サキちゃんにおまかせ
“孤独だ” と言われることには、もう慣れた。
“孤高だ” という言葉は、光栄だが、自分には荷が勝ちすぎるものだとおもう。
努力を重ねた先にあるのが、“勝利”や“栄光”というものならば、
努力を怠った者に与えられるのは、“安寧”と“共感”だろうか。
陸上競技という個人種目で一位になれるのは、たった一人だけ。
ならば、一位とそれ以外で、個と群にわけられるという考え方もある。
……うがった見方には違いないが、ひとはだれしも主観に拠って生きるもの。だれだって性格のひとつやふたつ、ひねくれたり歪んだりしていて当然というものだろう。
早熟なんて自負はないが、多くのことに自覚的だったとはおもう。自分の有する能力、自分の置かれている立場や状況、それに応じた振る舞いや求められていることに敏感だった。
それはきっと、才能なんて大仰なものではなく。わたしがほんの少し、ひとに褒められるのが好きなこどもであったからというだけ。
その反動か、はたまた延長か。
中学を卒業する頃のわたしというやつは、それはもう擦れた人間になっていたようにおもう。環境のせいにするのは簡単だが……突き詰めれば、やはりわたしという人間がそういう気性だったと言うしかあるまい。独善的で、自己中心的。成功も失敗も、その過程も原因も、あますことなく自己のうちにのみ在るという考え方は───やはり、人間として、奇異な部類に属するものなのだろう。
“他には、なにも欲するところはないし、なにも求めない”
齢十四にしてたどりついた、ひとつのけつろん。
拗ねた子供の抱くような人生観は、きっと、いまもそう変わっていない。
“他人に、理解してほしいとはおもわないし、他人を求めようともおもわない”
───ただ最近は、こうも思うようになった。
◆
「さ、さおとめせんぱいっ!」
名前を呼ばれて振りむくと、校門の裏にはたくさんの下級生が集まっていた。
朝の登校時間にもかかわらず、男女をとわず、大勢がみな一様に興奮で顔をかがやかせている。
「陸上部の大会の結果、ききました! 県大会で3位入賞って……あ、あの……ほんとに、す、すごいですっ!」
「───ああ」
なるほど、と得心がいった。
まるで縁のある有名人でも来校したか、校外学習のバスでも待っているのかという込み具合だったが……このちょっとしたお祭り騒ぎの原因は、どうやら自分だったらしい。
たった一日前の、一部活の出来事が、こんなにも早く知れわたっていることこそおどろきだが。さしずめ、部の一年生が広めでもしたのだろう。
「それにしたって、この出迎えは大仰に過ぎるとおもうけど……気持ちは受け取ったよ、ありがとう」
「~~~っ!!」
困りながらも笑みを向ける。と、とたんに群衆は色めきだった。
『かおが、良すぎる……声もスタイルも、かっこよすぎだろ……』
『やばい……もう、し、しにそうなんだけど』
『ちょ、おさないでよ……むりだから、これいじょう近づくのは、むりだからっ』
一周まわって嫌われてるような反応も聞こえる気がするが、これも通常運転の内。
こう何度も同じ光景を見せられれば、いくらか慣れるというものだ。
中学でのわたしという人物はちょっとしたスターだった。
それが容姿のせいか、陸上競技の成績のためか、はたまたそのどちらもだったのか。望んだわけではないにせよ、他人から純粋な好意や期待を向けられるのは、ありがたいし、素直にうれしいとおもう。
「つぎは全国大会ですよね。わたしたち、おうえんしていますから!」
「うん、ありがとう」
周囲の視線に押されるようにして昇降口を通過する。
一定の距離をたもちつつ、わちゃわちゃともみ合っている群衆のうしろで、ふと、
“みろよ、また陸上部の早乙女だぜ”
聞こえないよう、あるいは聞かせようとしていたのか。
わざとらしくひそめた陰口にも、わたしはとうぜん気づいていた。
◆
早乙女早希という人物の背景は、いたって普通だった。
一般家庭の三人兄妹、その末っ子に生まれたわたしは、ともにスポーツ系の両親から血を受け継いだせいか、むかしから運動神経はよかったようにおもう。
遊びといったらきまって外。絵本やおままごとが好きな姉とではなく、兄とその友人たちに交じってボールを追いかけまわしてばかりいた。
“ゴールデンレトリバーの群れに子猫が入りこんだみたい” なんて心配そうな顔をしていたのは母だったか。
自分よりも年上で体格の大きな男子と遊んでいたことが功を奏したのか、わたしはすっかり活発で負けずぎらいな性格に育っていった。
