32話「神様」
拓海が言っていた、一度目の人生で小学生のときに通っていたという神社が気になっていた。
あれから縁結び、神社というワードで調べてみたけど、めぼしい情報はなかった。
そんなとき、拓海からお誘いがあった。
「例の神社、行ってみようぜ」
そんなことを言い出したのだ。
「たどり着けるかな?」
「裏山って行っても小さい山だし、すぐだろ」
などと余裕ぶっている。
確かに、小学生のころよく遊んでいたあの裏山、山と言っても三十分もあれば登って帰って来れるぐらいの小さな山なのだ。
中で迷うこともまずないだろう。
拓海が言っていた神社も案外すぐに見つかるかもしれない。
「じゃ、行こうか」
今度の週末に、と約束をした。
後夜祭の日に花火の下でドデカボイスでとんでもないことを言い放ったあとベロチューまでかました拓海と、その彼女である私はずいぶんと有名人になってしまった。
廊下を歩けば「ほら、後夜祭でイチャついてた二人」とヒソヒソされるほど。
勘弁してほしい。マジで勘弁してほしい。
恥ずか死してしまう。
そんな調子で迎えた週末。
「行くぞー」
「うぃっす」
拓海の掛け声にやる気のカケラもない返事をする。
山に入るけど、冬になりかけの今の時期は花も緑もなにもない。
その代わり虫もいないので快適と言えば快適だ。
ずんずん進んでいく拓海と違い、私は懐かしさからキョロキョロと辺りを見渡しながら進んでいた。
拓海に引きずられて裏山に来たことは何度かある。
多分、そのときに裏山と繋がっている神社を見つけたのだろう。
ふと視界に人影がいたような気がして足を止めた。
しかし、辺りを見渡しても人はいない。
「気のせい……?」
首をかしげて、はてと気づく。
拓海がいない。
私がノロノロ進んでいたせいもあるけど、拓海の足が速いのも悪いと思う。
そもそも体格差があるのだから、歩幅も違う。
あんなスピードで歩いていれば私なんぞあっという間に置いていかれてしまう。
とは言え、一応はぐれた連絡でも入れようとスマホを取り出し、小さく声を上げる。
「圏外だと……!?」
え、そんなことある?
こんな小さい山で圏外? あまりにも電波が弱すぎやしないか。
しかし、頼りのスマホが圏外、頼りの拓海とはぐれたとなると話は別だ。
私はどうやって帰ったらいいのだろう。
歩いてたら着くのかな?
でも山で遭難したら下手に動かないほうがいいとも聞く。
いやいやこんな小さい山で遭難とか……ないよね? あったら逆に笑い者だ。
「た、拓海ー?」
とりあえず呼んでみる。
返事はない、ただの屍のようだ。
なんてふざけている場合ではない。
私がこの裏山に入ったときはいつも拓海がそばにいた。
一人で入ったことなんてないので、当然道もわからない。
どうしよう……。
「おい」
「ひぃ!?」
突然背後から声をかけられ、比喩とかでなく十センチほどその場で飛び上がる。
恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは髪の長い男……? っぽい人だった。
ひょろりと背が高く細いので、男か女か区別がつかない。
おまけに声は中性的ときたもんだ。
「お前、道に迷ったのか」
「あ、はい」
「付いてこい。道まで案内してやる」
なんか……口調は乱暴だけど優しいな。
歩幅が狭くて歩くのが遅い私に合わせてくれているのか、時々振り返って付いてきているか確認してくれる。
長い髪を下ろしているから顔はよく見えず、ぱっと見貞子のようにも見える。
前見えているのかな……なんて、いらぬ心配をしてしまう。
「ここから真っ直ぐ歩けば道が見える」
「あ、ありがとうございました」
ぺこぺこと何度も頭を下げる。
謎の案内人の横を通り過ぎる際、あのときと同じ声が聞こえた。
「やり直してよかったか?」
「えっ――!?」
反射的に振り返る。しかし、振り返った先には誰もいなかった。
さっき私が横を通り過ぎたはずの、謎の案内人の姿も。
ドクン、ドクンと心臓が跳ねる。
さっきの声は、私が死にかけているときに聞こえたときのものだ。
背中にじわりと冷や汗がにじみ、足に根っこが生えたようにその場から動けなくなる。
「いおり? あ、いおり!」
拓海の声にはっと顔を上げると、目の前に拓海が立っていた。
心配そうな顔で私を見ている。
「ごめん、オレ速すぎたか? いおりの姿、途中で見えなくなって……」
「たく、拓海……私、今すっごい不思議体験した……」
「は?」
ドキドキと跳ねる心臓を深呼吸で落ち着かせ、なんとか拓海に今起こったことを話す。
見知らぬ人が道を案内してくれたこと。
横を通り過ぎるときに聞こえた声が、死に際に聞こえたあの声だったこと。
私のたどたどしい説明を聞き終えた拓海は、うーん、と考え込む。
「オレさ、探したんだけどなかったんだよ、神社。だからその神社の神様だったりして」
「えぇ……そんなファンタジーなことある? 神様を装った不審者かもしれないよ」
「いおりって妙なところで現実的だよな……でも、同じ声だったんだろ?」
「それはそうだけど」
二人してうんうん考え込んでみるけど、答えは出そうになかった。
もしあの謎の案内人が本物の神様だとして、どうして私の前にだけ姿を現してくれたのだろう。
まさかずっと気にかけてくれてたとか?
