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中編ー2

鏡の前に立ち、鏡に術式を書き出す。

「ティア・・・彼女を見ても怒ったりするな。・・・かなりひどい・・・」

ラファエルの言葉に一度手を止め、鏡の自分を見つめながら頷く。


術式はヴィクトリアの部屋に直接繋げた。一度だけ行ったことがあったから。

方向や位置、方位などの魔紋をかいて行く。



術式をかいた鏡に手を触れる。

緊張して手が震えた。

鏡に魔力を注ぐ。


この魔法は距離が決まっているのと、一度行ったことがなければ術式が書けないのが欠点だ。



鏡を通ってヴィクトリアの部屋の鏡に続く。

部屋に降り立つ。


あたりは薄暗い。

湿度が高いのがじめじめしており、うつうつとするような雰囲気であった。


ティアは鏡を出て床に足を下ろし、そのまま歩く。

等身大の鏡だったため、ここはヴィクトリアの部屋の本室だろう。


そのまま奥へ進む。


ベッドに人影がある。

そこには、クッションに腰掛け、瞳に光が宿らず、目は開けているが焦点が合わないヴィクトリアが座っていた。





すっかり痩せこけ、暗くてもわかるほど顔色が悪い。

ティアたちが部屋に入ってもピクリとも動かない。


「・・・これは・・・“あの魔法”でどうにかなるか・・・?」

イアンが気まずそうに言った。


「ここまで侵されてるから、“あの魔法”しかないわ。」


「伯爵を説得できるか・・・」


「するしかないわ」



ティアは決意を胸に秘め自分の髪に手を触れた。

以前のように髪の色が艶やかな藁色に変わる。


そのままヴィクトリアの部屋を出た。


ティアはまるで自分の家であるかのように堂々と歩いて伯爵の執務室の前に立った。

扉をノックする。

返事があり、ティアは扉を開け中に入った。



執務机に肘を立て、うつむいていた伯爵がおもむろに顔を上げた。


「・・・メイドじゃ・・・ない・・・っまさかっ!」

バンっと執務机に手を当て立ち上がる。大声を出そうとして、イアンに素早く口元を抑えられた。


ティアはゆっくり伯爵に近づく。

「モーフィスト伯爵。私のことを覚えていませんか?」


ティアの言葉にいぶかし気な表情になる。


「学院でヴィクトリア様と仲良くさせていただいていた、ルアン=ロシェです。」


その言葉にティアのことを覚えていたのか伯爵は目を瞠る。


イアンが静かに口元から手を離す。


「・・・覚えている・・・。平民にも拘わらず、度胸がある少女だった。」


伯爵の言葉にルアンは久しぶりに()()()の微笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。」

「ああ・・・どうして・・・君はいなくなったと、風の噂で聞いた。メイウス家のご令嬢も何度か訪ねてきたよ。」


「・・・私は、古の国にいました。」


何が何だかわからないのだろう。

伯爵は混乱したような面持ちでおろおろしていた。


順を追って説明した。彼は信頼できる。

私は知っていた。伯爵も、令嬢であるヴィクトリアも信頼できると。だからこそ、彼女に皇后になってほしかった。

でも、それは私の計算違いだった。

敵の勢力が思った以上に強かったのだ。



ティアは自分の本当の名前、ルクレティアナを教えた。


「・・・ルクレティアナ・・・それって・・・」


ルクレティアナ。

それは貴族にしかつけられない名前の一つ。

そして、ティアの持っている母の形見。これは貴族にしか持つことを許されていない、帝国のペンダント。


「私の母は、アンディオン王国のクライシス公爵家の私生児でした。そして、帝国で侍女をしていました」

その言葉に伯爵は驚きを隠せない表情になる。


「アンディオンのクライシス公爵って・・・まさか、君は・・・」








ウィリアム=モーフィスト伯爵は若かりし来ころを思い出した。

帝国での2大スキャンダル。




帝国のソーマ侯爵家は元々、皇家の傍系の血筋であった。

国内でも発言力もあり、力のある名家。

その家の嫡男が恋をしたのは、アンディオン王国クライシス公爵家の私生児だった。




彼女の名はサメイラ。

サメイラを愛したケルビムはどうにか結婚したいと、当時の当主である父に願い出た。

父は嫡子なら構わないが私生児ならだめだ、との一点張りでケルビムに婚約者をあてがった。


しかし、ケルビムはサメイラを諦めきれず囲うことに決めた。


それを知った父は当時の皇后に進言し、サメイラを宮廷の下働きにしたのだ。


そこで計算違いがおきる。

サメイラは元々公爵家でも虐げられていたため、人の感情の機微にとても聡かった。

そのせいで、当時の皇太子妃、現皇后のロディエンヌに気に入られる。


皇后に虐げられながらも、サメイラはロディエンヌと皇太子に信頼され守られ始める。



サメイラが宮廷に売られたことを知ったケルビムは、サメイラに会いに宮廷に行くようになる。

そこで、皇太子から騎士として見いだされ側近となった。


婚約者がいながらもケルビムはサメイラを愛し続けた。

そのころ皇太子のスキャンダルで帝国中が揺れに揺れていたため、二人の恋愛はそこまで大きくとられなかったのだが・・・。


その後に事件が起きた。


皇帝が退位を表明し、皇太子が皇帝になった。即位とともに愛妾だったエリスを側室にし、第1皇子が生まれた。


その同時期に、ケルビムはサメイラがケルビムの婚約者の指示によって襲われたことを知り、婚約破棄を宣言した。

その直後、サメイラは失踪し、ケルビムは一時期屋敷に籠り外界との交流を遮断したそうだ。





伯爵は昔に思いを馳せ、そしてハッとする。