小学生にあがる頃、自分はどうやら足が速いらしいと気がついた。
かけっこは負けなし。鬼ごっこでは、鬼になると女の子に泣かれ、逃げる側になると男子ですらわたしをつかまえられなかった。それは高学年になってからも変わらずで。運動会ではリレーの選手にえらばれたり、地区の小学生向けの駅伝大会で、学校の代表メンバーとして走らされたこともあった。
だからといって、“足が速いから陸上部に入ろう” なんておもっていたわけではない。
わたしは走ることだけでなく、体をうごかすことならたいてい何でも好きだった。したことがないことにも興味はあったし、兄や姉といっしょのことがしてみたいなんていう末っ子じみた気持ちもあった。
だから、中学のはじめ。目新しく種類もさまざまな部活動のうちからなにを選べばいいのか、しょうじき迷ったりもした。
“なら陸上にすれば? 走ってるときのあんたは、かっこよかったとおもうし”
なんて、友だちの助言が決め手となった。
周りの人間からすればとうぜんの、わたしにしてみれば予想順位3位くらいの、陸上部入部はこのようにして決まった。
事のはじまりにしてはなんとも適当な、クーラーボックスから好きなアイスをひとつ選ぶときのような感覚だったのである。
“いやあ、おどろいた。早乙女さん、すごい才能があるよ”
などと、入部したわたしを待っていたのは称賛の嵐だった。
わたしの走りはおもっていたより好評だった。先生、先輩、同期を問わず、口々にわたしをほめてくれた。
“ほんとうにクラブとかの経験ない? うわあ、じゃあこれは才能だわ”
走るのになんの才能がいるというのか、わたしにはよくわからないが。
うれしそうに瞳を輝かせる顧問や先輩たちに、ならすごいのかもしれない、なんて浮かれてしまったのも懐かしい話だ。
中学校の部活はよくもわるくもアットホーム。いろんなモチベーションの人間がいた。
走るのが好きで部活に入ったもの。
友だちに誘われたからいっしょに入部したもの。
運動部のなかでいちばんユルそうだったから選んだもの。などなど。
基本となる練習メニューはみんな同じ。短距離、長距離とブロックごとにわかれて、先生からだされた内容を消化する。
ダッシュの本数や、ペース走の距離などは個人によっておまかせだ。調子がわるい日は練習量を落としたり、やる気がある日は逆に追加でメニューを増やしたり。
顧問の先生が陸上の経験者ではなかったせいだろうか。いまにしておもえば、かなり自由度のたかい部活だったようにおもう。
“サキちゃん、また自己ベスト更新だって? すごいね!”
“練習いっつもがんばってるもん。だいたい最後まで走ってるの、早乙女さんだもんね”
やると決めたら、とことんやるのがわたしだ。
いままでとはちがう、実践的な “走る” ための練習や知識に触れたことで、わたしにとっての “走る” という行為が人生の大事ななにかへと昇華された。生活の中心に走るが据えられるようになった。
寝ても覚めても、陸上のことばかり考えるようになった。部活の時間はだれよりも熱心に、だれよりも長く走ることに熱中した。
大の負けずぎらい。何事も手を抜けない意固地な性格が、努力した分だけ明確な結果になってもどってくる陸上競技と相性が良かったのかもしれない。
それに、走ることはたのしかった。
できることが増えるのは、うれしかった。
自分ができたとおもったことを、みんなに認めてもらえるのは、誇らしかった。
わたしは驚異的な早さでタイムを縮め、一年生の夏、県大会への出場を決めた。
(体幹、重心、足の運び……食事に睡眠、体調管理……走ることだけじゃない、もっと上にいくためには、考えることがいっぱいだ)
その過程で生じる苦しみすら、歓びに感じられるほど。
わたしはより深く、トラックレースにのめり込んでいった。
それが、軋轢を生んだのだろうか。
“さおとめさんって、すごいよね”
そう言ったのは、先輩だったとおもう。
字面だけ追えばただの称賛だ。
その言葉に、わずかに悪意がにじんでいると気づいてしまったのは、いったいどちらのせいだったのだろう。
“体格もめぐまれてるし。なんだろ、才能ってやつ? 私たちとはちがう人種っていうか”
“ね。天才ってほんとにいるんだ、みたいな気もちになるよね”
先輩たちは自嘲するようにして笑っていた。
初めはほんとうに、些細な不満でしかなかったのだとおもう。
けれど、いちど堰を切ってしまえば決壊するのは当然で。火がつけば、燃え広がるのは簡単なことだった。
“なに、陸上部の早乙女ってそんなヤな奴なん?”
