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肩から生えた髪の毛は、きっと間違えて生えちゃったんだと思う #8

 翌日、クララは授業が終わるとすぐに音楽室に向かった。

 練習はもちろんのこと、リジーが待っているからだ。

 自然と口元からハミングがもれる。

 音楽室の扉を静かに開け、中を覗くと、リジーがピアノの前に座っていた。両腕を鍵盤蓋に置き、その上に頭をのせている。

 どうやら眠っているようだ。

 物音を立てないよう、抜き足差し足で近づく。

 そして、そっと後ろからリジーの横顔を見つめた。

 雪のように白い肌。

 サラサラとした美しい金色の髪。

 リジーはすーすーと規則正しい寝息をたてている。

 クララはリジーの横に静かに腰を下ろすと、髪の隙間から覗く小さな耳に「ふぅー」と息を吹きかけた。

『ひょわぁぁあー!』

 リジーはびっくりしてガタンと立ち上がった。

 クララは声を殺してくつくつと笑う。

 寝ぼけたリジーはキョロキョロと周囲を見渡し、何が起きたのか理解できていないようだった。

「おはよう、リジー」

 微笑みながらクララが声をかける。

『あ、クララ。お、おはよう?』

 首を傾げながらストンと椅子に座り、しばし黙考。

 やがてクララの方を向き、顔をしかめて言った。

『クララ、今なんかしたでしょ?』

 その一言で、クララはとうとう笑いを堪えきれなくなった。

「な、なにも……あはは。なにもしてないよ」

『嘘つき! だったらなんでそんなに笑ってるの⁉︎」

 怒った顔もまた可愛いらしい。

『もう! クララのいじわる!』

 プクッと頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向くリジー。

「ごめんって。気持ち良さそうに眠ってたから、ちょっとイタズラしてみただけだって」

『ほらやっぱり!』

 むーと唸りながら、リジーはクララを睨んだ。

 クララはぽんぽんとリジーの頭を撫でて機嫌をとる。

「さて、今日も練習しなきゃ。リジーは何か聴きたい曲ある?」

『ふん!』

「もーごめんねって。今度、美味しいケーキご馳走するから」

『本当に‼︎』

 ケーキにつられ、リジーは満面の笑顔になった。

 こういうところはやっぱりまだ子供だなぁとクララは思う。


(私だったら——うん。ケーキは食べたい)


「はい、約束」

『うん!』

 お互いの小指を絡ませて指切りをする。

「ところで、リジーは聴きたい曲ある?」

『えーっと、トロイメライが聴きたい!』

「おっ、シューマンね。じゃあ、『子供の情景』を最初からさらおうか」

 ガサガサと鞄から譜面の束を取りだして、シューマンを探す。

「あった!」

 リジーはぴょんと椅子から降り、ピアノのそばにある生徒用の椅子に腰掛けた。

 譜面台に楽譜を置き、カコンと鍵盤蓋を開ける。

 すっと心を落ち着かせ、最初の一音をピンと奏でる。

『子供の情景』は全十三曲からなるロベルト・シューマンの作品で、一八三九年にブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版された。

 クララが初めてこの曲を聞いたのは母の演奏だった。幼心に綺麗な旋律だなと感動し、いつしか子守唄になっていたのを覚えている。

 ただ弾くだけなら難易度はそこまで高くはないが、しっかりと表現しようとすると簡単にはいかない曲だ。

 第一曲から指先に集中して、一音一音丁寧に奏でる。ゆっくりと心地よい響きが、耳から頭の中へと流れ込む。そして、段々とアップテンポしたかと思うと、またゆっくりと穏やかな旋律に帰る。

