五人の皇子
ただその変質者の中でも、さらにその場に居続けたのは、いつも 「やりて~」 と思っている情事を好んだ五人で、かぐや姫への情欲が消えることもなく、夜となく昼となくやってきました。
質が悪いことにその五人の位は高く、名は
「石作の皇子」、
「くらもちの皇子」、
「右大臣阿倍御主人」、
「大納言大伴御幸」、
「中納言石上磨足」といいました。
しかしかぐや姫はまったく関心を示しませんでした。
「まだ変態がいるわ。壁に穴開けるとかほんと勘弁してほしいわね。見るのも汚らわしいわ」
とか言いつつ、かぐや姫は障子に人差し指でプツッと穴を開け監視していました。
この男たちは、この世にいるありきたりな平凡な女でも、すこしでも女としての素養が高いところがあると、興味津々で近づいてくる変態だったのです。
かぐや姫を一目見たさに妄想を募らせながら、仕事や食事もせずかぐや姫の家で屯していました。
『土産くらい持ってこい。何も持ってこずに迷惑な奴らだ』とおじいさんは思いましたが、
位も高くお金持ちで、もしかしたらかぐや姫の婿になるかもしれない人たちなので、仕方なく接待していました。
五人の変態は、それぞれに手紙をしたため持っていくのですが返事さえもらえません。
無駄だと思いつつ、寂しい恋の歌を書いて送ってみたりしていました。
十一月、十二月の雪が降り水が凍り、六月の太陽が照り付け、雷鳴がとどろく時でさえ、この五人の男たちは、懲りもせず毎日やって来る筋金入りの変質者でした。
この五人は、来るたびに竹取のおじいさんを呼び出します。
「娘を自分にもらえないか」と、伏し拝み、
手をすり合わせて懇願するのですが、おじいさんは
「自分の産んだ子ではないので思い通りにはならないのです」とはぐらかし、そのまま月日が経っていきました。
この者たちは家に帰り、日が経つほどにかぐや姫に対する想いは膨れ上がり、とても不埒な妄想をして、願掛けをしていました。
終には姫への想いを断ち切ろうとするのですが、妄想が妄想を呼んで頭の中はかぐや姫のあらぬ姿でいっぱいになっていきます。
変質者たちは「そうはいっても、最後まで男に会わせないということはないだろう」と、勝手に期待していました。
そして、姫に対する恋い焦がれる姿を見せつけるようにしておじいさんの周りをうろうろ徘徊しました。
『毎日、毎日、暇な奴らだなぁ。……まさか私を手籠めにする気では!?』
と変態5人に囲まれたおじいさんは思いましたが、流石に変態と言えどもおじいさんやおばあさんには手を出しませんでした。
あまりに迷惑なので、おじいさんがかぐや姫に言いました。
「神から授かりし我がかぐや姫よ。竹藪で見つけてから、大事に大事に育ててきました。少しばかりでいいから翁の申すことを聞いておくれでないか?」
それを聞いて、かぐや姫は
「何をおっしゃる兎さん。ではなくおじいさん。じいの言うことはなんでもお聞きしますことよ。 神から生まれたわけじゃないのですが(まぁ似たようなもんね)、じいやばあやは妾の親だと思い、慕い申し上げておりますことよ」と言います。
「嬉しいことを申すのう」 とおじいさんはたいそう喜びしました。
「じいは、七十歳を過ぎてしまった。今日、明日ともしれぬ命。 この地の人は、男は女を娶り、女は男と契る。そうして、子供を授かり、一族が栄えていくのじゃ。姫だけが結婚せずにおられるのは良いことではないのう」
それを聞いたかぐや姫は(確かに死にそうね、と思いつつ)
「どうして結婚などというものを必要とするのですか? 」(いやよ、あんな変態と結婚するなんて、と思って)とおじいさんに問いました。
「たとえ天から授かりし人とはいえ、女の身です。じいが生きている間は、このようにして生活に困らなくて済みましょう。ここに来ている方々が、長い年月、いつもおいでになっておられることをよく考え、一人一人と会って、その中のお一人と結婚してさしあげなさい」とおじいさんが言いました。
