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30話「文化祭」

 和風なメイド服は一から作るとかなんとか。気合の入れようが違う。

 我がクラスに手芸部が多いのはこのときのためなんじゃないかと思える。

 そしてなんの嫌がらせなのか、私を接客係に指名してきた拓海ガチ恋勢の女子も手芸部員だった。

 おまけに私のメイド服を担当すると言い出した。

 文化祭までに徹底的に嫌がらせをしてやるという強い意志を感じる……!


「じゃ、腕上げて」

「はい」

 しかし、他の人がいいですと言い出すこともできない日和った私は大人しく採寸されていた。

「……藍月さん」

「な、なんでしょう」

 なんかすんごい険しい顔して見てくるので、いきなり「アンタなんて拓海くんにふさわしくないのよ!」なんて罵られるのかと身構える。

「なんか……小さいね」

「……どこが」

「全体的に」

 ……これはお前胸ねーなプークスクス! っていう遠回しな嫌味だったりする?

 思わず自分の胸元を見てしまう。

「うち、妹いるんだけどさ」

「はい」

 なんで突然妹の話? と首をかしげるが大人しく返事をする。

「妹と同じぐらいなんだよね、藍月さんの身長」

「……妹さんって、いくつなの?」

「十二」

 小学生か? 中学生か? どちらにせよ結構年下じゃん!

 あれ、私ってそんなに子供っぽく見える……?

 身長はギリギリ百五十に届くぐらいだ。確かに低いといえば低い。

「……ね、服出来たら藍月さんの髪の毛結んでもいいかな」

「へっ」

「よく妹の髪の毛結んであげてたんだ。どう?」

 こ、これはもしかしてお前の髪の毛根こそぎむしり取ってくれるわ! っていう宣戦布告的な?

 断ることもうなずくこともできず、あいまいにへへ、と笑っておく。

「よかった。じゃあ決まりね」

 アッレー!? 笑ったイコール了承したと取られた!?

 しかし今さら無理ですとも言えず心の中はバイブモードだ。

 なぜだろう。不思議なことに女子の目がキラキラしてる。

 いつも拓海の見てないところでじっとりと敵意増し増しの視線を向けてきていたのに。

 一体どんな心境の変化があったのだろう。

 

 文化祭に向けての準備は進んでいる。

 机の配置やお客さんの誘導の仕方など話し合いをする。

「衣装出来たよー!」

「おぉ!」

 拓海ガチ恋勢の子が持ってきたメイド服はものすごくかわいかった。

 裾には白のフリルがふんだんに使われ、漫画とかゲームに出てきそうな服だ。 

「じゃ、女子着替えるから男子出て行ってー」

 女子たちに虫でも払うかのようにしっしと追い出された男子たちが教室を出て行ってから着替え始める。

「……どうかな?」

「……」 

 着替え終わって全体を見せてみるが、ガチ恋勢女子の目はなぜか鋭い。

 え、なんか変だった?

