こんな遠くからでも視認できるほどのジャンボわたあめが、あそこにっ
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「せんぱい、あっち、あっちです! こんな遠くからでも視認できるほどのジャンボわたあめが、あそこにっ!!」
「にげない、わたあめは逃げないよ」
つよく袖をひっぱられながら人垣のなかを進んでいく。
さすがに認めざるをえないほどの和風美人へと変貌をとげた彼女だが、どうやら中身はかわっていないらしい。
「ヤバいですね……目にうつるもの全部が毒って感じです」
「不謹慎じゃないか、それ。の割には、やけに熱心に屋台をながめているような」
「先輩、女の子にとってカロリーは危険な有害物質なんですよ? だっていうのに、ああ、もう、なんて罪深い……」
からあげと書かれた看板を、まさに後ろ髪をひかれるように悲しい目でふりむく長船。
「ひとくち、一口でいいんです。あとの残りを食べてくれる、強靭な胃袋がそばにいてくれたなら……っ!」
「……そういう正直なところ、きらいじゃないけど」
ため息をつきながら財布をだした。
まあ先輩だし。おこづかいも普段つかわないし、胃も人並みには丈夫な方だし(運動部)。こういうときくらい、先輩らしいことをしてもいいだろう。
“紀古川納涼花火大会”などと銘打つこのお祭りは、涼をおさめるどころか、かえって熱気を巻き込むようにたくさんの人々でにぎわっていた。
スピーカーをとおして太鼓と笛の音色、通りすぎる人たちのしゃべり声、屋台のお兄さんが客を引く声に混じって、じゅうと鉄板でなにかを焼く音、ソースやたれの香ばしい匂いが通りに満ち満ちている。
人が多い場所は苦手な俺だが、今夜は特別。“祭り”という二文字には喧騒さえ醍醐味のひとつに変えてしまう魔力があるとおもう。
そんな喧騒の中でも、傍らを歩く少女はひときわ目を引いていた。
顔が良い、というのは当然あるだろうが。キラキラと目をかがやかせ、ハツラツと笑顔を咲かせながら屋台につっこんでいく様は、明るさにしろ、異性としての魅力にしろ、周囲の人の心を惹きつける力があった。
俺が浴衣だとかすんでしまうなんて言っていたが、謙遜もいいところだ。髪を結んで大人びた浴衣姿と、少女らしい元気さのギャップ。道行くひとの何人かは確実にハートを射貫かれているとおもう。
「そういえばですけど、先輩はどうして浴衣を?」
「……家を出るときに母さんに見つかって、着せられた。せっかくあるんだし着てけって」
去年、家族でべつの花火大会に行ったときにあつらえたものだ。うちの母親は基本ぞんざいなくせに、そういうところにはこだわりがある。しまいには父親まで書斎からでてきてあちらの援護につくものだから、やむなく着替えたというはなし。
断じて、彼女のいう“おそろい浴衣デート”とやらに合わせたわけではない。意識したとかもない。神さまに誓って。
「先輩のお家って無宗教じゃなかったでしたっけ」
「なんでナチュラルに人の心よめんの?」
「妻ですので」
るんるんとした足取りで歩いていた長船だったが、なにをおもいついたのか、ばっと急に振りかえった。
先ほどまでの楽しそうな雰囲気から一転、ほんのり眉間にしわを集めて詰めよってくる。
「あの、さっきから私ばっかり楽しんでるみたいですけど、先輩はちゃんと楽しめてますか? 私バフは加味しないものとして」
「変なステータスアップがのってるな……。いや、これが意外と楽しい。祭りにくるのはこれが初めてってわけじゃないけど、やっぱわくわくするな」
非日常というか、とくにこういう伝統行事は楽しめる性格だ。きっと根が小市民なのだろう。まあ、こういうイベントを楽しめなくなるくらいなら、村人Aでぜんぜんいいけど。
「いいよ、俺はきほん屋台まわってるだけでも楽しいから。それより我慢してたんだろ?カナのしたいことに付き合うよ」
「む、唐突な包容力と優しげなまなざし。年上アピールされたみたいで不愉快です」
「打つ手がねえよ」
存在を否定されたのかとおもったが、ようは“先輩もしたいこと言ってください”という意味だったらしい。
「私はやっぱり食べ物ですね。焼きそばとか、たこ焼きとか。先輩は?」
「んー、じゃあ、金魚すくってみたい。やったことなかったし。……いや、でも実際あれって金魚の寿命を減らしてないのかな。ポイですくったりおとしたりして、負荷になってないか心配な気が……」
「……あの、まじめすぎます。いつかストレスで死んじゃいますよ」
呆れ半分、心配半分な声音。
なんてことない会話だが、おもわず口ごもってしまった。面白みのない人間だという自覚はあるが、言葉にされると“やっぱり”なんて弱気の虫が顔をだしてしまう。これではいつかさじを投げられても仕方がないのかもしれない。
「ほら、いきましょう」
そんなことを心配しているのは俺だけだったらしい。
ふいに速度をおとした俺へと不思議な顔をむけつつ、立ち止まってこちらを待ってくれている。
俺がとなりにいることが当たり前だというように。むしろいてくれなくちゃ困りますとでも言いたげに。……つくづく、かなわないなとおもう。
(───まあ、勝ちたいとおもったこともないし、いいか)
安心か、それとも呆れからか、ため息をついた。
彼女へと歩み寄る、ついでに、気になったことを聞いてみる。
「参考程度に聞くけど、その手は?」
「……ちっ」
舌打ちしやがった。
「リベンジっ! リベンジです! さっきのは不意打ちすぎました、いま思い出しても後悔が尽きません!」
なんでわたしはぁぁぁ、と崩れおちる長船。
彼女が言ってるのは、橋の上で合流したときの話。
……いまおもえば、あれはたしかに変だった。魔が差した、というか。関係性もはっきりしていないのに、手をつなごうとするなんて。
いや、そんなことをいちいち迷ったりする方が子どもなんだろうか。
だが、俺以上に本気で一喜一憂しているやつがここにはいた。
できれば人前で奇行に走るのはやめてほしいところだが、いちいち感情に一生懸命なこいつを見ていると、なぜだか後ろ向きな気持ちがでてこなくなる。
「おおげさだな、人生最後のチャンスってわけでもないだろうに」
「なに言ってるんですかっ、幸せなんてあればあるだけいいじゃないですか!」
む、それはたしかに金言だ。
「……まさか。おまえから哲学的な学びを得る日がくるなんて」
「───舐めてるんですか?」
ゆらり、と黒目がうごく。冗談のつもりが、あちらはおもった以上にガチギレだった。
その様がなぜかツボに入ってしまって。よせばいいのに、笑ってしまう。
「……せんぱーい?」
「いや、悪気はないんだ。ただ、カナが───」
かわいくて、と。
素直に言えないのは、恥ずかしいからだけではないとおもう。
代わりに、棚上げにしていた感想を口にすることにした。
「いまさらだけど、浴衣、似合ってると思う」
「…………いえ。だまされません、ご機嫌取りなんかには」
「ほんとうにだよ。やっぱりカナには、夏の花が似合うな」
「…………」
ぷい、と後ろを向かれた。怒りが収まってくれたかは微妙だが、追撃が止んだことから及第点はとれたらしい。
「……じゃあ、手つないでください」
「また今度ね」
こみあげる笑いをなんとか堪え、ぺちぺちと腕をたたかれながら隣にならぶ。
威力はそうでもないはずなのに、なぜだか叩かれた部分が熱く感じられた。




