実家が学校からあんまり離れていなかった件 #6
「……クララさん、クララさん、起きてください」
ペシペシと頬を軽く叩かれる。微睡んだ意識が、眠ってしまっていたことを告げていた。
「あ、あれ……私……」
「ありがとうございます。今日は無事に終わりましたよ」
ヴァレンタインが一枚の紙を渡す。
そこには『リジー・デイビッドソン 八歳』と大きく書かれていた。
そのほかにも細かな文字が並んでいるが、目がしょぼしょぼしてよく読めない。
「えっと、これは?」
クララが尋ねると、彼女は微笑みながら答えた。
「降霊術でリジーさんがお越しになりました。色々と教えてくださいましたよ」
確かに、その筆跡は明らかにクララ自身のものではなかった。
背筋に冷たいものが走り、ぶるりと震える。
「長時間行うと体への負担が大きいので、今日はここまでにしましょう。結果はお父様にも伝えておきますね」
クララは紙をヴァレンタインに返すと、彼女は荷物を片付けはじめた。
(リジーが、私の体を使って……)
クララは混乱していた。
友達を助けるためとはいえ、やはり怖いものは怖かった。
今になってガタガタと体が震えはじめる。
「クララさん、大丈夫ですか?」
クララの異変に気がついたヴァレンタインが、荷物を片付ける手を止め、心配そうに声をかけた。
「大丈夫です。ちょっと、まだよくわからなくて…… 。少し横になります」
ソファーに身を預けると、次第に震えは収まっていった。
「今、お父様を呼んできますね」
ヴァレンタインはそう言い残し、早足で部屋を出ていった。
しばらくして、父が慌てた様子で部屋に戻ってくる。
「クララ、大丈夫か!」
父はクララに駆け寄って額に手を当てた。もう片方の手は自分の額に当てている。
「うん。熱はなさそうだ」
「風邪じゃないから!」
思わずツッコミを入れるクララ。
父は微笑んで言った。
「それだけ元気なら大丈夫だね。まだ顔色が悪いから、もう少し横になっていなさい。パパはヴァレンタイン先生を送ってくるから」
「パパ……」
上半身を起こして父の袖をぎゅっと掴む。
「どうしたんだい?」
「……怖かった」
唇をきゅっと噛む。涙が今にも溢れそうだ。
「大丈夫だよ。パパがついてる」
覆い被さるようにして父の体がクララを優しく包みこんだ。それを合図に、瞳の奥から涙がこぼれ落ちた。
「よく頑張ったね。本当によく頑張った」
父の胸の中で、クララは声を上げて泣いた。
怖かった。
本当に怖かった。
自分が書いた文字が、明らかに自分の字ではない。
記憶がないという事実が、これほどまでに恐ろしいとは思わなかった。しかも、自分の体を操っているのは他の存在——たとえ友達のリジーでも、その違和感は消えない。
果たして次も無事にできるのだろうか。
(次?)
「ねぇ、パパ。今日だけだよね。もうやらないよね」
不安げに尋ねると、父は優しく微笑んで答えた。
「あぁ。クララが嫌ならやらなくていい」
「……もうやだ。怖いの無理」
父の返答に少し安心したのか、クララは拗ねたように言った。
「わかった。今はここで休んでいなさい」
ぽんぽんと優しく頭を叩かれる。
「うん」
クララは頷き、再びソファーに横になった。
「じゃあ、パパはヴァレンタイン先生を送っていくるから、大人しくしているんだよ」
「うん。すぐ帰ってきてね」
「大丈夫。すぐ帰ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
父が出ていくと、室内は静寂に包まれた。静かすぎて、考えたくないのにさっきのことを思い出してしまう。
ヴァレンタインは「今日は——」と言っていた。クララが「次もある」と思ったのは、その言葉が引っかかっていたからだ。
(そうだ! リジーに直接会って話を聞こう)
そもそも降霊術なんかしなくても、学校に行けばリジーと話ができる。
それをそのままヴァレンタインや父に伝えればいい。
もともと心配症の父が言い出したことだ。
最初からそうしていれば、怖い思いをせずに済んだのに——。
そう思うと、次第に気持ちが落ち着いていった。
目を閉じると同時に、意識はゆっくりと微睡みに沈んでいく。




