また来年も、来れたらいいですね
◇
「お祭りっていえばソース焼きそばですよねぇ」
「おまえと気が合うのもめずらしいけど、そこは素直に同感だな」
「やだもう、あなたったら」
「……なんか最近、距離のつめ方が雑になってきてるよな」
「いいじゃないですか、慣れてきたってことで。まあそれはいったん脇にプットしてください。はいどうぞ、先輩もたべます?」
「ん、ありがと」
「間接キス……やっぱり夫婦ですね」
「返すわ」
「ああっ!」
「私、むかしからタコって苦手なんですよね」
「なぜ買った」
「焼きはギリギリありなんです。あの“生です”って食感がどうにも……。でも、お祭りでたこ焼きって定番じゃないですか」
「気にしすぎだろ。自分が好きなもん頼めばいいとおもうけどね」
「風情がないですねぇ……。ちなみに先輩は好きなんですか?」
「俺? ん-、まあ好きかな」
「照れます」
「…………」
「……」
「……」
「……先輩」
「……なんだよ」
「下手すぎません?」
「ちがうから。これは……あれだよ。金魚に感情移入しちゃって、本気だせてないってだけだから」
「そうですか」
「そうですとも」
「……」
「……」
「……あ」
「…………あの黒デメがな、こっちをあわれな目でみつめ────」
「ほっ!」
「……」
「どうですか先輩、これで十発九中です!」
「……おまえ、意外と器用だよな」
「えへへ」
「頭を差し出すな。無駄だぞ、俺はいまおまえに対抗心を燃やしている」
「大人気が、なさすぎる……まあいいです、この調子で先輩のハートも撃ち抜いてみせますから!」
「いいね」
「うわっ、いつになく適当な返事!」
ほどよく時間が溶けていく。
『そろそろですね』という彼女の言葉で、俺たちは屋台の並ぶエリアから少しはなれた場所へと移動していた。祭りの主役である花火を見るためだ。
「穴場、ってほどじゃないが。落ち着いて見られる場所のほうがいいかとおもって」
「先輩らしからぬ気の利きよう……もしかしてこのお祭り、経験者なんですか?」
「そりゃまあ。高校に上がるまではリョウタと来てたし、去年は去年で部活連中といっしょだった」
「……へぇー」
「や、不貞腐れられても。この辺に住んでるやつならだいたい来たことあるんじゃねえの? そっちだって初めてじゃないんだろ」
「それはそうですけど……不服です」
「割り切ってください」
目的地は川沿いをすこし下り、土手をのぼった先にある広場。円形状に芝が敷きつめられ、まわりにベンチが点在している、ちょっとした休憩スペースだ。
本会場からは遠のいてしまうが、花火自体は川沿いであればどこでも見える。人込みを避けたいものや、小さい子連れの家族なんかはこのあたりへ避難してくるらしい。
「そういえば、先輩はなにをお願いするんですか」
「うん、たぶん七夕とか流れ星とかがいい感じに混ざっちゃったんだろうな。花火にそんなご利益はねえよ」
「私は先輩と一秒でも長くいられますように、ですかね。命の輝きって意外と短いですから。こうしている今だって本当はとてもありがたいことかもしれない。明日にはどちらかが事故にあってしまって、もう二度と会えなくなるかもしれない───」
「……絶妙に困るのやめてくれないか」
「先輩はこういう情にうったえる系に弱いと見ました」
ふたり並んでベンチに座り、戦利品をわけあいながら時間をつぶしていると、ふと頬をなでる感触がして顔をあげた。
屋台をぶらついているときは気づかなかったが、今夜は風がでているみたいだ。水場が近いからだろうか、夏にしてはやけに涼しい。夜風の心地よさにおもわず目をほそめる。
と、急に長船がこんなことを聞いてきた。
「先輩って、夜景とか好きなんですか?」
「ん、なんで」
「楽しそうというか、こう、目がやさしいかんじです」
いえ、いつもそうですけど、とあせあせ言い直す。
「先輩っておもったことが目に出やすいというか、見る人が見ればバレバレなレベルなんですけど、今日はとくに雰囲気がやわらかいというか。ずっと不思議におもってたんですけど、もしかしてそうなのかなって」
「まって。個人的にすごく大事な情報がしれっと出された気がするんだけど」
それか。さんざん苦しめられ──てはないけど、特定の人物に心を見透かされた気になっていたのは。
いや、にしたって“わかりやすい”で済むような読心じゃなかったろ。
追求したい気持ちも山々だったが、彼女にとってそこは本題じゃないらしい。
で、どうなんですか、と瞳で催促してくる長船。仕方なく、聞かれたことについて考えてみる。
「んー……景色をみたりするのは好き、かな。外を走りにいくときも、知らない道を選んで走ったりとかはある」
「怖くないんですか? この辺り、暗いとよく見えないじゃないですか」
「なんだろ、それはそれで面白いっていうか。知ってる光景も夜になればぜんぜん違ってて、慣れ親しんだ道の知らない一面を知った気がして、わくわくする」
童心みたいなものだ。あの角を曲がればどんな景色がひろがってるんだろうとか、いつも歩いてる道にこんな表情があったんだとか。好奇心にも似た、衝動的なもの。
