引きされてなくてよかったけど。もう少し良心的な採点があったっていいとおもう。


 とはいえ、彼女の問いに納得のいく答えをだすのは、なかなかむずかしい。

 それは俺にとっても、きっと長船にとっても。複雑に考えすぎなのかもしれないが、安直な言いまわしや言い逃れでこの場を収めることのほうが、俺はイヤだ。

 ()るがまま、()がままに。なにも気にせずそう振舞えるひとは、鮮烈で、魅力的に見えたりするけれど。多くはそうじゃない。俺だって他人のことを気にしないなんてことはできないし、それ自体が悪いことだとはおもわない。


 ───おもわないが、やっぱり。

 彼女は好きにしてくれた方がいいとおもう。元気な長船にしろ、真面目な長船にしろ、あるがままの彼女でいてくれる方がいいなとおもう。

 どういいのかは、自分でもよくわかっていないけど。……俺のまえでくらい、なんて枕詞(まくらことば)も、口が裂けても言わないけれど。けっきょくこれが、俺のワガママなんだろう。


「あんま気にしなくていいんじゃねえの。俺とか、他人にどうおもわれているのかとか。そういうのは───」


 そこまで言って、ふと、つづくセリフが自分にもあてはまることに気がついた。


「……せんぱい? どうしたんですか、急にほくそえんで」

「わらって、とかじゃないのか、ふつう」


 ずいぶん(イヤ)な表情をしていたものだ。

 まあ、ようするに。


「いいや、好きにすればいいよ。自分の好きな自分がけっきょく最強だって言うし」

「なんだか、いつになく強気な発言ですね。傍若無人ってかんじがします」

「……うつったのかなぁ」

「はっ! いま浮気センサーが検知しました!」


 なんとなく落ち込む俺の横で、わあわあと騒ぎはじめる長船。

 これで優等生、というのも無理があるような。あえて(つくろ)ったり、飾ったりしなくても、彼女はそのままで充分だとおもう。それこそ、野菜の食べ方じゃないけど。


 なんてことを考えたりする俺は、やっぱり暑さでやられているのかもしれなかった。



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