かぐや姫は、(ええ~いやよ。じいさんがいなくなっても生活には困らないけど、世話になっているからね。と思いつつ、猫をかぶりながら)言いました。
「妾はあの方々をよく知りませぬ。あの方たちの想いの深さも知りませんことよ。お金もあって、この上なくすばらしいお方でも、愛情の深さを確かめずには、結婚できませんわ。
このままだとあの方たちの愛情に優劣はつけられませんことよ。そうね、妾の願いをかなえてくれないかしら。叶えられた方が、愛の証を示しているといえるかもしれないわ。妾が欲しいものをもって来てくれる人がいたら、その人を結婚相手として考えてあげてもいいですわよ」と姫が提案しました。
お爺さんは
「そりゃいい考えだ。それならみんなが納得してくれるだろう」とあまり深く考えずに賛成しました。
日が暮れるころに、いつもの5人が集まってきました。
ある者は笛を吹き、ある者は歌をうたい、ある者は音楽を口ずさみ、ある者は口笛を吹き、ある者は楽符をとって踊り狂って騒いでいました。
おじいさんが出てきて言いました。
「もったいなくも、この見すぼらしい家に、長い間お通いになること、とても痛み入ります」と5人に向かって恭しく申しあげました。
おじいさんは、
「私は姫に言いました。『私の命は今日明日とも知れません。恭しくも姫を娶りたいとおっしゃる若殿方に、よく考えて嫁ぎなさい』と申しますと、『ごもっともです。どなたさまもお偉い方々ばっかりです。それだけに決めかねています。私の見たいものさえ持ってきていただければ、お気持ちがはっきりするでしょう。結婚するかどうかは、その結果によって決めましょう』と言うので、私も、『それはいいことだ、そうすれば、だれも恨みを持つことはないでしょう』」と言いました。
五人の君達(変質者)も、「やった! 願ったり叶ったりだ」と言うので、おじいさんはそのことをすぐにかぐや姫に伝えました。
『誰があんな変態と結婚するもんですか! どうせならひどく困らせてあげましょう』とかぐや姫は考え、空想の宝物をでっちあげます。
かぐや姫は、それぞれの皇子に見せてほしいものをおじいさんに伝えました。
石作の皇子には「仏様の御石の鉢という物があり、それを取ってきてください」
くらもちの皇子には「東の海に蓬莱という山があるそうです。そこに、根は銀、幹は金、実は白い玉になっている世にも珍しい木があります。それを一枝折ってきてください」
阿部の右大臣には、「唐土にある火鼠の皮衣をもってきて下さい」
大伴の大納言には、「龍の頸に五色に光る玉がかかっています。それを取ってきてください」
石上の中納言には、「燕が持っている子安貝を取ってきてください」とおじいさんにそれぞれの君達に言うように伝えました。
「どれもこれも持ってくるのは難しいぞ。この国にある物でもなく、こんなに難しいことをどのように話したらよいものか」とおじいさんは思い悩んでいます。
「妾への愛の証を見せてほしいのです。なにが難しいことがありましょう」とかぐや姫は扇子で顔を隠し笑を堪えながら言います。
おじいさんは頭を抱え、「さてはて・・・とにかく話してみよう」 と言って部屋の外へ出て、
「かくかくしかじか……と、このように申しております。娘が話したものを持ってきてお見せください」と皇子たちに伝えました。
皇子たちは、これを聞いて、
「素直に、『近づかないでくれ』とどうして言わぬのか!」と怒り、うんざりして皆帰ってしまいました。
原文
その中に、なほいひけるは、色好みといはるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼来たりけり。
その名ども、石作の皇子、くらもちの皇子、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御幸、中納言石上磨足、この人々なりけり。
