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パン屋の店員さんに告白された話  作者: 衣見 イッセイ
11.パン屋の店員さんと新学期を迎える話
30/32

人体の急所をつかんで言うセリフがそれか



「で、話は?」

「うん?」


 十分後。

 部室から校舎へ向かう道すがら、並んで歩く早乙女(さおとめ)に声をかけた。



 俺たちの通う県立奥山北(おくやまきた)高校は、生徒数六百名ほど。運動部、文化部あわせて二十をこえる部活が生息している。

 ぽつぽつと県や全国の大会にコマを進めるような選手を輩出(はいしゅつ)しているものの、早朝から活動するような熱心な部活は少ない。特別棟をつかう吹奏楽。体育館の女子バレーと卓球。グラウンドをつかって練習をするのは陸上部くらいのものだ。


 午前八時過ぎ。晴れ空の下、閑散(かんさん)とした校庭をふたりで横切っていく。グラウンドの端っこにたどりつき、草むらに埋もれかけた石造りの急な階段を上がって、並木道へと抜ける。

 ちょうどいまが登校時間のピーク。正門から昇降口にかけて大勢がわらわらとしている。その人波に合流するかたちで()を進めると、さっと周囲から波が引いてスペースができた。もちろん早乙女効果である。


 あいかわらずのカリスマというべきか、人気も過ぎれば人を避けるようになるのだろうか。

 教室ではクラスメイトたちに囲まれているのを見かけたりするが、こうして朝練帰りに声をかけられたことはあまりないように感じる。

 ……やっぱり、部活後の人間には近づきがたいということだろうか。体温とか、湿気とかの方向で。


「きみ、いい加減手をあげるよ」

「冗談です。すみません」


 さておき。心当たりがあるとすれば、去年に一度、上級生の男子から声をかけられたことがあった。

 ()(てい)にいえばさわやか風イケメンみたいな人 で、意図としてはナンパ的な要素を含んでいたようにおもう。

 おそらくは初対面であろうその先輩に対し、早乙女は容赦のない口撃(こうげき)の数々をもってこれを撃退。その舌鋒(ぜっぽう)のあまりの鋭さに、以降そういった目的の人間──といってもこの高校にはそういないが──からはひとつ距離を置かれるようになったらしい。

 他人が寄り付かなくなったのもこの一件が大きいのかもしれない。


 にしても、当時すでに女子からの人気も高く、多くのことに寛容な性格の彼女が、ああもはっきり拒絶したというのは意外だった。あまりの冷徹さに、“早乙女も他人(ひと)に冷たくしたり怒ったりするんだな” なんておどろいたのを覚えている。それだけ(やから)が気にくわなかったのか。それとも練習終わりで疲れていたのか。


『そりゃあ、わたしにだって邪魔されたくない時間はあるさ』


 なんて本人は困ったように笑っていたが。ともすれば、彼女も意外と部員との時間を大切にしているのかもしれない。可愛げというか、義理堅い一面もあるものだ。その輪に俺がふくまれるかは、微妙なラインだけど。

 まあ俺としても他人に群がられたいわけではないし、現状に不満はない。


 ちなみに、普段はここに二年生(どうき)三田(みた)がいたり、同じ短距離(パート)の一年生たちがいたりする。俺は長短でパートも違うのになぜか高頻度で声がかかるため、出席率だけは高い。