“部内じゃイバり散らしてるってよ。実力重視の部活で顧問にも贔屓されてるから、学年が上でもなんも言えねえって”
“あー……まあ、たしかにそんな感じだわ。他人のこと見くだすような目ぇしてるもん”
クラスの男子。一部の女子の先輩たち。気づけば、学校生活の片隅にわたしを嫌悪する者の姿が見えはじめた。
それは休み時間の教室であったり、移動教室で立ち寄ったちがう階のトイレであったり。
面と向かって皮肉を言われることこそなかったものの。
そのぶん、陰でささやかれることが多かったようにおもう。ひょっとすると、わたしの気がつかないところでも言われていたのかもしれない。
(……それこそ、負け犬根性というやつだろうに)
心の中で苦笑する。
わたしだって人間だ。嫉妬や、それにともなう憎さ、悔しさといった感情には理解がある。彼ら彼女らの思うところには同情の余地があった。
“───二年生になって後輩ができたからか、あいつますます調子にのってない?”
“顔がいいからって、なんでも許されるとおもわないでほしいよね”
“ほんとそれ、自分がとくべつな人間だからってさ”
……本音をいえば、少しさびしかったけれど。
得た人気や応援の数々をおもえば、これ以上を望むのも傲慢というやつだ。
ターニングポイントがあったとすれば、二年生の秋の大会だろう。
その日は、例年よりも著しく気温が下がった。
雪でも降りだしそうな重たい曇天。朝から昼にかけて真冬並みの気温。屋外で競技をおこなう選手たちにとって、最悪とはいわず、厳しいコンディションだ。
他の学校と同様、わたしの学校の部員たちもその多くが実力を出し切れていなかったようにおもう。
“つぎ、女子200mですよね。早乙女先輩、がんばってください”
“桐島先輩、三年生の意地みせてやってください! ファイトです!”
たまたま、先輩と同じ組での出走となった。
先輩は小学生の頃から地元のランニングクラブに通っていた人で、練習も真面目にこなし、部活内でもっとも長く陸上をつづけてきたひとだった。
その試合、わたしは自己ベストの記録で1着に入り、先輩は組の最下位でレースを終えた。
“……はなしかけないで”
ゴール直後。それまで、わたしのことをただしく後輩として扱ってくれていたそのひとは、はっきりとわたしを拒絶した。
“……くやしい……私だって、がんばってきたのに……”
チームの輪のなかで大泣きする彼女を、遠くからぼんやりと見つめていた。
その場にわたしがいても逆効果だったろう。みんなから離れた場所でぽつりと佇み、先輩へかけるべき言葉を探しつづけていた。
“……なんで……なんで、私じゃなくて……あの子ばっかり、一位なんだろう”
───けど、それは。
走ることに、才能なんてものがあるのかは知らないが、
たしかに、むいていないひとというのは、いるとおもう。
それは、身体的なこと。脚の長さであったり、筋肉や脂肪のつきやすさであったり。骨格の太さ、貧血のなりやすさ、持病の有り無しなんかも。
それと、精神的なこと。地味な練習をまじめにコツコツと積み重ねられるか、大きな目標に向かって自分を奮いたたせられるか、本番での勝負強さ、しんどくても自分を冷静にコントロールできるか。
そういう意味でいえば、それらを持っていたわたしには、才能というやつがあったのかもしれない。
“早乙女さんはすごいね”
“早乙女さんは才能があるね”
体格に恵まれたという自負はある。
性格も、勝負事に向いていて、陸上競技とも合っているともおもう。
みんながいうように、わたしはとくべつだったのかもしれない。
でも。
「……わたしは、それだけだったのかな」
たったそれだけの、生まれ持ったものだけの、
そうあれかしと役割を定められただけの、勝って当然な存在だったのだろうか。
「みんな、まるでわたしが一位になることが、とうぜんのことのようにいう」
走るって、そう単純なものじゃなかったはずだ。
好きなだけではタイムは縮まらないし、
努力するだけでは勝つことができない。
身体を鍛え、精神を磨き、体調を整え、あらゆることに手を尽くし───それでも、負けるときは負けるのがレースだ。
ぜったいなんてない。だからこそ、わたしはあんなに必死だったのに。
“早乙女は天才だからな。凡人の気持ちなんて、わかりゃしないんだろ”