世の中に多かる人をだに、すこしもかたちよしと聞きては、見まほしうする人どもなりければ、かぐや姫を見まほしうて、物も食はず思ひつつ、かの家に行きて、たたずみ歩きけれど、甲斐あるべくもあらず。
文を書きて、やれども、返りごともせず。わび歌など書きておこすれども、甲斐なしと思へど、十一月、十二月の降り凍り、六月の照りはたたくにも、障らず来たり。
この人々在る時は、たけとりを呼びいでて、「娘を我に賜べ」と、伏し拝み、手をすりのたまへど、「おのが生さぬ子なれば、心にもしたがはずなむある」といひて、月日すぐす。
かかれば、この人々、家に帰りて、物を思ひ、祈りをし、願を立つ。思ひ止むべくもあらず。
「さりとも、つひに男あはせざらむやは」と思ひて頼みをかけたり。
あながちに心ざしを見え歩く。
これを見つけて、翁、かぐや姫にいふやう、「我が子の仏。変化の人と申しながら、ここら大きさまでやしなひたてまつる心ざしおろかならず。
翁の申さむこと、聞きたまひてむや」といへば、かぐや姫、「何事をか、のたまはむことは、うけたまはらざらむ。
変化の者にてはべりけむ身とも知らず、親とこそ思ひたてまつれ」といふ。翁、「嬉しくものたまふものかな」といふ。
「翁、年七十に余りぬ。今日とも明日とも知らず。この世の人は、男は女にあふことをす。女は男にあふことをす。その後なむ門広くもなりはべる。いかでかさることなくてはおはせむ」。
かぐや姫のいはく、「なんでふ、さることかしはべらむ」といへば、
「変化の人といふとも、女の身持ちたまへり。翁の在らぬかぎりはかうてもいますかりなむかし。この人々の年月を経て、かうのみいましつつのたまふことを、思ひさだめて、一人一人にあひたてまつりたまひね」といへば、
かぐや姫のいはく、「よくもあらぬかたちを、深き心も知らで、あだ心つきなば、後くやしきこともあるべきを、と思ふばかりなり。世のかしこき人なりとも、深き心ざしを知らぬでは、あひがたしとなむ思ふ」といふ。
翁のいはく、「思ひのごとくものたまふかな。そもそも、いかやうなる心ざしあらむ人にかあはむと思す。かばかり心ざしおろかならぬ人々にこそあめれ」。
かぐや姫のいはく、「なにばかりの深きをか見むといはむ。いささかのことなり。人の心ざしひとしかんなり。いかでか、中におとりまさりは知らむ。五人の中に、ゆかしき物を見せたまへらむに、御心ざしまさりたりとて、仕うまつらむと、そのおはすらむ人々に申したまへ」といふ。「よきことなり」と受けつ。
日暮るるほど、例の集ぬ。あるいは笛を吹き、あるいは歌をうたひ、あるいは声歌をし、あるいは嘯を吹き、扇を鳴らしなどするに、翁、いでて、いはく、「かたじけなく、穢げなる所に、年月を経てものしたまふこと、きはまりたるかしこまり」と申す。
「『翁の命、今日明日とも知れぬを、かくのたまふ君達にも、よく思ひさだめて仕うまつれ』と申せば、『ことわりなり。いづれも劣り優りおはしまさねば、御心ざしのほどは見ゆべし。仕うまつらむことは、それになむさだむべき』といへば、『これよきことなり。人の御恨みもあるまじ』」といふ。
五人の人々も、「よきことなり」といへば、翁入りていふ。
かぐや姫、
石作の皇子には、「仏の御石の鉢といふ物あり。それを取りて賜へ」といふ。
くらもちの皇子には、「東の海に蓬莱といふ山あるなり。それに、銀を根とし、金を茎とし、白き玉を実として立てる木あり。それ一枝折りて賜はらむ」といふ。
いま一人には、「唐土にある火鼠の皮衣を賜へ」。
大伴の大納言には、「龍の頸に五色に光る玉あり。それを取りて賜へ」。
石上の中納言には、「燕の持たる子安の貝取りて賜へ」といふ。
翁、「難きことにこそあなれ。この国に在る物にもあらず。かく難きことをば、いかに申さむ」といふ。
かぐや姫、「なにか難からむ」といへば、翁、「とまれ、かくまれ、申さむ」とて、いでて、「かくなむ。聞ゆるやうに見せたまへ」といへば、皇子たち、上達部聞きて、「おいらかに、『あたりよりだにな歩きそ』とやはのたまはぬ」といひて、倦んじて、皆帰りぬ。