1.公爵家の1人娘
花の香り立つ春。今日も今日とてベランダにガーデンチェアを置いて読書に明け暮れている。明日からは遂に高校生活が始まるということでクローゼットにはしわ1つない制服が飾られているのが見える。
手には今はまっている本。はまっていると言ってもラノベや物語とは違い、動物学の本だけど。つい最近買った本で大切に一ページずつ読んでいる。
日差しが暖かくてだんだんと眠くなってきた。少しだけお昼寝しよう。そして、起きたらまた本の続きをよも…。
なんか少しずつ体温が熱くなってきている気がする。呼吸も荒いような?これ、自分のかな??
「……ッ!……メ…アッ!……メルティアッ!」
だんだんと浮上してくる意識に誰ともしれぬ名前が耳に入った。きっと赤の他人だろうと思って眠り続けようとするも、どうにも誰かを呼ぶその人の声は収まらない。
そろそろ寝てもいられなくなってきた。何だか胸が苦しい。熱く這い上がってくる何かに自分の意識が溺れ、いや喰われそうだ。
どうしようもなくなって重い瞼をこじ開けた。視界に大量の光が一気に入ってきて満足に目も開けられない。大分寝てたみたいだし、もう太陽は沈んでいても良いはずなのに。
目が慣れてくるとちょっとずつ視界に映るものが見えてきた。………………………………誰ですか貴方は!!!???
私の顔を覗うようにじっくりとこちらを見る人は私の知らない、全く知らない人だった。吸い込まれてしまいそうなほどの深い青の瞳は星を浮かべ、きらきらと輝いて見える。髪はさっぱりと切られた金で童話の王子のような人だ。現実にこれほどまでに金髪が似合う人がいるのか!!??
答えはYES!そう、目の前の人が似合い過ぎる!まるで地毛のような、サラサラ感で髪染めのムラは全くない。
ぼーっと見つめていたがそれどころじゃないでしょ!?何人の家に勝手に入ってんの!!?
そう叫ぼうとしたら私よりも先に金髪王子が叫んだ。
「メルティアが意識を取り戻したーーー!!!!!!!??」
なっ何ーーー!?
絶叫にも近いその声は部屋中に響き渡った。私の頭にも響く響く。てか、頭が痛いんですけど!?
頭痛の症状に更には熱っぽい。いや、確実に熱がある。体の奥から煮えたぎるように熱いのだ。そういえばずっと呼吸も荒いし、意識が浮上してからと言うもの胸全体を使ってヒューヒューと精一杯に息をしている。今更だけど苦しい。
聞きたいことが沢山ある。貴方は誰なのか、メルティアとは誰か。何故人の家に不法侵入しているのか。ついでに何故そんなに金髪が似合うのかも?いやいやそんな事考えている場合じゃない!!
再び意識が持っていかれそうになり、視界がぼやける。だが、そんな事は許さんとばかりに誰かが私の手を強く握った。いや、誰かって言ってもこの場所には多分今この人だけ。握られた手が冷たくて気持ちいい。
「メルティアッ!もう少しで医者が来るから頑張って!意識を保って!」
??いい加減に気がつく。この人は私を『メルティア』と読んでいる。私はそんな可愛らしい西洋の名前ではない。私は『藤谷 連』って言うばりばり日本人なのだから。
そろそろ展開的にもおかしい。どうして私は今病気でこの人が看病してくれてんの?
考えようにも頭がズキズキと痛く、思考を中断せざるを得なくなってしまった。と、何処からかドタドタと地雷のごとく足音が聞こえてきた。それはどんどんとこちらに迫ってくる。
瞬間、バーンッ!と扉が開き、人が沢山押し寄せてきた。「メルティアーーッ!!!?」と叫びながら。
驚いて叫びたいのに喉がヒューヒューと言うことを聞かない。けど、その叫びのお陰かまたは驚きへのショックか、意識ははっきりとしてきた。目もそれなりに見えている。
「兄上、メルティアが目覚めたとは!!??」
「ああっ!奇跡だ!今もまだ意識がある!」
部屋に入ってきた人は沢山いるみたいだが私の側によってきたのは子供だけだった。大人は何故か部屋の端にて待機、いや何か準備している。
…てか!あれ、執事服にメイド服!!?そんなの着る人いるんだ!どこぞのアニメかメイド・執事喫茶ぐらいだよ!
