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パン屋の店員さんに告白された話  作者: 衣見 ヒビキ
9. パン屋の店員さんといっしょに花火をみる話
19/26

いっしょに花火大会いきましょう



 ────事の発端は数日前。


 なんてことのない一日の終わり。朝から部活にいき、昼過ぎに帰って飯をたべ、かるく休憩をとり、夕方にまた走りにいって───といつも通りの日常を過ごしたその夜更け、ちょうど風呂からあがった直後にそれは起きた。


「ふう……、ん」


 部屋にもどって空調をいれ、熱気をさらいながら日課のストレッチをしていると、普段はそう忙しくないはずの俺の携帯がポコン、と音を立てた。


 机に手をのばし、なんの気なしにスマホを取る。電源を入れる。画面にトーク履歴がうつる。

 俺は固まった。


「……いや誰だよ」


“ファンシーおさちゃん さんがあなたを友達追加しました”


 おもわず画面をフリップした。これが狙いならヤツは相当な策士(さくし)だとおもう。


 スマホを耳元に近づけ、待つことワンコール。

 はたして、相手につながった。


「───もしもし」

『わ、せんぱい。こんばんは』

「いろいろ言いたいことはあるがまず聞こう、どうやって手に入れた?」

『それはもちろん愛の力です。テレパシーみたいな感じでこう、もふもふもふ〜っと』


 いまいちイメージがわかない擬音で超能力をうったえる長船(おさふね)。なんだろう、テレパシーってふんわりした感じなんだろうか。


「俺の連絡先を知ってて、おまえともコネクションのある…………早乙女(さおとめ)か。……あいつ、そういうのしないタイプなんだけどな」

『これからサキ先輩とお呼びします、って言ったら即オチでした』

「……いい性格してるよほんと」


 おもわずため息がこぼれた。電話口からは『いつまでも教えてくれない先輩がわるいんです』などと()ねた声が追い打ちをかけてくる。


 たしかに、彼女に連絡先を教えようとしなかったのは俺に原因があるというか。

 そもそも夏休みに入るまで聞かれることもなかったし、教えたら教えたで後々大変になるだろうな、なんて思ったこともしょうじき認める。うん、申し訳ない。

 にしたって、助走というか、もう少し文脈みたいなものがあってもいいような。いきなりすぎて感情が迷子だ。(とが)める権利も、つもりもないけれど。


『それにしても、まさか友達追加したらすぐに電話してくるなんて……え、結婚ですか?』

「おまえ、数学の問題で途中式かかないタイプだろ。減点食らうからな、試験のときは気をつけろよ」

『ふふん、先輩検定準1級の私をなめないでください。いまのが照れ隠しだってことはバレバレのバレです。しょうじき、待ちわびてたんでしょう』

「……放っておくべきか迷ったけどな。悪質なグループか常軌(じょうき)を逸した変態に個人情報を抜かれたとなりゃ、アクションのひとつも起こしたくなろうよ」

『……せんぱい。ネットリテラシー、ちゃんとしなきゃですよ』


 それはするものじゃなくてもつものだ。あと心配そうに声をゆらしてくれているところ悪いが、あなたが犯人です。


 (こら)えるように額に手をあてる。電話ごしでも長船(かのじょ)は変わらず長船だった。早くギアをあげないと振り切られそうだ。

 呼吸をして、さてどれから(サバ)いていこうかと思案していると、


『ちょっと待っててください、いまかたづけ───きゃっ』


 ぽろぽろと、向こうで物が落ちる音がした。音の軽さからして、消しゴムとかシャーペンとかがおもいうかぶ。


「ん、もしかして宿題中? ……意外だ、まだ終わってなかったのか」

『ほーう。さすがの先輩でも聞き捨てなりません。ケンカと受け取りました、表出てください』

「や、言い方がわるかった、誤解だ。ただなんとなく、そういうのすぐに終わらすタイプかなって」

『カナだけに、ですか?』

「切ります」


 慌てて弁明する声がきこえる。仕方なくスマホを耳元へもどす。


「小言っぽいのもあれだが、もう少しで夏休みもおわっちゃうぞ?」

『わかってますよ、べつにギリギリまで放置しておくタイプってわけでもないですから。ただ最近はバイトが忙しくておざなりになってただけです。ちょっといま、その……いろいろありまして』