なら、期待されるものの気持ちがわかるというのだろうか。
(……いい、やめよう。こんな思考は毒だ。なにも益になりはしない)
けれど、納得できなかった。
日々の練習。一本を、一秒を、こだわらず、最善を尽くさず、力を抜き、怠惰に過ごしておきながら、敗北を前にして思いだしたかのように悔しがり、涙する者たちを。
(だって、一位はそんなに簡単じゃない)
当たり前じゃないか。
わたしより長くやっていながら、そんなことにも気づけないほど───。
いや、わかっている。本当はみんな知っている。それでも埋まらない悔しさを、むなしさを、どこかにぶつけるしかできないだけ。
全員が頑張れるわけじゃない。全員が夢中になれるわけじゃない。
ああ、でも。
(勝ちたいって泣くなら、相応の努力をしないといけないのに)
どうして、それをしなかったのだろう。
どうして、それすらとくべつなことだとおもうのだろう。
“早乙女さんは天才だから”
“早乙女はとくべつだから”
どうして、わたしが特別な人間だから、で済ませてしまうのだろうか。
“早乙女、今年も個人で全国行きだってよ。リレーのほうは県大会止まりだってさ”
“うっわ、露骨~。『みんなからチヤホヤされるのはわたしだけ』ってか?”
いつからか、陰口を気にすることがなくなった。
あれだけいいように言われて、言われ過ぎて、言われ慣れてしまったのだろう。
反対に、練習量が増えた。
目の前のことに集中してしまえば、周囲など気にならなくなることに気がついた。そもそも、構っているほどの余裕もなかった。より高い舞台で戦うためには、わたしにはまだまだ足りないものが多すぎたからだ。
とうぜんのごとく、わたしの孤立は深まっていった。ヒマラヤ山脈の頂上。マリアナ海溝の深海。より高く、より深く、陸上競技にはまっていくたび、そこは容易にひとの近づける場所ではなくなっていった。
「それこそ、いまさらか」
もとより、陸上競技は個人種目。
わたしが愛したトラックレースは無音の世界だ。
走って、走って、走った。
より速く、より鋭く。身も心も、研いだ矢じりのように、要らないものを削ぎ落としていった。
無駄を必要としないなら、それは機械といっしょだ。
洗練されていて美しいけど、汚れを受け容れるための余白も失ってしまう。
余分のないわたしは、ひどくつまらない人間だったのだろう。
わたしを蔑むものも、慕ってくれていた後輩も、次第に離れていった。
わたしも、それでいいとおもった。
「こんなにも歪なのに、結果を残せば正義か。“我が校の誇り” だなんて───まったく、笑わせる」
そんなわたしを、事情をよく知らぬ下級生たちは “孤高” だとほめそやした。
他の追随を許さず、一人で結果を残し続けるわたしを肯定してのものだったのだろう。
一方で、わたしを知る一部の者は “孤独” だとさげすんだ。
心の欠けたオートマタ。走る機能しかもたない、陸上競技に取り憑かれた異常者だと。
もう、それでいいとおもった。
身勝手な羨望を押し付けるのも、醜い卑屈を押し付けるのも。
他は、それでいいとおもった。
「いいさ、身に余るものは全部、早乙女早希に任せればいい」
みんな、自分のことでせいいっぱいだ。
それぞれが心に、器に、許容量というものをもっている。そこからあふれてこぼれてしまうものは、身に余ってしまう感情は、自分じゃないだれか───とくべつで、成功していて、押し付けても心が痛まないだれかに任せてしまうのが、もっとも賢い判断だ。もっともラクな選択だ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。おかしなあいつは、どうせ、なにを言っても感じないだろうから。
……ほんとうにおかしいのは、どっちなんだろう。
「……いい。もう、いいんだ」
他に期待することは、諦めた。
孤独だ、というならそれでいい。
自ら進んで、敗者の列に身を投じようとはおもわない。
孤高だ、というならそれでいい。
その価値すら知らないものに、なにを言われようと、揺れる心など持たない。
「───うん。役というなら、とんだ道化役だったな、わたしは」
可笑しいのは、他の誰でもなく。
他人すら許せなくなってしまった、自身に違いないのだ。




