中編ー1
「ラファエルは?」
ティアとファシエールが黙ってコーヒーを啜っていたら、ファシエールがふと朝のことを思い出して、ティアに聞いた。
ティアが朝食後にラファエルにこそっと何かを言って、ラファエルは宿を後にした。
「ある人の行方を知りたくて、ラファエルに頼んだの。まあ、いる場所は知っているけれどどうなっているかを知りたかったの。」
ティアは、無表情のまま答えた。
それ以上詳しく言わずとも、ずっとティアと一緒にいるファシエールには誰のことかすぐにわかった。
その時、ティアのバッグから音が鳴る。
バッグを見ると、遠話機が光っていた。
ペンのようなものを取り出し、光っている部分をおした。
『ティア?今大丈夫?』
「ええ」
防音魔法をかけているため、外に声は漏れない。そして、帝国内には遠話機なるものが知られていないためまさか遠話機で話しているとはばれない。
『どうやら関所でロシエール商会を名乗ったせいか監視がつけられているみたいなの。とりあえず部屋でじっとしてるわ。誰か来ても居留守を使っているけど、乗り込まれたらバックレる?それとも、大人しく捕まる?』
カリオペの言葉に少し思案する。
「とりあえずこっそり逃げて。捕まれば何されるかわからないし。イアンが来るまで何とか持たせるわ。」
『わかった』
遠話機の通信が切れた。
「ファリア?」
ファシエールが聞く。
「カリオペ。監視がついてる、って。」
遠話機は通信を受けている人にしか聞こえないような術式にしている。
そのため、目の前に座るファシエールには聞こえなかった。
「帝国は全ての覇権を自分のものにすることしか考えていないのね。」
ファシエールが呟く。
ティアも同意だった。帝国は自分たちのことしか考えていない。特に皇族。
他国に比べ、帝国は貧困の差も激しければ、大きすぎる広大な国域。
守り切れもしないし、発展させることもできていない。
国境沿いは、やはり有能な貴族が多いが、中間地点の領地などは無能な貴族の重税で苦しんでいる領民が多い。
帝国は見た目しか判断しない。中身に興味などないのだ。だからこそ、自分たちがいかに潤っていて恵まれているかを他国に見せたがる。
帝都の市場がその代表である。
平民でありながら、身なりが綺麗だし、満足そうな幸せそうな表情をしている。
しかし、ティアが集めた情報では帝都から離れていくにつれ、人々は疲弊し、目に光もなければ、暮らしも苦しそうなのが見てわかるそうだ。
長い歴史を持つ帝国。最盛期などとっくの昔に終えている。発展をしない国は終焉しかない。
ティアはため息をついて防音魔法を解いた。
これの嫌なところは、外界との遮断になってしまうため、こちらも外界の声が聞こえない。
だから知り合いが近づいてもなかなか気付けないのだ。
「来週の舞踏会に正式なプロポーズをするそうよ。」
ティアの後ろから懐かしい声が聞こえた。
「・・・怒っているのか?」
「わたくしには関係ないですもの。お好きになさればよいのですわ。」
「・・・エリザベス様は、ソーマ侯爵令嬢がお義姉様になるのはお嫌ですか?」
「だって・・・あのフレイラ様の妹様よ!ロレッソ殿下の婚約者が結局自分の姉になったことで、仕方なくお兄様に婚約を打診されたのよ!絶対にいや。」
ティアは膝に置いていた手でドレスを握りしめた。
感情の波がティアを蝕む。
瞳を伏せ、自分の中で荒れる魔力を抑える。
深呼吸をする。
大丈夫だと思っていたけど、“ソーマ”の名を聞くだけで、こうも怒りが沸くとは・・・
「ティア」
ティアの肩に誰かの手が触れた。
ティアが少し顔を向けると、そこにはブルーグレージュの髪色をした青年が立っていた。苦笑している。
静かにティアの隣に座る。
「この国の人にはわからないけれど、ある程度の人にはバレるから気を着けて。」
こそっと言われた。