そして私の手を握っている人は部屋に入ってきた3人の男の子の兄らしい。確かに雰囲気似ているような気もする。
1人は今手を握ってくれている人に近い年齢。兄とは違う栗色髪で少し天然っぽい髪質だ。瞳は紫でやんちゃっぽい印象を受ける。
2人目は兄と同じ金髪でさっぱりと短く切り揃えてある。2人よりも小さくて小学校2年生ぐらいだろうか。こちらを心配そうに見つめる瞳は兄よりも薄い青だ。
最後の1人はこの中でも一番小さかった。4歳ぐらいの背格好に頑張ってジャンプしながらこちらの様子を気にかける。なんか、可愛い…。1人目と同じ栗色の髪にここの中には同じ物を持った人がいない深緑の瞳。
…………………あれ?なんか異様にイケメンだな…………。
どうにかしてこの状況と貴方達が誰なのかを知るべく声を発そうとするも全く音となっていかない。一生懸命に口、喉、肺を動かすもヒューヒューと言うばかり。
と、一番大きい兄が私が何かを訴えようとしているのに気がついた。
「メルティア、何か言いたい事があるんだね。ゆっくりで良いから!」
そう言って耳を私の口元へと持っていく。唇が耳に触れてしまいそうなぐらい近づいて優しく「もう一回お願い」と言ってくれる。周りも私の声を聞こうと静かになり、じっとこちらを見て私の言葉を待っている。
「…ヒューっ……あ…の……っ……だ……れ…です…ヒュー……か…?」
頑張って声を絞り出した。聞こえたよね!?もう、これ以上は無理なんですけど!
相手の反応を見るべく目を開けると深い青の瞳が驚愕の色を浮かべポカンとしたように口を開いている。聞き取れなかったのだろうか。他の人を見ても同じような顔ばかり。
「………………メッ…メルティア…。俺が誰だか分からない……のか…?」
「僕は……?」
「俺も……?」
「僕は僕は!?」
あっ、良かった。一応聞こえてたみたい。
全員の顔を見て、そうだと肯定するために力無く首を縦に振った。その動作に全員の瞳がさっきよりも更に大きく開かれる。部屋の端にいる人達も驚いている様子で「そんな!?」や「お嬢様!?」と言った声が聞こえてきた。
てか、誰だ私の事をお嬢様なんて言うのは!?私はお嬢様じゃなーーい!!それに私はこの人達と顔も合わせたことないって言うのに相手は私を昔から知っているかのような……。
てか、今私は本当に『藤谷 連』なの……?知らない場所、人、体調。全てが連の事とは全くズレている。もしかして……………私、今自分じゃない……!!!???
意識は間違いなく連。だが、体は先ほどから兄が呼ぶ『メルティア』と言う子のもの。つまり、転生!!!???
私はただ、ベランダで本読んで眠くなったから昼寝してただけなのに転生って!ちょっと待って、意味が分からない!!