 最後の一音を弾き終えると、リジーはパチパチと拍手をしていた。

「ありがとう」

 クララはリジーに向かってぺこりと軽く頭を下げた。

『ところで、クララはなんでピアノを一生懸命やってるの?』

 机にだらしなく突っ伏して、足をぶらぶらさせながらリジーが言う。

「昔、ここに住んでた令嬢の仕草じゃないね、それ」

 呆れたようにクララが言う。

『えっ? ああ。だって、もう死んじゃってるから、関係ないし』

「さいですか……」

『それよりも! クララはなんでピアノやってるの?』

 リジーは机に手をついて上体を起こすと、そのまま前のめりになって再び聞いた。

「理由ねぇ……んーと、好きだから? かな」

『演奏が?』

「演奏もだけど、それを聴いて喜んでくれる人を見るのが好きかも……って、こんなの真面目に考えたことなかったから、よくわかんないよ!」

 クララは顔を真っ赤にして照れている。

「リ、リジーはなにか好きなことはないの?」

 照れを誤魔化すように、今度はクララがリジーに質問した。

『私は……好きなものがなにもなかったの。やりたいことも見つけられないまま、殺されちゃったから……』

 リジーは窓の外を眺めながら、少し寂しそうな表情を浮かべる。

 今日も天気はどんよりと曇っていた。

「そっか……な、なんかごめんね。嫌なこと思い出させちゃって」

 慌てて取り繕うクララに、リジーはぶんぶんと顔を横に振った。

『ううん、大丈夫。もう仕返しはしたし』

「仕返し?」

『そう、仕返し』

「誰に?」

『私を殺した犯人に』

「犯人? って、えっ! 犯人知ってたの⁉︎」

 驚きすぎて、椅子の上で跳ねた足がピアノの底板にぶつかった。

「っー!」

『大丈夫、クララ⁉︎』

 鍵盤に突っ伏し、痛みに耐えるクララをリジーは心配そうに見つめる。

「だ、大丈夫……」

 うっすらと涙を浮かべ、たははと笑いながらクララは言った。

「それで、犯人は一体誰だったの?」

 ぶつけたところをさすりながら尋ねる。

『フルネームは知らないけど、多分、昨日クララが言ってたブ、ブリンブリン? とか言うお爺さんだったはず』

「ブリンクリー会長?」

『そう、それ! その人が私を殺したの。だから仕返しに脅かしてやったら、発狂して死んじゃった』

 悪戯がばれた子供のように、リジーはてへへと無邪気に笑った。

 しかし——リジーの口から語られた、まさかの真実。

 聖ブリンクリー学園を作ったブリンクリー会長が、デイビッドソン家の遺産を奪うためにリジーに手をかけていたとは……。

 しかも、死んだはずのリジーに復讐され、自らの命を落としてしまっていた。

「……リジーって、恐いね」

『えっ、嘘っ! また骸骨の姿になってる?』

 慌てて自分の身なりを気にするリジー。

 その様子がおかしくて、クララはつい笑ってしまった。

「違うよ。そういう意味じゃなくて、リジーを怒らせると恐いなって話」

『なんだぁ。間違えて前の姿に戻っちゃったのかなって思った』

 ほっと胸を撫で下ろしたリジーは言葉を続けた。

『そうそう。昨日言った遺産のことなんだけど、できたらクララ一人で掘り出してほしいの』

「えっと、どうして?」

 リジーはもにょもにょと言葉を濁すように話す。

『あのね……私が殺された件も絡んでくるから、人に知られたくないというか、他の人に横どりされたくないというか、えっと——』

「そっか。わかった! ちょっと頑張ってみるよ!」

 クララはぐっと親指を立てた。

『ありがとう! なりゆきでクララを選んだけど、本当にクララで良かった!』

 うーっと唸りながらクララに抱きつこうとリジーは手を広げた。だが、ピアノまで距離があるので、当然届かない。

「なんか一言多い!」

 そう言ってクララは立ち上がると、リジーに近づき、机の前でしゃがみ込んだ。

 宙に浮いていたリジーの手を自分の肩に乗せ、おでことおでこをコツンとぶつける。

「誰でもよかったは納得がいかないから、私じゃなきゃダメって言わせてやる」

『ふぇっ?』

「そりゃー!」

 クララはリジーの脇をくすぐり始めた。

『えっ! ちょっと……ク、クラ、あは、あはははは、あはははは!』

 ガタンガタンと椅子の上で暴れるリジー。

 それを押さえつけるようにくすぐるクララ。

 しばらくすると、クララは手を止めて、息も絶え絶えのリジーを解放した。

『あはは、ク、クララ、酷い……よ……』

「ちょっとやりすぎたかな」

『う、うん……やりすぎ』

 椅子の上で乱れた身なりを整えながらリジーは言った。

『でも……楽しい』

 クララはその言葉に一瞬ぽかんとしたが、すぐに微笑み、リジーの手を取る。

「私も楽しいよ」

 昨日、出会ったばかりなのに、何年も前から知っているみたいな二人。

 もちろんクララにとって、リジーが天使のように可愛く、今すぐにでも食べてしまいたいという気持ちは変わらない。


 それからしばらく、放課後の音楽室でリジーとの密会は続いた。

 リジーの家族のこと、当時の流行り病や町のこと、そして聞きにくかったブリンクリー会長や遺産の話。

 それから——なぜ肩から髪の毛が生えていのたかという謎まで。

 どうやら、今の埋葬状態をそのままトレースした結果らしい。

 そんな日々が一週間ほど経った頃、いつの間にかリジーの存在が世間に広まっていた。

 しかも新聞にまで大々的に掲載される始末。

『聖ブリンクリー学園に幽霊が出没!』

 おかげで町中が大パニックに。

 とりわけ大変だったのは、生徒の親たちが我が子を心配して学校に押しかけてきたことだった。

『うちの娘は大丈夫なのか!』

『高い学費を払っているのだ! どうにかしろ!』

『先生たちは一体なにをしている!』

『今すぐ悪霊を退治して!』

 昼夜問わず対応に追われる先生方とメレディス校長。

 授業どころではなくなった学校は、ついに臨時休校を余儀なくされた。

 もちろん、クララの父親も例外ではなかった。

 噂を聞きつけると、すぐさまクララを帰宅させた。

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