「君の瞳は黄緑ではなく、エメラルド・・・まさか」


そう。

帝国の貴族は瞳の色が宝石に近い色で生まれる。

ティアは紛れもなく“エメラルド”の瞳だった。


そして、現ソーマ侯爵のケルビムも同じエメラルドだ。



そこでティアは自分の魔法を解く。

ピンクグレージュの髪の毛がエメラルドの瞳を際立たせる。


伯爵は目を瞠る。

自分の知っている人物に似ている。

しかも、二人。


そこでティアは微笑んだ。

「私、実父に似ているんですけど、養父にも似ているんです。」


帝国で最も古参の貴族アローシェン伯爵家。

アローシェン伯爵家の先代当主の変わり者の長男。


ピンクグレージュの髪にエメラルドグリーンの瞳を持っていた。

ティアの養父、シオル。いや、シオリア=アローシェン。


「君は・・・一体・・・」


「何者かは私にもよくわかりません。ただ・・・私にはヴィクトリアを助けることができると思います。」


そう言った瞬間、伯爵の顔からごっそりと表情が消えた。


「・・・多くの治癒術師に見てもらったが、よくなるどころか悪くなる一方だ。今はもう、私すら認識しなくなった。」

伯爵の声に温度はなかった。


何も考えたくない。

全てを忘れたい。

逃げだしたい。

死んでしまいたい。



まるで、以前ティアが感じた感情と同じ感情を抱いているかのような。



「言ったはずです。私は“古の国”にいたんです。不可能を可能にできる。」


「無理だ。・・・もうあれは・・・」


取りつく島のない状況であった。

そこでこの場を打開したのは、ずっと黙りこくっていたイアンであった。


「伯爵様。こちらは、ロシエール商会の商会長です。彼女は今まで多くの不可能を可能にしてきました。いくら領地に籠っていてもロシエール商会の噂くらいは耳にしたはずです」


「ロシエール・・・まさか・・・」

伯爵は腰から力が抜けたのかその場に座り込んだ。


「・・・私を信じてください。」








伯爵の後ろをティアとイアンがついて行く。

部屋には先ほどと同様に動かないヴィクトリアのみだった。


ティアはヴィクトリアの寝室の床に術式をかいて行く。

量が多いうえ、難しいものだ。

少し考えながら書いて行く。


20分ほどでようやく書き終わる。


「では、伯爵様。この術式の上に、血を2~3滴落としてください。」


伯爵は言われたとおりにする。手元にあった小刀で自分の手のひらを切り、そのまま出てきた血を垂らす。


ティアが術式に魔力を送っている間、イアンがヴィクトリアを抱き上げ術式の真ん中に寝かせる。


術式に光がともり、そのまま光の柱となりヴィクトリアを包む。







ここはどこ?

なぜここにいるの?


ヴィクトリアは真っ白な、何もない世界を見回していた。


『ヴィクトリア』


『だれ?』


『ルアンだよ』


『ルアン?』


『私どうしたの?』


『第1皇子の剣に刺されたの。覚えてる?』


『・・・そういえば・・・もしかして死んだの?』


『いいえ。生きてる』


『・・・メルドーバン先生が来て大丈夫だ、良くなるって言ってくれたら、少しずつ暖かくて痛みも消えて行った。』


『その後、誰かに幻覚魔法の操縦をかけられたみたい。』


『・・・なんとなく覚えている。少しずつ意識がもうろうとしていったわ。結局話せなくなっていて・・・』


『・・・ごめんなさい』


『どうして?』


『私が皇后になれなんて言ったから・・・』


『あら。そんなこと?結局は私も自分がなるべきだと考えたと思うわ。ロレッソ殿下の性格を鑑みても、私が一番彼にあわせられるもの。』


ティアが何も言わないと、ヴィクトリアが破顔笑いだした。

『そこにいたのね。さあ姿を見せて。』


ティアはその言葉に、ヴィクトリアの前に姿を出した。


『あら、その姿で会うのは久しぶりだわ。ずいぶんきれいになったわ。何年たったのかしら。あなたは今何しているの。』


『それは・・・あなたが目を覚ましてから教える。私の魔力がもたなくなるから。』


『私はどうすれば良いの?』


『何もしないで。少し苦しくなるかも。でも頑張って。目を覚ますことだけ考えて。』


『わかったわ。私の手を握っててくれる?』


ティアは黙ってヴィクトリアの手を握る。






ティアは横たわるヴィクトリアの手を握りながら、床に書いた術式に魔力を送る。

光の魔法、火の魔法、風の魔法、水の魔法、土の魔法、磁波重力の魔法、読み取りの魔法、幻覚の魔法、そして失われた魔法。

全ての魔法を術式に送り込む。



ヴィクトリアは冷や汗をかきだし、胸を掻き毟り始める。

心配した伯爵は駆け寄ろうとするが、イアンに止められた。


暴れるヴィクトリアの手を握りながらティアは途切れることなく魔力を送り続ける。



ヴィクトリアの動きが急に止まった。

彼女を包む光も徐々に消える。


顔色が悪くなったティアが静かに目を開く。


「ちょっと苦しい・・・ですって・・・?ちっとも・・・ちょっとじゃ・・・ないわ」


ヴィクトリアのか細い声にティアは笑った。


「ごめんね。ヴィクトリア様。おはよう。」


伯爵が駆け寄り、目を開き微笑む娘に涙を流しながらすがる。


「何もできない父ですまない。ふがいない父ですまない。お前を死なせるべきかも迷った。辛かっただろうに・・・」


泣きじゃくり、良くわからないことを呟きだす父にヴィクトリアは笑いだす。


「お父様。ずっとそばにいてくれてありがとうございます。私はお父様の選択に感謝していますわ。」


涙の止まらない父を、ヴィクトリアは優しくなで続けた。






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