魔力が漏れ出ると、いろんなものに影響を及ぼす。
それが魔獣の正体であった。
マナがない人の魔力や、マナが小さくて魔力をコントロールできない人などから漏れた魔力が、生物に影響を及ぼし魔獣が生まれるのだ。
これも、古の国で知った事実だった。
さすがにこれを知った時は怒った。もっと早くこれを諸外国に広めてくれれば、と。
しかし、賢者に冷静に返された。
誰がそれを信じる、と。
父さんを思い出した。いや、養父か。
「ティア?」
隣に座った青年がティアの顔を覗き込んだ。
「イアン・・・大丈夫だから、近い。」
近づいたイアン=ロビンスの顔を突き放す。
隣でくすくす笑い出すイアン。
何が面白いのか。
ティアはくすくす笑うイアンを睨んだ。
「・・・ファシーは見慣れているかもしれないけど、僕らからすればティアは常に無表情で冷静で、動揺することがないでしょう?だから、怒ったり不貞腐れたりするティアが新鮮なんだよ」
イアンが微笑むと、周囲からため息が漏れる。
周りの席に座っている女性たちがイアンを見つめていた。
艶やかに流れる少し長めのブルーグレージュの髪を後ろで束ね、アクアマリンの輝きを持つ瞳、そして、整った顔立ちは多くの女性たちを虜にしてきた。
ただ、彼の性格を知っているティアたちからすれば、上辺に騙されるな、と言いたくなるような、冷徹で容赦のない性格を教えてあげたいと思ってしまう。
「そろそろ、ラファエルが来る頃だから戻りましょう」
ティアの言葉にカフェを後にした。
ティアは知らない。
カフェの中から、歩き続けるティアが見えなくなるまで見つめている人がいることなど。
宿の部屋に入った時ちょうど鏡からラファエルが入ってきた。
「お!イアン!久しぶりだな!!」
普段不機嫌な顔しかしないラファエルが嬉しそうに微笑む。
二人が久しぶりの再会を祝って抱擁をし、楽しそうに話し始めたところをティアが遮った。
「悪いけど後にして。ラファエル、報告を。」
ティアの表情が商会長になっていたため、ラファエルも真剣な表情になり姿勢を整える。
「言われた通り、モーフィスト伯爵家の領地に行ってきた。どこもかしこも帝国の騎士団に監視されていた。伯爵もその家族も全員領地内の屋敷に軟禁状態だ。使用人も外出する際に身体検査をされていた。どうやら、逃げていく使用人が多くて、残っているのは長く勤めている忠誠心の強いものだけらしい。」
ラファエルの言葉に、ティアが纏うオーラが徐々に暗くなる。
「伯爵はまともそうだったが・・・」
ラファエルが言いづらそうにすると、ティアは一層声を低くした。
「伯爵は?」
「・・・伯爵は・・・。令嬢のヴィクトリアは・・・廃人同然だった・・・」
ティアは5年前の自分を思い出す。
知らぬうちに幻覚魔法をかけられていた。
古の国で魔法について多くの知識を付けたティアは、魔法の恐ろしさを学んだ。
使い方を間違えれば、人の精神を壊す。
特に幻覚の魔法と読み取りの魔法は、使い方や種類によって、人を生きたまま死なせることもできる。
ティアも“彼が”気づかなければそうなっていたかもしれない。
「・・・伯爵家には後で私が行くわ。」
ティアの言葉にその場にいた全員が止めた。
「やめたほうが良い。急に現れても信じてもらえないだろうし、危険だ。」
ラファエルが。
「ファリアたちが監視されているなら尚更下手に動かないほうがいいわ・・・」
ファシエールが。
「・・・“ルアン”として会いに行くわ。元々長くいた使用人しか残っていないなら、私の顔を覚えているはず。それに、“あの魔法”はここにいる中では私しか使えない。」
「・・・だったら僕も一緒に行こう。」
「イアン!」
「ティアが“あの魔法”を使うなら、僕がいたほうがなにかと便利だ。それに、ティアを一人にさせないと“あの方”に誓った。」
結局、ティアはイアンを伴ってヴィクトリアのもとを訪ねることになった。