だとしたらとんでもなく優しい神様だ。
神社を見つけたら、お供物をしなくては。
しかし、その後も拓海と一緒に神社を探すも見つからなかった。
二人して狐につままれたような顔で帰宅した。
そろそろ冬休みかというころ、廊下で一人の男子に呼び止められた。
「藍月、ちょっといいかな」
振り返ると、そこにいたのはもっさりとした黒髪のイケメンだった。
髪型がとても惜しい。
もっと整えたら結構なイケメンになるだろうに……。
それにしてもなんの用だろう。私はこんな黒髪イケメンの知り合いなんていないけどな。
「いいけど」
「よくない。オレも行く」
のしっと体重をかけてくるのは隣にいた拓海だ。
重たい。お前自分が何キロあると思ってるんだと文句を言いたくなる。
「なんで」
「だってそいつ男だぞ」
「だからなに?」
「オレが嫌なんだよ」
むっすー、と唇を尖らせ、あからさまに不機嫌ですオーラを発する拓海。
声をかけてきた黒髪イケメンが気まずそうにしている。
「ごめん、ここで話そうか?」
「いいよ、拓海置いてくから。はい離れて」
「なんで」
「誰にでも聞かれたくない話の一つや二つあるでしょ。昼休みは一緒にいるからさ」
「……すぐ帰ってこいよ」
「うんうん、すぐ帰ってくるよ」
めちゃくちゃ不服です、みたいな顔で拓海が離れたので黒髪イケメンにはよ行こうと目配せして歩きだす。
後でベタベタくっついてくるだろうなぁ……。
ちょっと遠い目になってしまう。
着いたのは空き教室だった。
「藍月、僕のこと覚えてる? 去年同じクラスだったんだけど」
そんなことを言われ、私は頭をフル回転させる。
しかし、一年のときに同じクラスだった男子で黒髪なんて多すぎて覚えちゃいない。
「えっ。……ごめん、私人の顔覚えるの苦手で……」
どう頑張っても思い出せなかったので大人しく謝ることにした。
黒髪イケメンは小さく笑い「気にしないで」と言ってくれた。優しい。
「報告って言うか、藍月には伝えたくて」
「な、なんでしょう……?」
「僕、紀田に告白するよ」
そう言って黒髪イケメンは満足そうに笑った。
と、同時に脳裏に一人の黒髪男子が浮かんだ。
もしかして君は、紅葉狩りのときの黒縁メガネくん……!?
えぇー! あの重たそうなメガネ外すだけで全然顔違うけど!?
というかこの学校の顔面偏差値、ホントにどうなってるんだ。
「そ、そっか」
「藍月が、変われるって言ってくれたから。僕、変わるよ」
それだけ言うと、ペコリと頭を下げて黒髪イケメンは行ってしまった。
なんというか、なんというか、美琴ちゃんにも春が来る感じ?
嬉しいやら私が緊張するやらで、一人でニヤついてしまう。
そっか、そっか。
私の言葉で変わろうって思ってくれたんだ。
それはなんだか、とっても嬉しいことだった。
るんるんと教室に戻ると拓海と目が合った。
じとぉ、とした視線を感じてへへ、とあいまいに笑っておく。
昼休み、人気のない中庭にでも行くか……と、遠い目になってしまった。