「うわ、勤労少女だ。えらい」


 素直に称賛の言葉がこぼれた。いったん間をおいて、えへへ、なんてゆるんだ声が返ってくる。


 普段のやり取りのせいで忘れがちだが、彼女はあれで優等生なのだ。夏休み中のあり余る時間を無為(むい)に、自堕(じだ)(らく)に消費していることなんてない。俺が陸上競技(ぶかつ)に費やしている時間を、彼女はパン屋の店員さんとして社会に貢献することにささげている。

 部活とバイト、どっちが上かなんて考えはないが。なんとなく頭があがらない気がするのは、俺だけじゃないはずだ。寝る前のほんのささいな(いとま)も、彼女にとっては貴重な時間だったのかもしれない。


「……だったら悪いことしたな。ごめん、せっかくの勉強の時間をじゃまし」

『してないですぜんぜん。むしろご褒美というか、気休めのはずがほんとにタイが釣れちゃったというか───ようするに私はうれしいので、安心してください!』


 謝罪しようとすると食い気味にさえぎられた。

 なにがなんでも通話を切ってなるものか、という気迫が伝わってくる。いきなり通知がきておどろいたが、なるほど。あれは現実逃避みたいなものだったのかもしれない。思い立ったらすぐ行動、というのは彼女らしい話だ。


 まあそれなら、とベッドの上にあおむけになった。邪魔しているようでちょっとだけ申し訳なさもあるが、彼女がああ言ってることだし。だれかと話すことで気分転換になるとおもえば、マイナスだけじゃないんだろう。

 納得させるように、スマホを耳元において目をとじる。すると、長船が急にこんなことを言いだした。


『先輩の声がちかい……なんかこれいいですね、はまりそうです』

「はじめて携帯つかう人の感想みたいだな」

『わ~れ~わ~れ~は~う~ちゅ~う~じ~ん~だ』

「…………え、なんて返すのが正解?」

『“あいしてる、カナ”でお願いします』

「この文脈で言うと天文学者になるのよ」


 ……いや、天文学者もちがうか。宇宙研究者みたいな……まあいいや。


「とりあえず、えっと、その……扇風機、かな? ちょっとどかしてくれない? 風でマイクがぼぼぼぼ、ってなってるから」

『扇風機でおもいだしました。先輩、今度の週末いっしょに花火大会いきましょう』

「その二つの意外な関係性におどろきをかくせないが、置いておこう。……また急だな」


 彼女が言っているのは地区の花火大会だ。

 毎年、隣町の河川敷で行われる伝統行事。規模はそう大きくはないが、歴史の古さと打ちあがる花火の数・美しさ、出店の種類が豊富なことから、近隣の町からもよく人が集まる。ここらの住民にとっては馴染みの深い(もよお)しだ。


『行きたかったんです、お祭り。これまでは先輩の部活がいそがしそうで、遊びに誘うのもどうかなーっておもってましたから。せめてひと段落つくまではひかえておこうと思って』


 まあそもそも連絡先しらなかったんですけど、とトーンが低くなる。おもったより根に持っていたらしい。……じゃなくて。


「……そうか。気をつかわせてごめんな。けど、ありがとう。おかげさまで試合に集中できた。ほんとうに、その点は感謝してる」


 応援に来てくれた(こと)もそうだが、おもっていた以上に俺は彼女からいろんなものをもらっていたらしい。

 携帯ごしに頭をさげてから、ん、と考え直す。そこまで改まって言うと、なんだか重く受け取ってしまうような……いや、でも配慮してくれた点についてはしっかり感謝を伝えるべきか。


