3.公爵の帰還
「メルティア……かっ…可愛い~♡」
メイドさん達によって着替えをさせて貰ったり、体を洗われた後、用意されていた可愛らしいドレスを身に纏った。青い空のような美しいデザインに袖や靴下にはもこもこの綿毛のようなものが付いていて雲のようだ。
メイドさん達はいい人ばかりで私が細すぎるのを心配そうに優しく着替えをしてくれた。私は立てないし、ろくに腕も動かせないので、ひたすらぬいぐるみのようにジッと動かず何もかもして貰った。恥ずかしかったな。
そして用意が終わり、部屋にレオ兄が入って来た訳だが……これでもかとデレデレに私の事を愛でている。可愛いと言う言葉は今日何度目だろう。
「メルティアは本当に可愛いんだぞ!おい、リナリー」
「はい、レオ坊ちゃま」
「メルティアに自分の可愛らしさを見せてやれ!」
「承知いたしました」
リナリーは、私の専属メイドの内の1人らしい。なんでも、メルティアには専属メイド、執事が2人ずついるそうでそのトップがリナリー。リナリーは茶色の髪を後で束ね団子にしている。そこに付いているシュシュは昔、メルティアがリナリーにプレゼントしたものらしい。それを大切に今も使っていると、さっき支度の最中に話してくれた。
もちろん、全く覚えていなかったが。
レオ兄の命令を受けてリナリーが準備したのは鏡だった。高級感のあるゴージャスなものだ。そして、それを私の前まで持ってきた。
「……っ…うわぁ……!」
鏡の中に映るのは天使のような可愛らしさを持った少女だった。金髪の髪は腰まで伸びていて、ずっと寝ていたはずなのに艶艶。瞳はアメジストのような透明度の高い紫で大きく、くっきりと。顔の色は外にずっと出ていないためか、これでもかと白い。だが、それは体調の悪そうという印象をあまり与えず、どちらかというと美しい。体はやはり全体的に細いがそれでも病気のようにはあまり感じさせなかった。
確かに、これじゃあレオ兄やお母様が可愛がる訳だわ。メルティアってすっごく可愛いのね。それにドレスもすてき。
鏡の中のメルティアからするに7歳ってところだと思うけど小さい。身長も体格も。周りの人が過保護になるわけだ。町中でこんな天使が歩いていたら、きっと殆どの人が振り向くだろうな。レオ兄やエイデン兄さんもイケメンだったし血筋なのかも。
「な!メルティアは可愛いだろう!?」
「……う…ん。かわいい……」
鏡に手を伸ばしながら答えると、「……っ……!!!」という言葉にならない声が聞こえた。視線を向けると、レオ兄はもちろん。その他メルティアの専属執事達。顔を両手で覆い、悶えていた。
一体今の発言の何処に悶えるポイントがあるというのか。少し呆れながらリナリーにお礼を言って鏡をしまって貰う。
「それじゃあメルティア。行こうか」
ガバッと抱っこされた。年の差は6.7才だがメルティアが小さいせいかすっぽりと腕の中に収まった。
「メルティア…。やっぱり小さいな…軽すぎる。」
そういう貴方は子供の癖して筋肉がよくついてるね。同年代の男子のお腹は直接見たことないし、腕とかも触ったことがないから詳しくは言えないけど、こんなにがっちりしてるものなの?細身なのに体は鍛えられてる。こういう人を何て言うんだっけ……えっと~…
あっ、細マッチョ!
