2.目覚め
「……ん……っ……。」
浮上してきた意識と共に目を開く。眩しく目に入り込む太陽の日差しがキラキラと部屋全体を映す光景に強く懐かしさを感じた。
昨日よりは体が軽い。まだ、しんどいけど。それより元の体、連に戻ってないんだ…。
もしかしたらあれは夢だったのかもしれないと思ったが、未だに怠い体が私はメルティアだと訴えていた。部屋には誰もおらず、シンとした空気が広がっている。と、突然扉が開いた。
「メルティア!?」
部屋に入ってきたのはブラザーズの二番目。今日も今日とて、美しく整った顔。朝から全開だ。彼は、私を見るなり驚きと喜びを含んだ顔をして手に持っていた『何か』を床へと落とした。パリンとガラスが割れる様な音がする。でも、そんなことはお構いなしで彼はズンズンとこちらへやって来た。
ピタッとベッドの傍で止まると、手を伸ばして頬に触れてくる。
あっ、冷たくて気持ちいい。それにしても、やっぱりイケメンだ。近くで見ると更に凄い。
「良かった…。あれからずっと眠ってたんだ。また、メルティアが目を覚まさないんじゃないかって俺達……っ…。」
あのう、どちら様?と、聞こうとした口を閉ざした。本当に泣いてしまいそうな顔で言うから。手も震えている。
「兄さん、音がしたけど大じょ……!!」
音を聞きつけ入ってきたのはブラザーズの3番目。金髪に薄い青の瞳の子だった。私が起きているのを見るなり驚いて大きくその青の瞳を開く。目が合うと、ばっと後ろを向いて部屋を出て行った。
えっ、何この避けられた感じ。私を見て部屋を出て行ったよね…。
「メルティア…すまねぇ。取り乱した。あれからまた2日もまるまる寝てたんだぞ。そうだ!今日の午後には父さんが帰ってくるらしい。遠いところに行ってたんだけど、メルティアが目を覚ましたって聞いてすっ飛んで来たらしいぞ」
そう言って笑顔になった彼は私のベッドに座って色々話してくれる。が……分からない。それにさっき何か落としたみたいだけどいいのかな。まぁ、気にもとめていないからいいの……かな?
まず、彼の名前から教えて貰わないと。分からないっていうことを意思表示するためにこてん、と首を傾げる。
「うっ……可愛いっ!可愛すぎだぞ!こんな可愛い生物見たことない!!」
……メルティアは可愛いらしい。まだ、自分の姿を見たことがないので何とも思わないけど。
「あっ、そっか…。メルティアは記憶がないんだっけな。まぁ、3年も寝てたらそうなるわな。」
3年?メルティアは3年も寝てたの!?!?そう言えば昨日、じゃなかった一昨日に1番上の兄が私が記憶がないのを病のせいって言ってたっけ。うろ覚えだけど。
「たぶんエイデンがメルティアを起きたことを屋敷中に言い回ってるだろうし、そろそろ医者も来る頃だろうな…。俺は、レオだ。メルティアの二番目の兄。レオにぃって呼んでくれ。それでお前はメルティアだ。この公爵家の兄弟の中で唯一の女の子。これから宜しくな!」
じょっ情報が多すぎる……!!エイデンってたぶんさっき部屋に入って来るなり私を見て飛び出した子のことだよね。それで、目の前の彼がレオ…。連よりかは年下だけど今のメルティアの体ではレオの方が年上だからレオにぃって呼ばなきゃダメなんだ。それから、私って…公爵家の令嬢に転生したのー!!?
こっ公爵家って、爵位の1番上じゃん!つまり、大富豪の1人娘!?
「よ、よろしく…おねがい…します……」
レオ兄がずーっとこっちを見て返事を待っていたのでとりあえず返事をする。頭の中はぐちゃぐちゃだけどね!私の頭じゃ許容出来ないみたい…。
「…っ……はぁ~……!やばい…マジで可愛い♡」
手で顔を抑え悶えるレオ兄。…………………実は可愛いって言われて照れる。私が褒められているわけじゃなくてメルティアが褒められてるのに照れる。何だろう、イケメンに言われるからかな…。この年でこんなにイケメンなら将来が期待過ぎるんだけど…!
コンコン。
「おっ、来たみたいだな。入れ」
来たって何が…と言うより早く扉が開いてブラザーズの3番目、もといエイデンとお美しい母君。そして一昨日の医者が入って……だけじゃ無かった!後ろにいつぞやのメイドと執事達!!今日もばっちり決まっていますね、貴方達!!?
「メルティア!良かったわ、目を覚まして…」
「…えっ、あっ…はい…」
母君は側に来るなりレオ兄と同じように手を頬に伸ばし顔を伺ってきた。けど今はそれどころじゃない!美し過ぎて何を喋ったらいいのか分からないんですけど!さっきのレオ兄の話しだけでも頭がパンク寸前なのに援護射撃が激しい!