『……あの、いい機会なので言いますね。先輩のそういうところ、一周まわって卑怯だとおもうんですけど』

「ん? え? ごめん」


 怒られた。やっぱり重かったみたいだ。

 顔は見えないが、ちょっと低くなった声音からはなにかをこらえるような雰囲気が伝わってくる。


「でも、おおげさかもしれないけど、本音だからな。聞き流していいから、いちおう感謝は受け取っておいてくれ」

『…………先輩、ほかの人にもそうなんですか』

「ん、()()って?」

『わかりました。これはちゃんと責任とってもらいます』

「……やばいな、なにもわからないのまじでこわい」


 得体の知れないもの、認知や理解が及ばないものを恐怖するのが人間である。怪物だったり、お化けだったり。

 つまりなにが言いたいのかというと、原因も過程もなにひとつ知らない俺のまえで、着々となにかが押し進められていることへの恐怖。圧倒的恐怖。

 知らずからめとられ、魔の手に落ちているような───、


「まあ、カナだしいいか」

『はあっ!? ちょ、えっ!? な、なんなんっ、なんですか急にっ!? そんな、急にッッッ!!』

「うわっ、……びっくりした。急に大声だすなよ」


 耳元でダイナマイトが炸裂する。

 比喩だが。それくらいの迫力があった。ここまで余裕のない声を聞くのは初めてかもしれない。


『だってせんぱいが! せんぱいがっ!! それ、こくっ……て、いうかプロぼッ……!!』

「……えっと、いったん落ち着けば?」


 なんか盛大に噛んだような気配が音から伝わってきた。急に沈黙するスマホの向こう、『~~ッ』と声にならない声が聞こえる。


 ストレッチなどしながら待つこと数秒。


『───そうですよね。先輩がそんなこと言うはずないですし。一回死んだらどうですか?』

「落差がすげえな」


 急な死刑宣告がくだった。彼女のやつ当たりはいつも殺傷能力高めだ。たまに“こいつは真剣に俺を殺そうとしてるのでは……?”と思い悩むことがある。


『……まあ、そっちはもういいです』


 まったくよくない俺をのこして話はつづく。


『それじゃあ三宅橋のあたりに18時頃集合で。出店のものをわけわけしたいので、お腹は空かせて来てください。あ、それとせっかくなので浴衣着てきてください。おそろい浴衣デートしましょう』

「待て、いまナチュラルに聞き慣れない単語がでてきたんだが」

『私の浴衣ですか? いまはまだないしょです』

「くっそ、エンジンかかってきやがった」


 気がつくと暴走列車はトップスピードに()っていた。もうすでに追いつけない速度だ。こちらの言葉なんて聞こえちゃいねえ。


 どう鎮めたものか、なんて考えていると、


『……もしかして。もう約束とか、あったりします……?」

「……え」


 ふいに、ふっとその速度をおとした。

 目のまえでおもちゃを取り上げられたような、どことなく気落ちした声。先ほどまで元気よく輝いていた太陽が急に(かげ)ったような感覚をおぼえる。

 ……おもえば、彼女の誘いに肯定も否定も、まだなにも返していなかった気がする。


(───学ばねえな)


 まったく。ほんとうにまったく、俺はなにをやっているのか。


「ないよ、そんなの。俺でいいなら、喜んでお供をさせていただきますが」

『……そうですか。それなら、よかったです』


 安堵したような返事。やわらかくなった声音に、ほっとする。

 ほっとした自分に、恥ずかしいような、罪悪感のようなものをおぼえつつ。いまは意識的にネガティブ思考を断ち切った。いくら自分を責めたって、それで彼女が喜ぶはずもない。


『先輩って、わりとビビりですよね』

「聞き捨てならねえなおい」


 ない、とおもったけど、そうでもない、か……?


 糾弾(きゅうだん)する長船の声は、打って変わって明るいトーンだ。

 ただの本音か、もしかしたら気をつかってくれ──たのかはわからないが、にしたってワードチョイスがよろしくない。


 向こうさんは約束を取りつけたことで調子づいたのか、攻撃の手がつづく。


『やーい、後輩からの誘いに即決できない骨なしチキンー』

「事実ベースとはいえ癪にさわる言葉だな。なに食ったら思いつくんだよ、それ」

『きっと他の女の子ともお祭りに行ったことなんてないー』

「なんか願望がにじんでる気もするが……いい度胸じゃねえか、表に出な」

『わかりました。玄関前にいますから早く来てくださいね。先輩が来てくれるまで私、ずっと待ってます』

「すみませんでした。いまの言葉なかったこととさせてください」



 と、いった風に。

 なし崩し的に誘いを受けてしまった一連の出来事である。うまく乗せられた感も否めないが、あれこれ言ったってそれこそ“あとの祭り”というやつだ。

 彼女といっしょに祭りをまわるという提案に少しだけ心を揺らされた自分にも、非はあるのだし。



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