 ……たぶん、彼女は俺を(ペット)かなにかだと勘違いしているんだとおもう。最近になって疑念が確信に変わりそうなのが悩みどころ。


 とはいえ、二人きりで登校するというのはかなり(まれ)だ。


「それで、()ってなんだい?」


 本人はなんの心当たりもないといった顔でこちらを向いている。

 そんな純粋そうな瞳で見つめられると、まるでこっちが変なことを言ってるみたいだ。


「や、わざわざ引き留めたんだし、話しておきたいことでもあったのかと」

「……きみはわたしをなんだとおもってるんだ。友人と話すのに他意なんてないよ」

「……ああ、そう」


 ……ほんとうに勘違いだったとは。

 今度はなにを命じられるのかと半ば恐々(きょうきょう)とした心持ちで臨んでいたため、ひどい(かた)()かしを食らった気分だ。

 なにもなかった安心感と、疑ってしまった罪悪感とで感情がシーソーしている。


 まだどこか疑いを捨てきれないまま、了解の意をこめてうなずいた。

 あちらからはものすごく呆れた視線をいただいた。なんかこう、納得いかない。


「……ふーん。そうだな───」


 そこは同期の絆。消化不良を読み取ったのか。

 早乙女は品定めするように目を細め、腕を組んでしばし沈黙。ゆっくり目を開けると、こう言った。


「しいていえば、“嫉妬” かな。最近のだれかさんはかわいい後輩にご執心で、なかなか相手をしてくれないからね。こういう機会は大切にしないと、なんて」


 ね、と。

 にこり、楽しそうな笑みとともに一歩、こちらへ体を寄せてきた。

 ぐっと距離が縮まる。もうすこしで肩と肩がふれそうなくらいの位置だ。周囲でだれかが息をのむ気配がした。


「……」


 視線をさげる。彼女との距離感を確認する。

 それから試すような表情を眺めて、口を開いた。


「ダウト。しいていうなら “いやがらせ” じゃねえの」

「ハッッ! そりゃそうだとも、独り占めしやがっての気持ちは当然あるさッ!」


 化けの皮、()がれる。

 いたずらっぽい表情はなりを潜め、どう猛な牙が顔をだした。


 彼女が一学年下の後輩女子、長船(おさふね)カナの強火オタクであることは知ってのとおり。問題は、その火力が山のひとつやふたつを平気で焼いちゃう程度のものだったことにある。

 その余波というか、余熱というか。彼女の近くにいると、とばっちりを食らうことがしばしばある。他人の信条に口をだすつもりはないが、できればその灯はなるべく飛び火しない場所で燃やしていてほしかった。


「おいおい、なんだか他人事のような目をしているじゃあないか。余裕か、うん?」


 左の脇下からうでをとおし、こちらの胸倉(心臓位置)をわしづかむ早乙女。

 夏服をくちゃっとされつつ、なんとなくそっちを見る気になれず(おもに恐怖)、空へ視線を逃がした。


「……言っておくけど、こちらに敵意はないぞ」

「だまれ、きみの心地については微塵も興味がない。これ以上わたしを不快にさせるな」


 交渉の余地もないらしい。もう助からないかもしれない。


「ふふ、ドキドキしてるな」

「人体の急所をつかんで言うセリフがそれか。吸血鬼かよ」

「もしそうだとしたら、きみがわたしを鬼にしたんだ。責任はとってもらおう」

「すごいな、おまえに言われるとスプラッタになる予感しかしねえ……そんなになるなら声かけりゃいいのに。聞いた感じ、連絡は取ってるんだろ? 初対面のときこそアレだったけど、あいつ、わりとおまえのこと好きだとおもうよ」

「それは無理だ。なにせ、溶ける」

「……おまえらってみんなそうなの?」


 なんか、以前にも同じセリフを聞いたような気がする。信奉者たちは身体がロウかなにかで出来てるんだろうか。

 考えてみると、俺の周囲には変人がよくそろっているみたいだ。長船(かのじょ)を旗頭にしている時点で、それもなんとなく納得できてしまう。それともこれは氷山の一角で、水面下にはもっと多くの変人たちがひしめいているんだろうか。


 母校の生徒たちがもつ変態性について真剣に考えそうになっていると、その筆頭が憮然(ぶぜん)とした表情で抗議してきた。


「あのなあ、彼女とかかわって平然としていられるのなんて、きみくらいだからな。わたし自身、愛の深さゆえ少々奇行に走りがちだという点は否めないが、自然体で関われるきみはもう頭がおかしいと言わざるを得ない」