あっ、執事やメイド達がレオ兄の落とした『何か』を片づけている。ガラスのような容器に液体が入っていたみたいだ。結局あれは何か分からずじまいだけど。
「メルティア様。体調はいかがですか?」
「……一昨日よりも…だいぶ軽くなりました」
医者はささっと近くの椅子に腰掛けると、心拍数や熱を測りだした。
さっきから少し感じてたけど、やっぱり長い時間眠っていたせいかうまく言葉を発せない。声も小さいし、筋肉の低下が激しいからかな。
「それは良かったです。だいぶ体調も安定してきたので大丈夫でしょう。ただ、長い間筋肉を使っていなかったので歩いたり、食事をしたりするのは難しいかもしれません。特に食事は胃が食べ物を受け付けられずに戻してしまうでしょう。消化のしやすい物を提供しますが、覚悟して下さい。最後に、病の副作用で体調を崩す事がこれから多々あるでしょうから、何かあれば呼んで下さい」
な、長い。一気に全部言っちゃった。その後医者はそそくさと部屋を後にすると、部屋には母君とブラザーズの2人。それから10人ぐらいのメイド、執事達が残った。
部屋に少しの沈黙があった後、母君が涙ながらに一言零した。「ごめんなさい」と。なぜ、謝られているのか分からない。ただ、その声が酷く震えている事だけ理解出来た。
「…ここの事、貴方達の事、教えて…下さい…」
私の声にハッと顔を上げる母君。そして頷くとベッドに腰を下ろした。レオ兄とエイデンも反対側へ腰掛ける。そして、母君が頷くと一から教えてくれた。
「ここはスタンス王国。三大帝国に入るうちの一つよ。そしてこの家は帝国の5本柱の一つバートン公爵家。貴方は私アメリア バートンと私の夫であり、貴方のお父さんベルナルド バートンの子供。たった1人の娘」
日本とはかけ離れた設定だ。帝国や公爵家なんて日本ではないし、そんな単語も聞かない。ふわふわしていて現実感が欠片もない。でも、メルティアになった以上、覚えないと。
「貴方の兄弟は4人。今はいないけど貴方が目覚めた時に1番にいたのが長男のマテオ バートン。2番目はレオ バートン。3番目はエイデン バートン。そして貴方が4番目で、貴方の下に弟のフランツ バートン。」
子だくさん……。私の前世の近所さんは2人か3人兄弟しかいなかったから5人って凄く多く感じる。それに、エイデンってお兄ちゃんだったんだ。私、メルティアは一体何歳なの?
「貴方がずっと眠っていたのは『魔力枯渇病』のせいなの。」
「…魔力…枯渇…病……?」
何それ?魔力……。それはあの魔法というファンタジーなあれ・・を使うためのそれ?この世界ファンタジーものなんだ。魔法…魔力……不思議だし、実際に目の前で見たこともないから現実となると想像がつかない。
それに、なんでメルティアは魔力枯渇病になったの?3年前となると4.5才ってところだけど。
「魔力枯渇病はね、体内の魔力を一気に放出してしまい体から一滴の魔力もなくなることでなってしまうの。あなたの魔力量はとても多くてそれを幼い頃に放出したことで長い間、目を覚まさなかったの。」
だいたいは分かったけど、なんで母君、お母様は私に謝ったの?何か関係があるの?聞きたい事を口にしようとした瞬間、部屋のノックが聞こえた。私が何か言おうとした瞬間によく邪魔が入るのはデジャヴなの!!?
「奥様、公爵閣下がまもなく到着されると連絡がありました。」
扉越しにダンディーな執事の声が聞こえると、お母様がハッとしたように立ち上がる。レオ兄とエイデン兄もベッドから立ち上がった。
公爵閣下……この家の主人であると同時に、メルティアやレオ兄達のお父様。一体どんな方なんだろう。記憶は欠片もないから全く想像がつかない。
「レオ」
「はい、母上」
「メルティアを玄関まで連れてきてちょうだい。エイデンはフランツを連れてきて。ルルウェイ、アルトン。貴方達は私と共に迎えの準備を。」
ぱっぱっと、仕事を割り当てていくお母様にぽかんとする。玄関まで行くってことは少なからずこの部屋から出るってことだ。私はまだベッドから出たことがないので嬉しい部分もあるけれど、何故レオ兄に抱えられなければならないんだろう…。年下なのに…!!!
部屋の端に控えていた数人は忙しそうに部屋を後にし、残りはせっせと私の準備をし出した。お母様とエイデン兄さんも部屋を出て何やら忙しそうにしていた。公爵が帰ってくるというのはそれだけ凄い事みたいだ。
私もベッドから出ようと床に足を下ろす。寝間着から見える足はほっそり…というよりもガリガリに細く今にも折れてしまいそうだ。腕も棒のようだし、体のラインがまず細い。私自身も心配になってしまうような体だ。
ヒヤッと足から床の冷たさを感じる。そして頑張って立とうと力を入れたが、
「メルティア……!!」
ぐらっと体が倒れたところをレオ兄に支えて貰った。足には何一つ力が入らず、紙のようで立つことは不可能のように感じさせた。
「メルティア…!君は3年もの間眠っていたんだ!!立てるわけがないだろう!!?」
ここにきて、初めてこんなに怒ったレオ兄を見た。抱き留めてくれたレオ兄は私をベッドに戻し、叱った。
「…あ……ご、ごめ…んなさ…い…」
私の気弱な声にハッとしたレオ兄は頭をがしがしと掻いてしまったというような顔をした。
「いや……怒鳴ってごめん…。ただ、メルティアが怪我をしてほしくないから、ちゃんと頼って欲しくて…。」
ぎゅーっと握られている手から温もりを感じる。それが嬉しい……。
「これからは、レオ兄を頼ります…。」
レオ兄は私の言葉にふっと笑みを零して、「ああ」と答えた。安堵したような顔を見せた後、少し頬を赤く染めて照れたような顔をした。
「レオ様、メルティアお嬢様の準備がございますので一度退室して下さい」
後からドレスを持ったふんわりした雰囲気のメイドの人にそう言われるとこちらをちらちらと見ながら部屋を出て行くレオ兄。なんだか可愛くなってきちゃった。
それにしてもメイドさん。………それって私が着るドレスですかぁ?