「メルティア、もししんどくなったら直ぐに言うんだぞ!無理は禁物。約束してくれ」
「…!……うん。約束する……」
お姫様抱っこなので、顔が近い。目を合わせて答えるとイケメンな顔が迫っていて驚いた。私の言葉に満足そうに頷くと部屋を出て歩き出した。
・・・
「メルティア!可愛いわぁ♡」
「可愛い……♡」
玄関に着いた。そこにはさっきよりも服は整えられ、美しくなったお母様とエイデン兄さん、それからメルティアの弟、フランツが。更に大勢のメイド、執事達が公爵閣下の帰還を待っていた。
私の姿を見るなり、お母様とエイデン兄さんがそう言ってくれたのだ。エイデン兄さんも可愛いって思ってくれるんだと思うと少し嬉しかった。今日一番は私を見て逃げ出したんだと思ってちょっとショックだったから。まぁお母様やお医者さんを呼びに行ってただけだったけど。
エイデン兄さんと手をつないでいるフランツは目をキラキラさせてこちらを見ている。くりくりの瞳で上を見上げる仕草…可愛い……。レオ兄と同じ栗色の髪はレオ兄よりも落ち着いていてサラサラ。森を連想させるような深い緑の瞳はフランツの愛らしさを強調している。ほっぺたはもっちりとしていて思わず触りたくなる。4歳だっけ。可愛いな…。
「メルティア姉上!目が覚めて本当に良かった!これからは一杯遊んでね!」
可愛い…。手を伸ばして頬に触れてくれる。すべすべとした手は気持ちよかった。
「うん。遊ぼうね!」
私の言葉ににぱぁっと笑顔を見せると同時に玄関に馬車が到着した。
メイド、執事達はいつの間にか並んで道を作って頭を垂れる。お母様を始めとし、エイデン兄さんやレオ兄、フランツも馬車へと向き、その扉が開かれるのを待つ。
馬車は濃い赤の重厚感を纏ったもので扉には屋敷の中でもよく見かけた紋様が書かれている。なんでも公爵家の紋様らしい。狼と剣二本それと月が入っていて格好いいと思う。
馬車の扉が開かれ、中から人が出て来る。
えっ……。何あの人。格好いいんだけど!あの人が私のお父様!!!?
馬車から出てきたその人は、目を引く美しい金髪に紫の瞳。透き通るような美しい肌に整った顔のパーツの配置。顎はすっきりとしているし、髭は生えておらず、なんと言っても若々しい。更には騎士服でシルバーの光沢ある服に輝く金色のバッジが胸元に。体型はすらっと細く且つ、しっかりと。
うわぁ。凄い…何だか言葉が出ない。確かにこれは美男美女の夫婦だわ……。
「ベルナルド!」
「!アメリア!」
お母様が待ちきれなかったのかお父様に抱きつく。お父様は驚きながらも優しくお母様を受け止め、大切そうに抱きしめた。
ラブラブだぁ
「母上、いちゃつくのは2人の時にして下さい。……父上。ご帰還お喜び申し上げます。」
「もう、エイデンったら!」
「ああ。出迎え感謝するレオ、エイデン、フランツも。」
お母様はプクッと頬を膨らませて可愛い反応をする。そんなお母様を優しく見つめ、デコにチュッとキスをするお父様もお父様だけど。すると、お父様と目が合った。
「……っ…!!……メル……ティア…。」
「……?…はい」
何だろう?固まったんだけど。瞬間、私はお父様に抱かれていた。レオ兄から私を半ば奪い取るように抱く。しっかりとした胸板に顔をぎゅうぎゅうとされるが不思議と嫌じゃない。それといい匂いがする。
「メルティア!メルティア!!」
何度も繰り返し名前を呼ばれて、メルティアがここに居るのだと確認するような、そんなように思えた。一体、娘が何年も眠っていて遂に目を覚ました時、どんなことを親は思うのだろう。罪悪感、安堵、心配、喜び、不安……。私には想像のしえない程の感情なのだろう。ふと、そんな風に考える。
「…おと……うさま…」
「!ああ。ここにいる。生きていてくれてありがとう。辛かっただろう……よく頑張ったな…!!」
目を覚ましてから考えていた。元の私、藤谷 連はどうなったのだろうと。そして、元のこの体の持ち主メルティアも。もしかしたら、もうメルティアは魔力枯渇病で死んでしまっていて、私がこの体に入ったことで目が覚めたのだとしたら……?そんなことを考えては頭の中から排除する。だけど、どうしてもその考えが頭から離れない。
もし、メルティアが生きていたなら、この愛を一身に受けるのは……私じゃない。
「メルティア……?」
レオ兄が心配するようにこちらを見ていたのに気が付かなかった。ハッとしたように我に返り、慌てて笑顔を作る。