心の中で叫んでいたが、目の前の人達によってその事はかき消された。
「メルティアーっ!本当に俺が誰だか分からないのか!?この中の誰も!?」
もう一度その質問に対して首を縦に振る。
「何てことだ………!俺達を忘れてしまうほどにメルティアの病は深刻なのだな…。もうすぐ医者が到着する。よく見てもらわねば。」
病?何の病なんだろ。てか、さっきももうすぐ医者が来るって聞いたんだけど。あと、周りからの視線が痛い。ベッドを囲むイケメンブラザーズだけじゃなく大人達からも。そういえば、私、えっとメルティアだっけ?はこのイケメンブラザーズと兄弟なのかな?距離的にそうっぽいよね。自分の年齢が確認出来ていない以上誰を兄と弟と呼ぶわけにもいかない。連は、15さいだったからこの中じゃ一番上の兄と同い年ぐらいだろう。
「お待たせ致しました!」
そう言って扉を開けて入ってきたのは白衣を纏った30代ぐらいの男性と女性。更にはドレスを着た若い女の人だった。
白衣を着た人が医者なのだろう。医者って結構年のいった人のイメージが強いけどこの人は比較的若い。ボサボサの髪は長く伸びていて後で1つにまとめられている。そして、後に着いてきた女性は看護師のようで医者の手伝いをせっせとしている。
謎のドレスを着た人はベッドに寄ってきて私の姿を確認し、目に涙を浮かべた。若く、美しい。だが、分かる。この人はここにいる兄弟のお母さんだ。栗色の髪に青く澄んだ瞳。そして、整った顔。間違いなくこのブラザーズの母君だ!
それを肯定する声が側から聞こえる。
「母上!」
誰が言ったのかも分からないが私の推測は合っていたらしい。
「良かった……。本当に良かったわ……。もうこのままダメなんじゃないかと何度考えた事か…!」
澄んでいるのは瞳だけじゃなく声もらしい。甘く優しい声だ。兄はもう15歳ぐらいだから、若くても30代であるはずなのにそんな事、微塵も感じさせない。
「…母上、お医者様にも聞いていただきたい……!メルティアは…記憶が無いのです。先ほども私どもを『誰ですか?』と聞いてきました……!!」
兄の重苦しい発言に美人ママが驚きを見せ、更に涙を溜める。遂には瞳から溢れ出し頬を伝った。
「そう、ですか……。記憶が……。………それでも生きていてくれるだけで嬉しいです!思い出はまた、作りましょう……!」
「はい」とブラザーズが言えば母がここで始めて笑顔を見せた。美しい!!本当に美人だ!
「すみません。準備が出来たので見ますね」
医者が遠慮がちにブラザーズの間からそっと顔を出せば、ささっと空間ができ、医者が私に向いた。
「メルティア様、私の声が分かりますか?声は出さなくていいので…そうですね、分かったら瞬きして下さい」
医者の喉を気遣う配慮に感謝しながら瞬きをゆっくり繰り返す。
「ありがとうございます。それではこの女性が誰だか分かりますか?」
そう言って指差す方向には母がいた。もう、このブラザーズの母なのは分かるが誰だかは知らない。母は両手を合わせ潤む瞳でこちらを祈るようにこちらを覗うが知らないものは仕方がない。私は首を横に振った。
その動作に母がまた涙を浮かべる。心苦しいようで申し訳ないがこればっかりは…。医者は「そうですか」と頷き、後で色々とメモを取っていた看護士さんへ声をかける。何かを伝え終わると医者はこちらに向き直り、看護士さんは部屋から忙しそうに出て行った。看護士の代わりに端で待機していた若い執事の人がメモを取る。
「それではメルティア様、きょうはここまでにしましょう。大分疲れましたよね。あとは体温だけはかりますね。それと、栄養ビタミン剤と、薬を打ちます。もう、眠っても大丈夫ですよ。よく頑張りました」
その後何問か質問されると、医者はそう切り出した。正直疲れた……。今はそれだけだ。知らない人に環境と、ただでさえ意味が分からないのに。転生だとか、病だとか。でも、とにかく休もう。考えることも考えられない。
体の内側から這い上がってくる何かに喰われるように意識が薄くなっていく。視界がぼやけていき、そこに少しブラザーズが映った。酷く心配そうな顔だ。起きて元気になったらここがどこだか教えてもらお……う……。