31話「後夜祭」
「へぇ。そうなんだ」
陸兄さんの声は平坦なもので、表面上は落ち着いているように見える。
しかし、私は地雷が敷き詰められた地面を歩いている気分だ。
拓海と陸兄さんがバチバチしている間に湊くんがくいくいと袖を引っ張ってくる。
「ちょっと姉さん! 拓海くんと付き合ってるってホントなの?」
火花を散らしている二人を刺激しないためか、小声だった。
「ああうん。ホント」
「はぁ……捕まったんだね」
我が弟ながら言い方キツいな。
幼なじみと付き合いだすことを捕まったとか物騒な言葉で言い表さないでほしい。
湊くんはしかめっ面のままだ。
「ま、拓海くんに限って浮気とかないだろうけどさ。束縛キツいと思うよ」
「聞こえてンぞ湊」
「なんのことー?」
ひそひそと話し合っていたら拓海が低い声で湊くんを脅すが、成長して強かさが身についた湊くんもかわいくすっとぼける。
うわぁ。なんで私この三人に挟まれてるんだろう……。
「拓海くん」
「なんすか」
「いおりちゃんのこと、本気で幸せにできるの?」
真剣な眼差しで拓海を見つめる陸兄さんに、拓海も真っ直ぐ見返している。
え、えぇー。
陸兄さん、ここが教室のど真ん中だってこと忘れてない?
めちゃめちゃ注目の的だし、なんなら他の教室からも野次馬のぞいてるんですけど!?
穴があったら入りたい。
私なにもしてないけど、一番の被害者では!?
もはや離脱することも叶わず、死んだ目で行方を見守るしかない。
「……するさ。今度こそ、オレは間違えない」
拓海はハッキリと言い切った。
しばらく睨み合うように二人は見つめ合っていたけど、やがて陸兄さんが小さく笑った。
「なら、いいよ。まぁ、正直拓海くん相手は気に食わないけどね」
「そうだよ。ボクも拓海くんは嫌だな」
「あ?」
「拓海ー! そろそろ裏に戻ったほうがいいんじゃないかなー!」
わざとらしく大きな声でそう促すと、拓海は最後まで二人を睨みつけながら裏に戻って行った。
寿命十年ぐらい縮んだ気がする……。
拓海を挑発するだけして、陸兄さんと湊くんは帰って行った。
二人とも「様子見に来ただけ」らしい。
なんて心臓に悪いことをするんだ。まだドキドキしてる。
嵐のような時間が去り、そのあとはなんかもうよく覚えていない。
ひたすら「いらっしゃいませ」を繰り返していただけのような気がする。
一日目に地獄のような時間が流れたおかげか、このあとはそこまで緊張せずに過ごせた。
三日間の文化祭が終わり、後夜祭が開かれる。
後夜祭ではグラウンドの中央でどデカいキャンプファイヤーをして、それを囲みながら踊ったりするリア充陽キャ向けのイベントだった。
陰キャオタクは大人しく教室で後片付けでもしておこうと思う。
そもそも私のような人間が文化祭で接客係を最後まで務めたこと自体奇跡のようなものだ。
ちなみにこの後夜祭では花火も上がるんだとか。
男女のペアで踊っているときに花火が打ち上がると、そのペアは幸せになれるとかありがちな伝説もあるとかなんとか。
微塵も興味がわかないのでキャンプファイヤーが始まる前に帰ってしまおうかと思えてくる。
美琴ちゃんにはお誘いが殺到しそうな気がするなぁ、とぼんやり考える。
「いおり、一緒に踊らね?」
「私をあんな陽キャの巣窟に連れて行く気か?」
断られるとは思ってたけどまさかコイツ本当に断るとは、みたいな顔で拓海が不満そうに唇を尖らせた。
「嫌なの」
「イヤ」
「どうしても?」
「ヤーダー」
デカくてゴツいかわいくない拓海がかわいこぶって見つめてくるので、イヤイヤと首を横に振る。
「だって……せっかく好きな子と踊れるのに」
ポツリと呟き、しょんぼりと視線を落とす拓海にないはずの犬耳が見える。
デッカい犬が耳をぺしょりと下げて落ち込んでいるように見え、かわいくないのにかわいく思えてくる。
くっ、なんてあざといことをするんだ……!
拓海のくせに、拓海のくせに!
