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ビストルの正体見たり、枯れ尾花 #1

 ガラス瓶を掘り出してから、明日で六十日。

 季節は移り変わり、街を駆け抜けていた冷たい風も、今は少し優しさを含んでいる。

 クララは授業を終えると、いつものように音楽室へ向かった。

 今日はレベッカも一緒だ。

 レベッカはガラス瓶を掘り出してすぐ、クララの元へ謝りにきた。

 以前、アシュリーたちにおばけのことを伝えた時、「見なかった」と嘘をついたことをずっと気にしていたのだという。

 確かにあの時、クララはショックを受けた。目の前で同じ体験をしたのに、レベッカは突然「知らない」と言ったのだから。

 悶々とした日々を過ごしていたレベッカは、クララがガラス瓶を掘り出したという噂を耳にし、ちゃんと謝ろうと決意したのだった。

「レベッカ。今日は何しよっか?」

 音楽室に続く廊下を並んで歩きながら、クララが声をかけた。

「あれ? クララは来月のコンクールの曲を練習するんじゃなかったっけ?」

 発育途中とはいえ、豊かな二つの塊をゆさゆさと揺らしながらレベッカは言った。

「そうだった……十二月は色々ありすぎて散々だったから、今度こそ真面目にやらないと」

 クララはがくりと肩を落とした。

「大丈夫だって。クララはやればできる子なんだから」

「はーい。頑張りまーす」

 クララの気の抜けた返事に、ふふふと可笑しそうに笑うレベッカ。

 二人は音楽室に着くと、カラカラと扉を開けて中を見渡した。

 どうやらリジーはまだ来ていないようだ。

 クララはいつものようにグランドピアノの椅子に腰掛け、鞄から次のコンクール用の譜面を取り出して練習の準備をした。

 レベッカは近くの椅子に座り、両手を前に伸ばして「うー」と唸ったあと、そのままぐでっと机に突っ伏していた。

 ぷにゅうと潰された胸が実に窮屈そうだ。

「次のコンクールの曲って何やるんだっけ?」

 レベッカは顔を上げ、クララを見ながら言う。

「今度はベートーヴェンの十二番、『葬送』だよ」

 この曲は一八〇一年に発表されたピアノソナタ。

 ソナタ形式の楽章をひとつも含まない組曲風の構成で、従来の形式を大きく逸脱していた。そんな型にはまらないアウトローなところが、クララは好きだった。

「じゃあ、早速練習しちゃおうかな」

 呼吸を整え、体の力を抜く。指先に集中して、ゆっくりと鍵盤に重さを乗せる。

 クララの中から、自然と思いが溢れ出す。

 第一楽章は変奏曲形式。アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ、変イ長調、八分の三拍子。民族歌謡風な素朴で美しい旋律が、どこか懐かしさを覚える。

 第二楽章は活発なスケルツォ。軽やかで生き生きとした主題が魅力的で、クララのお気に入り。伸びやかなトリオ旋律は、同時期に書かれた第二交響曲のスケルツォ楽章のトリオともよく似ている。

 第三楽章は「ある英雄の死を悼む葬送行進曲」と題された、重々しく威厳に満ちた楽章。のちの「英雄交響曲」の第二楽章の先駆けとも言われている。虚飾のない荘重な葬列の歩みの主題。葬送で連打される太鼓を模した付点リズムの転調による響きの変化。それによって、深い抒情が漂う。

「幻想曲のソナタ」を思わせるようなこの楽章は、母親の葬儀の記憶を蘇らせてしまう。

 重く、悲しく、そして厳かに——。

 あのときクララのやり場のない想いは、「涙」となって頬を濡らした。

 フィナーレは一転して無窮動的性格を持つロンド。常動曲的な性格が際立ち、ほとんど間断なく十六分音符で流れるように一気呵成に奏でられていく。

 音符の嵐のはずなのに、耳に入るピアノの調べはずっと心地よい。

 演奏を終えてレベッカの方を見ると、その横にリジーがちょこんと座っていた。

「リジー、来てたんだ」

『ピアノの音が聞こえたから、静かに入ってきたの』

 にこりと微笑むリジー。

「急に扉が開いて、こそこそ入ってくるリジー、可愛かったよ」

 嬉しそうにリジーを見ながらレベッカが言った。

『もう! レベッカまでからかわないでよ!』

 リジーは顔を真っ赤に染めている。

 リジーとレベッカは出会ってすぐに仲良くなった。

 レベッカはクララに謝った後、リジーの存在を知ると「私も会いたい」と言い出した。そしていざ二人を会わせてみると、馬が合ったのか、すぐに意気投合して今に至る。

 最近の放課後は、だいたいこの三人で音楽室に集まって遊んでいた。

 ただクララはコンクールの練習もしなければならないので、いつも遊んでいるというわけにもいかないのだが……。

「クララ、明日だっけ? ガラス瓶の中身をみんなの前でお披露目するイベントって」

「ん? ああ、そうだった! 明日、学校が終わったら一度家に帰らなきゃ!」

 レベッカに言われるまで、クララはすっかり忘れていた。

『楽しみだね』

 にこにこと笑うリジー。

 きっと肩の荷が下りるのもあって、嬉しいのだろう。

 最初は学園の大ホールで開封のお披露目会をすることにリジーは反対していた。

 しかし、入場料を取り、その収益を全て慈善団体に寄付することを伝えると、快く了承してくれた。

「そういえばリジー。なんで六十日も待たないといけなかったの?」

 以前クララも尋ねたが、呪いの詳しい理由は教えてもらえなかった。

『えっと、それは……呪いがかかっていて、六十日経たないと開けた人の一族が死に絶えちゃうから……』

 レベッカの質問に、リジーは言いにくそうに答えた。

「一族抹殺なんてすごいね。でも、その呪いって誰がかけたの?」

『あっと……えっと……そ、それは』

 再びレベッカの質問に、リジーは目を右へ左へ泳がせると、俯いたまま黙り込む。

 レベッカとクララは顔を見合わせた。

 やがてリジーが小さく右手を上げた。

『……私です。すみません』

 しゅんと項垂れ謝るリジーを見て、慌てて取り繕うレベッカ。

「いやいや、リジーが悪いとかじゃないよ! 何か考えがあったんでしょ? それに——そう! 一人で掘りださなかったクララが全部悪い!」

「えっ! わ、私っ!」

 矛先がクララに向かい、グサリと胸に突き刺さる。

『ク、クララは、悪くないの! だって……あれ? でも私、最初はクララ一人で掘り出してねってお願い……』

「だーっ! この話はおしまい! どのみち明日開封するんだから、結果オーライってことでしょ。ねっ!」

 クララは慌てて立ち上がると、会話を遮るように二人の間に割って入った。

 このまま胸を突かれ続けたら、今後も二人にチクチクと弄られそうな気がする。

 そんなクララを見て、レベッカが破顔した。

「クララ、必死すぎっ!」

「必死にもなるよ! レベッカが嫌なところ掘り返すから!」

『でも、クララは一人で——』

「あー、その件は本当にごめん! 伝えたつもりがちゃんと伝わってなくて、その節はリジーに悪いことしたと思ってる」

 クララは両手を合わせ、拝むように謝った。

『まぁ、お墓の掃除も手伝ってもらったし、仕方ないから許してあげましょう』

 ふふんと胸を張って得意げに言うリジー。


(なんか納得いかないなぁ……)

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