 奇行人間からくだされた頭おかしい判定は、もう一周まわって正常なんじゃなかろうか。

 マイナスかけるマイナスはプラスみたいな。変態をこえる変態と言われれば、途端に旗色は悪くなるけども。


「そうはいっても、いっこ下の後輩だろ? 神格化しすぎというか、接してみるとふつうの……うん、まあ、ギリギリふつうの女の子だよ」

「そう割り切れたらこちらも苦労はしないさ……相変わらず、達観しているのか情緒が幼いのか、評価しづらい男だよなあ、きみは」


 まったく、と嘆息された。しょうがないなあ、とつぶやきながら肩をたたかれる。ちょっと得意げな顔をされているのはなぜだろう。


「わかった。なら、ただの先輩くんであるきみに質問」

「ん、お手柔らかにどうぞ」

「まずは共通の話題を探るところからはじめたい。ということで、彼女の趣味は?」

「…………えー、と」

「……まさか。知らないのか」


 絶句された。なかなか(こた)える表情をしている。

 ……いや、知らないわけでもないけど。ぱっと訊かれて答えられるものがないというか。

 パン作り、とか。それは趣味……というか、生業(なりわい)に片足つっこんでるような気もするし。


「おい。健常な男子高校生」

「“健常な男子高校生なら後輩女子の好きなものを知っていて当然”、みたいな顔するのやめてくれ。逆になんでもござれのスタンスのほうが気色わりいし、無頓着のが男子高校生っぽいだろうが」

「そこに “仲の良い” が加わるから問題なんだろ。頭の悪い弁明をするんじゃない。小学生か、きみは」


 そこまで言われるとおもわないところがないでもないというか。

 なんとか評価をくつがえすため、必死に頭をはたらかせる。


「まあ───食べるのは好きだよな。質より量、花より団子じゃないけど、おしゃれな料理とかスイーツとかをちまちま食べるより、食べたい物をいっぱい食べるほうが好きな気がする」

「ほう」

「甘いのは好き、辛いのも意外といける。苦いのは……どうだろ、あんまコーヒーとか飲んでた記憶はないな。お茶とか、紅茶とかを好んでたような。バイト先で水筒につめてるのをみた」

「……へえ」

「スポーツは……体を動かすのは苦手じゃないけど、好きかって言われるとべつだろうな。勉強もそう。好奇心は旺盛なほうだとおもうし、一回ハマれば夢中になってあれこれ手をのばすけど、根が慎重だからゆっくり楽しむことのほうが(しょう)に合ってるような気もする。レジャーでいったら遊園地より、水族館とかのが好きなんじゃないか?」

「……なんか、むかついてきたな」

「どうすりゃよかったんだよ」


 下駄箱で靴を入れ替えながら、苦り切った顔をむける。

 あちらも同様、じとっとした目でこちらをにらんでいた。


「そもそも、それは嗜好や性格の話であって、趣味ではないとおもう」

「……」


 ……たしかに。


 こうして勝敗は(きっ)した。ひと足先に上履きへ履き替えた早乙女のうしろを、すごすごとついていく。

 フォローのつもりだったのか。振り向きざまに掛けられた “しっかりしなよ” の一言が、やけに刺さった。


(…………ん、というか)


 ふと、そこで思うことがあった。

 足早に彼女のとなりへ並んで、横を向いてみる。


「なあ、そういや早乙女も信者だったよな」

「ああ。始祖ですらある」

「……うん。それでまあ、そういうのってふつう、男の影みたいなの気にするもんじゃないのか?」


 あまり詳しくはないが、アイドルは恋愛禁止みたいなやつ。

 アイドルといっても同年代の、それも同じ学校の生徒にそこまで求めるのもどうかとおもうが、なにぶん感情の話。偶像に潔白性というか、完全性みたいなものを望んでしまう気持ちはわからないでもない気がする。


 いまの俺と長船の関係性は友人のそれだが、裏にある気持ちをおもえば実態はなんともグレーだし、他の大勢の目にはどう映っているかはわからない。

 早乙女にとって、いまの俺は目の上のたんこぶというか、あって快いものではないのではないだろうか。


「単純に、俺があいつの近くにいてなんかおもわないの?」

「……? そりゃあ」


 今度こそ的を射た発言だとおもったのだが、彼女にとってはこちらも見当はずれだったらしい。

 なにを言ってるんだ? といった顔で視線をさ迷わせたあと、簡潔にこう答えた。


「はじめ君だし」


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