悔しいやらかわいいやらで心の中がジタバタする。
そんなわかりやすく落ち込まれるとさすがに罪悪感が刺激される。
落ち込んだままチラチラと視線を向けてくる拓海をチラリと見る。
「……ちょっとだけなら」
「ホントか? やった!」
ぱあぁ、とまたまたわかりやすく目を輝かせる拓海に不覚にもキュンキュンきてしまう。
なんだコイツ、かわいいな。
これが尊い、というものか……。
すぅぅ、と息を吸って尊みを肺いっぱいに吸い込む。
「花火、一緒に見ような」
「ん」
ええい、もうこうなったらヤケクソだ。
花火が上がる時間帯は確実に人混みが予想される。
しかし今さら踊ってやるけど花火は見ない、とは言えないので大人しくうなずいておく。
拓海が嬉しそうにしている姿を見るのも悪くないしね。
後夜祭が始まると、グラウンドの中央に巨大なキャンプファイヤーが設置される。
パチパチと火花を散らしながら夜空へ燃え上がる炎は幻想的で美しい。
炎を囲む生徒たちも浮足立っている様子だ。
しかし、周りにいる生徒のほとんどがカップルかと思って構えてたけど、意外と女子同士とか仲良しグループで集まっている子も多かった。
「お手をどうぞ、姫」
拓海が茶化してそんなことを言いながら手を差し出してくる。
私はクスクスと小さく笑う。
「王子様みたいだね」
そうからかってやると、拓海も小さく笑った。
拓海の手を取り、ステップを踏んで踊りだす。
とはいえ、踊り方なんてよく知らないのでテレビで見ただけの即席のものだ。
くるくるとその場で回って見せると、拓海が「上手い」と楽しそうに笑った。
タン、タン、とスキップのように飛んで跳ねる。
拓海の手を取りくるりと一回転、腰を反らせてセクシーに。
踊ってみると、周りの目なんて気にならないものだった。
爆ぜる火花が空から降り注ぎ、まるで星々の中で踊っているような気分になる。
炎のやわらかい明かりに照らされた拓海はいつも以上にカッコよく見える。
目を細めて見つめてくる拓海の全身から”好き”を感じて心臓がドキドキとうるさく跳ねる。
頭上で破裂音が響き、ビクリと肩が跳ねた。
「花火だ……!」
打ち上がった花火は虹のようにカラフルで、同じように空を見上げる拓海の瞳に写り込んでキラキラと輝いている。
わぁ、とため息が漏れる。
ドーン、ドーンと地響きのような音と共に空に大輪が咲く。
しばらく花火に見惚れていると、不意に拓海に抱き寄せられる。
「いおり! 今度こそ幸せにするって誓うから!」
花火の打ち上がる音に負けない大きさで叫ばれ、絶対周りにも聞こえただろという突っ込みを入れる余裕などなかった。
私は全身が沸騰したお湯のように熱くなり、瞳は涙でにじむ。
一度目は、二人とも間違った選択だったと思う。
私は拓海の想いを傷つけたし、拓海は私の意思を無視した。
お互いが自分勝手な気持ちで動いた結果、あのような悲劇が起こってしまった。
一回死んだのに人生やり直せるなんて経験、中々ないことだ。
だから、今度こそ間違えないと決めた。
私も、拓海も、未来を掴んだんだろう。
二人で歩む幸せな未来を、今度こそ。
「約束だよっ」
ぎゅうっと拓海にキツく抱きつく。
この手の中にある温もりが、消えてしまわないように。
「いおり、キスしていい?」
「ヤダ。私今すっごくブサイクだから」
グズグズと鼻をすする。
拓海の服に鼻水と涙が付いてしまうけど、この際構っていられない。
「いおりはいつも可愛いよ」
「ヤダぁ……」
ぎゅうぅ、と拓海の服に顔を押し付けていたのにやんわりと引き剥がされる。
「いおり、好き」
「んぅ……」
ボロボロとあふれてくる涙で目が溶けてしまいそうだ。
そんな私をなだめるように、拓海が目元についばむようなキスを落とす。
ちゅ、ちゅ、と涙で濡れた目元に拓海の唇が優しく触れる。
「可愛い」
最初は唇が触れるだけだったのに、チロリと舌が涙を舐め取る。
はぁ、と熱っぽい吐息が顔にかかる。
「いおり、キスしたい」
「……ん」
抵抗できなくて、大人しく目をつむる。
優しく、撫でるようなキス。
しかし、長い。
ちゅ、ちゅ、と繰り返し触れ、ぬるりとしたものが唇を撫でる。
ビクッと驚いた拍子に開いた口の隙間に舌が入り込み、口内を好き勝手に蹂躙する。
こ、これ以上は年齢制限が……!
「ふっ、たくっ、み――!」
口内で好き勝手に動き回る舌のせいで上手く息ができず、力の入らない腕で拓海の背中を叩くと、ようやく離れていった。
「ごちそうさま」
「〜、バカ!」
ニヤリと意地悪く笑う拓海に反省の色は見えず、私は瞳に涙をにじませ拓海のお腹をボカボカと殴る。




