中編ー3
短めです
漸く落ち着いた伯爵は目をはらしながら、今後についてティアの話を真面目に聞いてくれた。
「まだ、この伯爵家には監視がついています。そして、内部の人間の手によってヴィクトリア様は幻覚をかけ続けられ、廃人のような状態まで追い込まれたのだと思います。」
「なぜ・・・」
「犯人はわかりませんし、原因もわかりません。ただ、屋敷内の人間を誰一人として信じてはいけません。もしも黒幕に知られてしまえば、どうなるか予想もできません。」
ティアの言葉に伯爵は顔面蒼白になり、ヴィクトリアは思案顔になる。
「・・・お父様。使用人をテストしましょう。それで犯人があぶりだせるわ。」
「・・・どうやって?」
伯爵が娘の発言にいぶかしげな表情になり、おろおろする。ヴィクトリアはティアを振り返った。
「あなたの罪悪感を消してあげるわ。」
久しぶりに見たヴィクトリアの冷徹だがいたずらを思いついた時の微笑みだった。
伯爵家のホールに使用人が全員集められてた。
と、言っても、合計で25人しかいないが。
「皆、良く集まってくれた。私は、今日を持ってこの屋敷を出る。」
伯爵の急な言葉にざわめきが走る。
伯爵がティアを目視で指す。
「彼女は古の国から来た治癒術師。」
また使用人たちがざわめく。
「ヴィクトリアは・・・もう・・・手遅れだろう。天へと・・・」
「お待ちください!!」
一番前にいた執事が叫んだ。
それもそのはず。
ヴィクトリアの病状を考えれば、ここに治癒術師がいるということは、ヴィクトリアの死を公言することになる。
執事はすぐに気付いた。
娘を死なせ、伯爵も後を追うと。
そして、次々に気付き伯爵へと怒りの言葉を投げかける。
「お嬢様は生きてらっしゃいます!!」
「旦那様!どうか!!諦めないでくださいませ!!」
方々から伯爵への不満を訴える使用人たちが今にも詰め寄りそうに、じりじりと近づいて行く。
その中で一人、高らかに声を上げる女性が一人。
「みんな待って!伯爵様を責めないで!!」
侍女服を身にまとう女性。
「ヴィクトリア様が苦しんでいる姿を伯爵様が近くで見ていたのよ!お可哀想だわ。私たちが伯爵様をお守りしなければ!!」
周囲にいる使用人たちは異常者を見る目で彼女を見ていた。
侍女は少し驚いた表情をしながら、再度声を上げる。
「伯爵様!どうか・・・どうか!ご自身を責めないでくださいませ!!私たちが・・・私がついています!!」
そう言って両手を握り合わせ、上目遣いで伯爵を見上げる。
「・・・貴様か・・・」
伯爵の視線が急に鋭くなり、声も低くなる。
侍女は少しビクリとするも、言葉をつづけた。
「伯爵様の御心は良くわかっております!伯爵様は幸せになってよいのです!お嬢様もそう思っていますわ!!」
それでも伯爵の視線の冷たさが変わらず、侍女は後ずさる。
顔色も悪くなる。
「まさか・・・あなたが私に幻覚魔法をかけていたなんて」
「「お嬢様!!」」
使用人たちがいるはずのない人物を見て驚く。
ヴィクトリアがホールの小さな扉から入ってきた。車いすに乗り、イアンに押されながら。
自分の侍女だったはずの、ミーアの前に。
ミーアは目を瞠り後ずさり床にへたり込む。
「な・・・なぜ・・・魔法は効いていたのに・・・どうして・・・」
「なぜ?どうして私を裏切ったの?」
ヴィクトリアが優しく聞く。
ミーアは後ずさりながら首を振り、「違う」「ありえない」「殺される」とつぶやいていた。
埒が明かず、伯爵は驚いている使用人のうちの騎士たちに地下牢に入れるよう言った。
使用人たちに泣いて喜ばれたヴィクトリアは、その日のディナーを豪勢にされてまた具合が悪くなった。
泣いて動揺する使用人に苦笑しながら、ティアを呼び、病み上がりに言い食事内容をティアに聞くよう使用人たちに言った。
使用人たちの中には何人かティアのことを覚えている人々がいた。
久しぶりに会った、平民の度胸あふれた娘を使用人たちは暖かく迎えてくれた。
口々に「治癒術師になったんだね!」「立派できれいなお嬢さんになって!」と繰り返される。
魔力を使いすぎたティアはそのまま三日ほどヴィクトリアの家で休ませてもらい、魔力が復活して、ミーアの取り調べを行った。
と言っても読み取りの魔法を使ってだが。
彼女は“真っ黒の何か”に命令されてヴィクトリアに少しずつ幻覚魔法をかけていた。
そして、ずっと伯爵に懸想しており、ヴィクトリアが死んだら次は伯爵に幻覚魔法をかけようとしていたらしい。
ヴィクトリアの病状が悪くにつれ、伯爵がミーアに優しくなったため、伯爵もミーアを愛していると思い込んでいたらしい。
実際は娘を心配するあまり、何も考えていなかったのだが。
「帝都に戻るの?」
尋問が終わり、ヴィクトリアとお茶をしていた時に聞かれた。
ティアはカップを置いてヴィクトリアを見る。
「・・・私は、あなたをこんな目にあわせた人も許せないし、シュウをあんな目にあわせた人も許せない。それに・・・両親を殺した奴も許さない。」
「復讐は・・・何も生まないわよ?」
視線をティーカップに向けていたティアは目を上げた。
その瞳には光はなく、何の感情もない。ただ、冷酷で無情な光しかなかった。
「あなたには一生理解できないわ。温室で育ったお嬢様には。理不尽な皇帝も、権力に固執する貴族も、彼らが愛する帝国も。辛い目にあったからって、あなた方は衣食住をある程度約束されている身分だわ。貴族には貴族の辛さがあるかもしれないけれど、国を優先で考えられるということは、結局貴族で帝国を愛せるほど大事にしてもらっている証拠だわ。」
「そんなこと・・・」
「ないって言える?理不尽な理由で目の前で両親や・・・大切な人たちが殺される姿を見たことがある?理不尽な理由で追いかけられたことは?」
ヴィクトリアは黙りこくった。
「・・・あなたは、国民と理解しあえる人だと思ったの。柔軟なひとだと。帝国は荒れきっているわ。罪もない国民の命が奪われて行っている。私は商会を立ち上げて、いろんな国とコネクションを持ったけど、国同士が交流しているわけではないわ。いつどの国がどの国を狙うかなんてわからない。隙を見せれば、国同士の争いなんてすぐに起こってしまうわ。そのたび傷つくのは、力も地位もない国民。」
そこで一呼吸を置く。
「確かに私が商会を立ち上げたのは復讐のため。けれど、今はそれだけではないわ。多くの国を見てきて、豊かな国もあれば貧しい国もあった。みんな生きるのに必死だった。なのに、貴族ってだけで平民を虐げるのは許されることじゃないわ。
平民が貴族に尽くすのは守ってもらえるからよ。ギブアンドテイク。なのに、貴族は自分たちを守ることしか考えていない。」
ティアは立ち上がった。
「・・・あなたはしっかり療養して。私と入れ替わりに人が来るから、彼の治療を受けて。歩けるようになると思うわ。」
ティアはそう言って、ヴィクトリアの自室の等身大の鏡からイアンを連れて宿へと戻った。