先輩ってなんでもできるんじゃないですか?
◇
「ありがとうございました」
パンのつまった袋を手に退店するお客さまへ一礼。その背中がドアに吸い込まれてから、俺はふぅと息をついた。
バイトに入ってからまだ日は浅いものの。不慣れだった対応もだいぶ板についてきたらしい。
俺の任された役職は、主に販売スタッフだ。接客、レジ打ち、焼きあがったパンをトレイに並べたり、空いた時間でお店の清掃なんかを担当している。
初めこそ不安だったものの、やっていくうちにだんだんと内容を覚えることができた。暗記するより身体を動かしたほうが頭に入る性格らしい。くわえて、お店側で俺の担当する仕事をしぼってくれているようだった。気づいたときは若干へこんだが、いまはその配慮がありがたい。
ちなみに、先輩店員の長船や日生さんはレジだけでなく厨房の方にも出入りしたりする。くわしい作業はわからないが、出てくるときにかすかに小麦粉の匂いを漂わせているので、パン作りのなにがしかに携わっているのだろう。
さすがはプロだ。ひよっことはいえパン屋さんの仕事の一端にふれたせいか、尊敬の念がふつふつとわいてくる。
「あはは、そんなすごいことでもないんだけどね。それでいったら、たったふつかみっかで成長いちじるしい近江くんのほうこそあてはまるだろうし」
と、となりのレジで袋を整理するは日生さん。
接客の基本から商品の扱いなど、細かいところまでこまめに教えていただいた。この短期間での上達は彼女のおかげによるところがおおきいとおもう。
「いやいや、わたしはおおまかなことしかおしえてないでござんすよ。ほんとはもっと手のかかる……というか、手をかけられる? しごきがいがあって、しこみがいのある逸材がはいってきたとおもったんだけどな。しょうねん、男の子はもっとこう落ち度があるくらいが、かわいげがあるってなもんだぜ?」
“はい” とも “いえ” とも言いづらい感想だ。
お店のものだろうか、なにかのひもを手でくるくるしながら、日生さんは心底ざんねんそうな顔をしている。
「飲みこみがはやいというか、要領がいいんだよねぇ近江くんは。あ、もしかしてほかにバイトの経験があったり?」
「いえ、初めてですよ」
「だよねぇ、にしてはあまりにがっちがちだったもんねぇ」
むむむ、と眉根をよせつつ、なんだか楽しげだ。つられてこちらも気が緩みそうになる。
おもえば、部活をのぞけば年上の女性に褒められるのなんて初めてだ。素直にうれしくおもう気持ちと、役に立てているらしいことに少し安心する。
「これならお手伝いだけなんていわず、つづけてバイトにやとっちゃいたいくらい。ねえ、カナちゃん」
「……まあ、きゅうだいてんです」
さらにとなりで長船は、ほめてつかわす、とびみょーに気乗りしないようす。
セリフこそ認めてくれている風だが、表情からはありありと不満が見てとれる。
「なんか気になるところがあれば言ってほしいんだけど」
「べつにぃ? これっぽっちも? ありゃーしませんけどぉ?」
「じゃあなんで喧嘩腰なんだよ」
あごをしゃくりながら威嚇するという、現役の女子高生とはおもえない攻撃形態をとる長船。
あとで聞いたところ、仕事を軽々とこなす俺に先輩店員としておもうところがあったらしい。戦力として呼んでおいて、自由なやつだ。
「───先輩ってなんでもできるんじゃないですか?」
「え?」
そう話しかけられたのは、お昼の山場を越えたあたりのことだった。
客足は幼稚園くらいの子連れのお母さんたちを最後にぱたりと途絶え、日生さんは作業のためか厨房へと姿をくらましている。
店内にはレジにたたずむ俺と長船だけ。いまが不満をぶつける好機ととらえたらしい。きもち、頬をふくらませながら詰め寄ってきた。
「しょうじき、ここまでできるとおもってませんでした。私はてっきり、にっちもさっちもいかなくなって私に頼りきりになる先輩が見られるものと期待していたんですけど」
それは……知りたくなかったかもしれない。以降のコンディションに影響がでそうだ。
「たしか、先輩って勉強もできましたよね」
「首位近くをずっとキープのおまえに言われるほどじゃないけども。平均よりちょっと上くらいだよ」
「……走るのも速いですし、部活のみなさんにも慕われてるようですし。なんですか、器用貧乏ってやつですか」
「それって褒め言葉じゃなくね?」
そういうときは、万能、とか多才、って言ってくれた方がうれしいとおもう。いや、ちがうんだけども。
「仮にそうだとして、俺が器用だと困るのか? お店に貢献できるしいいじゃんか」
「……痛いところをついてきますね、この卑怯者」
「理不尽すぎるだろ」
むむむ、と腕を組みながら考えこむこと数秒。
「……ぎりぎり、アウトで。先輩のできないぶんは私が頑張るということで手を打ちましょう」
「なにを妥協されたんだろうか。わるいが、進んで役立たずになるつもりはねえぞ」
「いやです。依存してください」
愉快か。こうストレートに言われると怒る気力すらわかない。
彼女がなにを不安がっているのか知らないが、たぶん杞憂というやつだ。
誰とでも仲良く、なんて性格でもなし。リョウタにハル、それと部活の連中をのぞけば、こうも俺の内面に踏み込んでくるやつは長船くらいのものだろう。
というかまず、そもそもの話───、




