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スプーンって、実は重たいんですよ#2

 草むしりを始めてしばらくすると、どこかで嗅いだことのある甘い匂いが鼻先をくすぐった。

 スンスンと鼻を鳴らしてみる。

 どうやら、その匂いはお墓の横に群生している雑草から漂っているようだった。

 クララは甘い匂いのする草の葉を一枚ちぎり、なんとなく太陽にかざしてみた。

 葉は細長く、周囲がギザギザと尖っている。

 ちぎったものが若葉だったのか、太陽の光に透かされて青々とした姿がどこか神々しく思えた。

『クララ、何してるの?』

 突然、背後から声をかけられ、クララの肩がビクッと跳ねた。

「な、なんでもないよ。ただちょっとなんの草かなと思って見てただけ」

『草?』

 リジーが不思議そうに小首を傾げる。

「そう。この甘い香りがする草」

 クララは手に持っていた葉っぱをリジーに差し出した。リジーはそれを受け取ると、くんくんと匂いを嗅いで『うーん』と唸っている。

「まぁ、ただの雑草だろうけど。さてと、どんどんきれいにしちゃおうか!」

『あっ! 思い出した!』

 リジーが急に大声を出したので、クララはまた肩がビクッと跳ねた。

「ちょっとリジー! びっくりするから!」

『あっ、ごめん。えっとね、この草のこと思い出したの』

「思い出した?」

『そう。この草、【小夜草】っていって、幻覚作用を引き起こす草だった……はず?』

 可愛らしく小首を傾げるリジー。

「はずって……私に言われてもねぇ」

 クララはやれやれと肩をすくめた。

『そうだ! 乾燥させて粉にして固めて、火をつけると頭がぽわわわーんってなって、幻覚が見えたりするらしいよ!』

 得意げに語るリジー。

「リジーのそれ、一体なんの受け売り……」

 そのときクララは思い出した。

 ——以前、自宅で降霊術と称して同じ匂いを嗅いだことを。


(もしかして、あのとき体験したのは……幻覚?)


 幻覚なら内容を覚えていてもよさそうなものだが、しかし微塵も記憶にない。

 理由はどうあれ、得体のしれない何かに憑依されたのではなく、この草の影響かもしれないと知れただけで、クララは少し安堵した。

『えっと、学校の図書室で読んでた本に書いてあったの』

「学校の図書室?」

 聖ブリンクリー学園の別棟一階には大きな図書室がある。

 蔵書数も多く、時には学者が本を探しにくることもあるが、基本的には生徒か先生しか利用できない。

 クララもピアノの譜面を借りるため、時々利用している。

『そう! 暇な時によく行くの。いっぱい本があるし、人も少なくて静かだし』

 にししと嬉しそうに話すリジー。

 八歳のお化けが図書室に足繁く通う。

 その事実に、クララは内心苦笑した。

「で、リジーが見た本には、ぼんぼじゅわわぁって書いてあったっってことね」

『そうそ……って違う! ぼわわーんだよ! ……ぼわわーんだっけ?』

「どっちでもいいわ!」

 顎に指を当て不思議そうにするリジーに、クララがツッコミを入れる。

『そう言えばね、その草、先生たちもたまに使ってたよ』

「えっ⁉︎」

 リジーが唐突にとんでもないことを言いだした。

「先生、たちが……使ってた?」

 クララは恐る恐る聞き返す。

『うん。なんかみんな、楽しそうにしてた』

 教育者が幻覚が見える草を使って、楽しそうにすることとは一体……

『場所は空き教室で、時間帯は深夜が多かったかな』

「えっと、ちなみにその先生たちって誰かわかる?」

 さらに恐る恐る尋ねる。

『うーん。ちょっと暗くてよく見えなかったけど、体育の先生と保健室の先生はいたかな。それと、先生じゃないけど、前に学校に来てた金髪の女の人も』

「金髪の女の人?」

『そう。うねうねした金髪で、おっぱいが大きくて。確か、昼間に見た時はスーツでビシッと決めてた』

「えっと、その人は昼間にも学校に来てたの?」

『うん。校長室で私のこと話してた。確か、高齢化がどうとか言ってた』

「高齢化? 高齢……降霊術じゃなくて?」

『そう、それ! 降霊術!』

「やっぱり……」

 クララには心当たりがあった。

『校長先生も、夜の集まりにはいたよ』

「えっ!」

 クララは唖然とした。


(メレディス校長も……)


『多い時で十人はいたと思う。ぽわわーんってなるやつを香炉で焚いて、最初はおしゃべりしてるんだけど、目がとろんとし始めたらみんな服を脱ぎだして、アクマよ来たれーとか、私を捧げるーとか……』

「えっと……」

 言葉に詰まる。

『それでね。男の人と女の人が向かい合わせになって……』

「リジー! それ以上は言わなくていいから‼︎」

 クララは怒鳴りつけるようにリジーの言葉を静止した。胸の奥がざわつき、気分は最悪だった。

『えっと、クララ……ごめん』

 しゅんと項垂れ、今にも泣き出しそうなリジー。

「あっ……違くて! リジーが悪いわけじゃなくて、その……私の方こそ怒鳴って、ごめん」

 クララも一緒になって項垂れる。

 一体大人たちは何をしているのか。やるせない怒りがふつふつと湧き上がる。

 拳をぎゅっと強く握りしめると、体が小刻みに震えた。

 教鞭を執る教師たちが、深夜に悪魔崇拝の儀式をしていたなんて。まして、学園のトップがそれを容認しているとは。

『クララ、怖い顔してるけど……大丈夫?』

 リジーの言葉に、クララははっと我に返った。

「あっ、ごめん。大丈夫」

 慌てて笑顔を作る。

『ならよかった!』

 にこりと微笑むリジーが、まるで本物の天使のようだった。

 八歳の女の子に、目撃したものの意味など説明できない。クララだってまだ子供だが、おかしな効果のある草や悪魔崇拝というものが危険なことだとは知っている。それに相手が一人ならまだしも、三人四人と集団で行っているとなると……


(えっと……どうなるんだろう?)


 想像もつかないことを考えようとして、頭がオーバーヒートした。

 慌ててぶんぶんと頭を振る。

『クララ。ほ、本当に大丈夫?』

「だ、大丈夫!」

 にかっと笑って、悪い考えを振り払うように話題を変えた。

「ところで、リジー。なんで香炉で焚かれたものが小夜草だってわかったの?」

 いくら本で調べたとはいえ、形が違いすぎて普通なら判別などできないはずだ。

『えっと、煙の匂いがこの草とおんなじだったから』

 リジーはこの草のことを図書室で調べて既に知っていた。そして、香炉から出る煙の匂いで小夜草だと判断した。


(それにしても、リジーって勤勉だなぁ……)


 死して尚、勉学に勤しむ——

 クララなら……絶対に無理だろう。

「そっか——それはそうと、、さっさとここ片付けちゃおうか!」

『うん。そもそも草むしりの罰は、クララが約束守らなかったからなんだからね』

「はいはい。頑張りまーす」

 クララはわざと素っ気なく答えた。

 リジーはふふふと優しく微笑んでいる。


(これでいい)


 知らなくていいことは、知る必要もない。

 たとえ後に知ったとしても、それは〝今〟じゃない。

 クララは名前も知らない雑草と一緒に、「小夜草」も根こそぎむしりとった。

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