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パン屋の店員さんに告白された話  作者: 衣見 イッセイ
10. パン屋の店員さんをお手伝いする話
22/32

たすけてください、先輩



 “たすけてください、先輩”


 そんなメッセージがとどいたのは、夏休みも残すところあと二週間を切ったある日のことだった。



「えぇ……?」


 部活帰り。玄関前でドアに手をのばしたまま立ち止まる。

 空いた片手にスマホの画面。絵文字もスタンプもなく、不穏なメッセージだけがつづられている。

 またなにかの冗談か、と一瞬だけ考えが頭をよぎった。が、想像だにしない無茶ぶりや、ストレートな欲求をぶつけられることはよくあるものの、こうして助けを求められるのは初めてだ。


 すぐに返事がなかったのは、それだけ大変な状況だったのか。

 “どうした”というコメントに既読がついたのは、数時間後の夕方のことだった。



『───えっと、とつぜんすみませんでした。脈絡もなく、殺人犯に追われてるようなメッセージを残してしまって』

「ごめん、そこまでは想像が追いついてなかったけど……で、どうした」


 電話口、聞こえてくる長船(おさふね)の声はいつもとくらべて元気がない。

 彼女に何かあったのか、何があったのだという不安が、胸のあたりでだんだんふくらんでいく。


『じつは、ちょっとした緊急事態でして』

「緊急って、もしかして病気とか?」

『病気は───そうですね、ぜっさん恋の病にかかり中ですが』


 ……急速にしぼんでいった。


「……夏休みの宿題とかか?」

『いえ、そっちはもちろんヤバいですけど……それよりもいまは、パン屋さんの方が大変なんです』


 ええそう、パン屋さんです、と神妙にくりかえす長船。


 彼女が働くパン屋さんは、彼女の叔母(おば)さんご夫婦が経営している個人経営のお店だ。ちょうどうちから学校までの道のりに建っており、値段も良心的なことから俺の行きつけのお店にもなっている。

 そんなお世話になっているパン屋さんだが、ここ最近、つづけて災難があったらしい。


『まず、夏休みのはじめに大学生の吉永さんが辞めてしまいまして』

「ほう」

『同じく大学生の片上さんが休み中、研究で海外に』

「へえ」

『そして、店主の叔母が懐妊しました』

「かい…………め、でたいな、それは」


 おもわずむせてしまった。

 しれっと言われたけど、それはすごく……すごい話な気がする。


『それからパートの伊里さんが……』

「まだつづくのか」

『はい。腕の骨をこう、やっちゃったみたいで』


 アグレッシブなタイプの女性らしい。

 趣味のツーリング中に、横転。さいわい命にかかわる怪我や後遺症は負わなかったものの、右腕のあたりをこう、やっちゃったらしい。


「……それは、とてもじゃないが働けそうにないな」

『はい……』

「───つまり。この短期間のうちに、お店の主戦力が四人も抜けてしまったと」

『はいぃ……』


 それはかなり、うん、とってもかなり困った事態だ。

 消え入りそうな返事からも彼女の()(へい)具合がうかがえる。


“───最近はバイトが忙しくておざなりになってただけです。

ちょっといま、その……いろいろありまして───”


 そういえば、この前もなにかそれらしいことを言っていたような。


(それで“たすけて”か)


 ……ようやく話が見えてきた。

 とどのつまり。彼女はいま、抜けてしまった穴を埋めるメンバーをお探しなのだ。


『なのでその、もしよかったらなんですけど───』

「いいよ」

『まさかの二つ返事ですか』


 びっくりしたような声が聞こえる。(しぶ)られるとでもおもっていたのだろうか。


 彼女の、というかパン屋さんのお手伝いをすることにたいして、こちらにはなんの不満も葛藤もない。

 というかこちらからお願いしたいくらい。長船(かのじょ)といっしょに働ける、みたいな下心とか恩に着せようとかいうアレではなく、むしろ恩を返すためだ。


 カメは浦島太郎を竜宮城まで乗せていったし、ツルはおじいさんとおばあさんのために自分の羽をもいで織物をこしらえた。

 この国では動物でさえ恩を返すのだ。俺が彼女を手伝ったって、バチはあたらないだろう。


『でも、あの、先輩は部活とかありますし……』

「逆に部活しかないから。とくべつ忙しいわけでもないし、練習がある日も午後からなら手伝いにいける。体力には自信が……まあないでもないし。使い倒してくれてぜんぜんいいよ」


 とはいっても、バイト経験がない自分でもできる仕事なのかは、しょうじき不安だ。

 接客とか、無愛想な自分には向かない気がする。


『あ、それなら大丈夫です。先輩のスマイルはビッグバン級の破壊力ですから』

「客に向けていい威力じゃないな、それ」

『……じょうだんです。けど、先輩なら大丈夫ですよ』


 ふふっ、と電話ごしに彼女が微笑んだのがわかった。声色から焦りや不安みたいなものが抜けたのを感じる。


 それじゃあお願いします、という言葉に、おもわず頭をさげた。

 部活のくせで、というのもあるが。それだけ彼女の言葉に真摯な色を感じたからだとおもう。



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