そういう純粋な感情にひたれる時間は、わるくないとおもう。
「へぇ、意外と大胆なんですね」
「なんだそれ。そんなたいそうなあれじゃ」
彼女のほうを見ると、興味深そうに目をきらめかせながら、ふんふんと聞いている。
……そんなに真剣に聞くようなものでもないとおもうが。他人の自分語りなんて、敬遠こそすれ好むところではないだろう。
照れくささと恥ずかしさから、ついぶっきらぼうな口調になってしまう。
「……楽しいか?」
「はい。先輩のことを知れるのは楽しいし、うれしいです」
と、臆面もなく。そう言い切れる強さを見習いたい。
「───おれは、」
言いかけた言葉を遮るように、夜空に華が咲いた。
初めは弱く、徐々に波が広がるように。続けて早く、色鮮やかに、数も形もさまざまな花火が打ちあがっては消えていく。
遅れて花火玉の破裂する音が空気をつたわってきた。わあ、とまわりにいた人たちが声をあげる。幻想的な風景に、なにを言おうとしたのかも忘れて目をうばわれる。
どのくらいそうしていたろうか。
隣にいる彼女が、ぽつりとつぶやいた。
「また来年も、来れたらいいですね」
「……」
彼女にしてはひかえめなセリフ。
“来ましょうね”じゃないのは、断定しないのは、たぶん部活とか受験のこととかを考えてくれてるからだろう。自分の気もちにまっすぐなくせに、変なところで気を遣う。
天真爛漫で、情熱的。
かとおもえば意外と生真面目で、たまに奥手だったり。
いったいどっちが本当の長船なんだろう。
───たぶんどっちも、本当の長船なんだとおもう。
「じゃあ、そのときは俺から誘ってもいいか?」
「へ」
知りたいとおもうことを、誰かが恋とよぶのなら、俺はもうそれを否定し(わらわ)ない。
一緒にいて楽しいと思えるのが恋なら、俺はまだそれを認められないかもしれない。恩義とか、罪悪感が肚の底に溜まっていて、素直にそうおもうことの邪魔をしている。
けれど、いっしょにいたいとおもうことは増えた。
「いつも誘われてばかりだから、たまにはいいかなって」
「…………」
ちゃんと向き合え、と言われた。納得して、そう在りたいとおもった。
けど、しょうじきよくわからない。これは逃げていないことになるんだろうか。
彼女とまた、いっしょに花火をみたいとおもうことは、俺の我がままな気がして。
俺の欲を押しつけているような気がして。彼女のためという言葉を利用しているんじゃないかって、不安になる。
しばらく待ってみるも、応答はなかった。
さすがに気になって様子をうかがうと、長船はこちらを見上げて口を半開きにし、硬直していた。
……なんか、さっきも似たことがあったような。
「べつに、いやなら断ってくれていいんだけど」
「───はっ、いえ、その、だいじょびっ……だいじょう、ぶ……です」
ようやく息を吹き返した。が、再起動の反動か、あせって言葉につまっている。
いまはそれを指摘する気にはなれない……というか、余裕もない。
「ん。そうか」
答えて、前をむく。
周囲はがやがやとさわがしいのに、いつもより自分の鼓動をうるさく感じるのは、たぶんまだ俺が未熟だからだ。
「ありがとう。楽しみにしてる」
次々に打ちあがる花火も終わりに差し掛かっていた。
黒の暗幕にひときわ大きい金色の花がひらき、周囲から歓声があがる。
それでおしまい。
一抹の寂しさを抱えながら、おわりか、とひと息ついた。しみじみとした気持ちで隣に目をやると、いつからそうしていたのか、威嚇したハリセンボンが恨みがましげな目をしてこちらをにらんでいる。
「……心筋にわるいので、そういうのはあらかじめ言っといてください」
「筋肉のほうで表現する人はじめてみたわ。あと、前もっての話のつもりだったんだけどな」
反論は聞こえていないみたいだった。すっとベンチから立ち上がり、振り向くことなく広場の出口へと歩きはじめる。荷物は全部こっち持ちらしい。なんて自由なやつだ。
(まあ、それもらしいか)
苦笑し、手早くまとめてその背中をゆっくりと追いかける。
ゆっくり。ゆっくり。
人には人の、俺は俺のペースで。迷いつつ、悩みつつ、それでも目は背けずに、彼女との距離を確かめていければいい。
焦って、無理に答えを出そうとはもうおもわない。それで彼女の心を無碍にしてしまうことが、なにより酷いことだとおもうから。
だけど、遅すぎたらきっと人の心は離れていってしまうだろうから。
手遅れになるまえにちゃんと、この気持ちに答えを出したいとおもう。臆病な自分はいつも否定的な答えを出してしまいそうになるけれど。この関係には、最後に、彼女が笑ってくれるような答えを出したいとおもった。
「気をつけろよ。暗いんだから、足元みないと転ぶぞ」
「ちょっといまやさしくするのやめてください! あと、子どもじゃないですから!」
などと、逃げるようにペースを速める。
あれでは本当にこけたり、人にぶつかったりしかねない。追いつくためにこちらも足を速めた。
───夜風が上気した肌をなでていく。
胸にはまだ、パチパチと火花が散っている。