「メルティア疲れちゃった?部屋に戻ろうか?」
「え~姉上部屋に戻っちゃうの?遊ぼうよ!」
「ごめんなさい。疲れた………かも……。また今度遊ぶね」
「無理をさせては悪い。部屋まで運ぼう。」
そう言ってお父様が歩き出す。
「えっ、父上が運ぶのですか?私が部屋まで連れていきますが」
「いや、私が運ぼう」
「いえいえ、父上の手を煩わせずとも俺が…」
「皆は後で私の執務室へ来なさい。メルティアは私が運ぶ」
「……っ…。」
レオ兄はグッと押し黙り、身を引いた。この家のトップはやはりお父様ということだな。正直、どちらに運ばれてもいいが、とにかく早く休みたい。段々と体が重くなってきた。
「…はや……く…。」
「すまない。急ごう」
私の顔を見て焦り出したお父様は歩くスピードを速める。後には顔も名前も知らないお父様と一緒に帰ってきた騎士がいる。私は顔をお父様の胸に埋め、服をぎゅっと掴んだ。綺麗な騎士服にしわが出来たがお父様は咎める事もせずに黙々と歩いた。
「お父様、体が元気になったら遊んでね…。」
「ああ。いくらでも時間を作って遊ぼう」
「ふふっ約束」
「約束だ。」
部屋に着く頃にはお父様の腕の中ですやすやと寝ていた。
・・・
公爵閣下の執務室。そこには今、長男のマテオと眠っているメルティアを除く家族。それから医者のフライトが集合していた。それは今後の事について話し合うためである。
公爵夫人のアメリアがお茶を一口飲み、テーブルへ戻すと同時に公爵ベルナルドが口を開く。
「フライト、メルティアの様子はどうなんだ」
「はい。長年眠っていた影響で体の器官を動かすのは時間がかかると思います。食事はできるだけ消化の良いものを用意するとはいえ、食べることが出来るまで時間がかかるかと。それから、毎日リハビリをしても歩いたりするには半年以上は必要です。筋肉を戻すには自分の力でしか無理なので。精神面ではだいぶ安定してますが、記憶を取り戻すかは分かりません。突如として思い出す可能性もありますが断言は出来ませんね。」
フライトの言葉に家族全員が難しい顔をする。フランツも幼いながらに姉の事を考えていた。
「魔力枯渇病も完治したとは言えませんし、体調を崩す事も予想できます。」
魔力枯渇病ー
それは、今現在治療法が見つかっていない。数十年に数人程がなる突発性の恐ろしい病だ。殆どは成人してからなるため、子供のケースは極々まれだった。それなのに、よりによって公爵のたった1人の愛娘がなるだなんて誰が予想できよう。
幸いにも、腕のいい公爵家専属医師フライトが医療の力と彼の努力で薬を造り、メルティアに打つことで栄養を送り生きながらえた。
そして最近になり、ずっと静かで冷たかったメルティアに体温が戻り、熱が出始めた。段々と上がる熱や呼吸の荒さにもうダメかとおもったが、メルティアは目を覚ました。記憶はなかったものの、どれだけ歓喜したことか。開かれた瞳はアメジストのようにキラキラとしていて美しかった。体は細すぎて心配だが、生きてくれたことに誰もが喜んだ。
「これからは、愛を注いでやれなかった分、精一杯に可愛がってやろう」
「もちろんです!世界一可愛いメルティアのためですもの!」
公爵の言葉にばっと立ち上がり拳を胸に掲げるアメリアに苦笑を漏らしながらも「ああ」と答える。レオやエイデン、フランツも顔を見合わせ頷いた。
「では、メルティアの健康管理は任せたぞフライト。どんな些細なことでも見逃さず、報告するように。下がってよい」
「はっ」
フライトは短く返事をすると、一例して部屋をでる。
「それはそうと、マテオの奴はどうなってる?」
「マテオ兄さんは西の領土で起きた問題の対処に向かわれました。なんでも、女性を隣国に売るために大量に拉致したくそ野郎達がいたらしいです。メルティアの事を心配しつつ、泣く泣く行きましたよ。」
エイデンが公爵を見て、そう報告した。アメリアもこの事件に凄く腹を立てていたため、マテオは犯人どもをぶっ○してくると、息巻いていたのだが。
「そうか、分かった。」
ベルナルドもマテオのことなら大丈夫だろうと信頼をしている。
「そうだ、メルティアに贈るもの何だが、これはどうだ……?」
一気に話しを変えて、手に持っていた箱を皆に見せる。そのプレゼントに対し家族からわちゃわちゃと意見がとぶ。そうして、約1時間の家族会議を終えたのだった。