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ビストルの正体見たり、枯れ尾花 #3

 ——ドンドンドン!

 扉を叩く大きな音で起こされる。

 クララはベッドから起き上がると、欠伸をしながら入口に向かった。

 扉を開けると、血相を変えた寮母が立っていた。

「あぁ、ロバートソンさん。急いでご実家にお帰りなさい。今、入口にお迎えが来ています」

「おはようございます。えっと、迎え? パ……お父様がいらしてるのですか?」

「いえ、女性なので、お屋敷で雇われてる方かと」

「……わかりました。直ぐに準備します」

 寮母にお辞儀をしてパタンと扉を閉め、もそもそと寝巻きを脱いで、外出用の服に袖を通す。

 寮の玄関に下りると、メイドのエイダが落ち着かない様子で待っていた。クララに気づき、慌てて駆け寄ってくる。

「お嬢様、大変です! 旦那様が!」

「エイダ、おはよう。パパが……お父様がどうかしたの?」

「早く屋敷にお戻りください。詳しいことはそちらでお話します」

 混乱しているのか、いまいち要領を得ない。

 一体、家で何があったのだろうか。

「わかったわ。直ぐに帰りましょう」

 そう言って、クララは寮を後にした。


 屋敷に着くと、メイドたちが慌ただしく動き回っていた。

「お嬢様、こちらです。荷物は私が預かっておきます」

 エイダはクララから荷物を受け取り、父の寝室に案内する。

 扉を開けると、白い衣服をまとった人々が数人、難しい顔でベッドを見下ろしていた。

 クララもその視線を追う。そこには、頭に包帯を巻いた父が横たわっていた。

「パパ!」

 慌てて父の元に駆け寄る。

「パパ! ねぇ、パパ!」

「先ほどお眠りになったところです」

 白衣の男性が、クララを宥めるように言った。

「ねぇ、一体何があったの? パパはどうして怪我をしているの?」

 問いかけるも、皆は押し黙ったままだった。

「大丈夫なんでしょ? 本当はちょっと転んだだけとかなんでしょ?」

 母のことが脳裏をよぎる。

 三年前、クララの母は病で命を落とした。

 もともと身体が丈夫な方ではなかったが、やがてベッドに伏せる時間が長くなり、そのまま帰らぬ人となった。

 その時の光景が、クララの頭の中で重なる。

「命に別状はありません。ただ……」

 再び白衣の男性が言う。

「お嬢様。詳しいことは食堂でお話しいたします」

 振り向くと、エイダが入口に立っていた。

「これは一体どういうこと? なんでパパが……」

 涙をこらえながら問いかけると、エイダは静かに首を横に振った。

 ——これ以上はここで話せない。

 その仕草がそう語っていた。

「……わかった。準備ができたら食堂に行く」

 目尻に滲んだ涙を袖でそっと拭う。

 白衣の男性は「命に別状はない」と言った。ならば、ロバートソン家の一人娘として、これ以上取り乱すわけにはいかない。

 親友のリジーがそうしたように。

「お嬢様。お荷物はお部屋の中に運んであります」

「ありがとう、エイダ」

 クララは父の部屋を出ると、大きくため息をつき、自室に向かった。

 やがて食堂に入ると、いつもの椅子に深く腰をかけた。

 エイダが給湯室からティーセットをワゴンに乗せて運んでくる。

 テーブルに肘をついてその様子をなんとなく眺めていると、お気に入りのティーカップに紅茶が注がれ、ことりと音を立ててクララの目の前に置かれた。

 優しい香りがふわりと広がる。

「お嬢様、どうぞお召し上がりください」

 エイダはそう言い、お皿に乗ったチョコレートクッキーを差し出した。

「ありがとう」

 クララは一枚を手に取り一口齧る。

 チョコレートの甘味と、少し焦げたクッキーの苦味が口の中で混ざり合った。

 普段のエイダなら、クッキーを焦がすなどということはないはずだ。


(それだけ動揺してるのかな……)


 紅茶を一口含んでクッキーを流し込む。

 ふうと一息入れ、クララはゆっくりと切り出した。

「ところでエイダ。お父様は一体どうしたの?」

 紅茶のせいだろうか。気持ちは妙に落ち着いていた。

 先程の父の部屋での狼狽が嘘のようだ。

「はい。昨日の夜の出来事でございます。夜中に外で物音がすると言って、旦那様が一階に下りてこられました。危ないので私どもが見て参りますと申し上げたのですが、すぐ済むからとお一人で外に出て行かれました。ですが、なかなか戻られないので心配になり屋敷の外を探したところ……裏庭で血まみれになって倒れられていました。ただ、周囲に争った跡がありましたので、何者かに襲われたのは明白でした。すぐにお医者様をお呼びして一命は取り留めましたが、旦那様の身に何が起きたのか、詳しいことは私たちにもわかりません……」

 何もできなかったことが悔しかったのか、エイダは唇を噛んで申し訳なさそうに項垂れた。

「わかった。お父様が起きてから詳しいことは聞いてみましょう」

 しかし——一体何があったのだろう。なぜ、父が襲われなければならなかったのか。

 弁護士という職業柄、恨みを買っていた可能性は否定できないが、それでも父は常に正しいことをしてきたはずだ。

「それから……本日お披露目するはずだったお嬢様のガラス瓶が、その……どうやら、盗まれてしまったようで……」

 エイダの言葉に、クララは驚きのあまり勢いよく椅子から立ち上がった。

 紅茶が揺れ、ソーサーにこぼれ落ちる。

「な、なんで……どういうこと?」

「おそらくですが、旦那様を襲った犯人が持ち去ったのかと……」

「じゃあ、お父様を襲ったのはリジーの遺産が目当てってこと?」

「はい。ただ、あくまで可能性にすぎません」

 クララは頭を抱えた。

「ああー、リジーに怒られる。どうしよう……」

 昨日、音楽室で嬉しそうに笑っていた彼女の顔が脳裏に浮かぶ。その笑顔が、だんだんと歪んでいくのが目に見えるようだった。

「差し出がましいようですが、リジー様に誠心誠意謝罪すれば許していただけるのではないでしょうか?」

「うーん。エイダは知らないと思うけど、リジーって結構根に持つんだよね……」

 唸るクララを心配そうに見つめていたエイダは、はっと何かを閃いたように手を打った。

「わかりました。私もお嬢様と一緒に謝ります!」

 突拍子もない提案にクララは呆気に取られる。

「えっと……エイダは大人だから、多分リジーのこと見えないよ」

「そ、そうなのですね……それは失礼いたしました」

 頬を赤らめ、恥ずかしそうに頭を下げるエイダ。

 その様子が可笑しくて、クララは声を出して笑ってしまう。

「エイダって面白いこと言うのね。でも、ありがとう。リジーには私からちゃんと謝っておくわ。きっと、わかって……わ、わかってくれるよね?」

「大丈夫だと思いますよ。なにしろ、お嬢様のお友達ですから」

 にこりと微笑んで励ますエイダに、クララも頷いた。

「うん、そうだね。ありがとう」

 クララは椅子に座り直すと、すこし冷めた紅茶を一口啜った。

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