 しばらく黙りこくっているので不安になってくる。

「……可愛い」

「え」

「すっごく可愛い! 可愛いよ藍月さん!」 

 ぎゅっと手を握られ、ひぇ、と思わず後ずさる。 

 ガチ恋勢女子は目をキラキラと輝かせて私を見ている。

 ど、どうしてしまったんだ……。

 貴方、そんな無邪気な目で私のこと見たことないだろ……。


「ねぇ、髪結ばせて」

「え、当日じゃないの?」

「色々試して、当日は一番可愛い髪型にするの!」

 なんかめっちゃグイグイ来るなこの子……。

 私は押されて大人しくうなずくことしかできない。

 席に座って髪の毛を触られる。

「え、藍月さんって髪の毛サラサラだね」

「そうかな」

「一年のとき髪染めてなかった?」

「染めてたけど……」

「傷んでないんだ。羨ましい」

 よく妹の髪の毛を結んでいた、と言っていただけあって手慣れている。

 結ぶときも特に痛みを感じることもなかった。

 しばらく無言で私の髪の毛を触っていたかと思うと、穏やかな声で尋ねてきた。

「ねぇ藍月さん。拓海くんのこと、好き?」

 その言葉に敵意は感じられなかった。

「……うん、好き」

 だから、素直にそう答える。

「そっかぁ。じゃ、仕方ないね」

 ため息混じりの声だった。

 それからふふ、と小さく笑う声が聞こえた。

「藍月さん、ちっちゃくて守ってあげたくなるから。おかしいよね、うち藍月さんのこと嫌いだったのに、なんか可愛く思えてきちゃうんだもん」

 髪の毛の間を通るクシの感触が心地よい。

 慣れた様子で髪の毛が編み込まれていく。

「拓海くんも、守ってあげたくなったんだろうね」

 そうだね。拓海はいつも、私のことを守ってくれるよ。

 思わずそう答えそうになって、慌てて口をつぐむ。

 失恋した子の傷口に塩を塗り込むところだった。

 自意識過剰とかそういうのじゃないけど、拓海は私以外の女子には無関心なところがある。

 幼なじみの紗妃ちゃんにも冷たかったり、構ってくる美琴ちゃんに苦手意識があったりする。

 塩対応とまではいかないけど、そっけない拓海にアプローチするのは大変だと思う。

 それなのに、この子は私に優しくしてくれる。

 いやまぁ最初は嫌がらせから始まったわけだけど。

「……あのさ、怒らないで聞いてほしいんだけど」

「なに?」

「貴方はとってもステキな女の子だから、きっとステキな恋人ができると思う」

「……ふふ。藍月さんって、優しい子なんだね」

「優しいのは貴方のほうだよ」

「はい、出来たよ」

 鏡を見せてもらうと、細かく編み込まれた髪がリボンのような形になっていた。

「え、なにコレすご!?」

「あははっ。可愛いでしょ」

「うん、すっごくかわいい!」

 なんだか、とっても仲が深まった気がする。


 文化祭当日、私はスマホでカメラを連写していた。

 被写体は当然のようにかわいくメイド服を着こなしている美琴ちゃんだ。

「ねぇいおりちゃん」

「なに?」

「後ろでいおりちゃんのこと連写してる拓海くんについて突っ込んでもいい?」

「ダメ。現実逃避したい気分だから」

「そっか……」

 美琴ちゃんがなんとも言えない顔で見てくるのであいまいにへへ、と笑っておく。

 そう、私の背後では拓海がスマホのカメラで私を連写しているのだけど、なんかもう怖くて突っ込めない。

 というか突っ込みたくない。

 触らぬ神に祟りなし、と言うだろう。昔の人の言うことは正しいのだ。


「いおり、やっぱり接客係やめないか?」

「やめないよ!? 衣装まで作ってもらったのに」

「でも……心配だ」

 どうした拓海。お前そんなキャラだったか……?

 彼カノになった途端ゲロ甘対応になったのは多少慣れてきたつもりだけども。

「いおりちゃん可愛いもんね」

「美琴ちゃんが混ざるとややこしくなるからやめて!?」

 混ぜるな危険、が目の前でぐるんぐるん混ざっていて私の胃に悪い。

 今から見知らぬ人を相手にしなければいけないという苦行が待っているのに、今から私の体を痛めつけないでほしい。

 

 お客さんに「いらっしゃいませー」と壊れた機械のように繰り返し、空いてる席まで案内する。

 顔に貼り付けた笑顔が引きつっていないか心配になる。

 入り口から入ってきた人影に口を開きかけて、ピシッと石像のように固まる。

「やぁいおりちゃん」

「姉さん、なんて格好してるの!」

 入ってきたのは陸兄さんと湊くんだった。

 陸兄さんはニコニコしているし、湊くんはくわっと目を見開いている。

 え、この格好を身内に見られるとか……なにかの罰ゲーム?

 しかし、入ってきた二人にクラスの女子が浮き立つ声が聞こえるものだから余計いたたまれない。

 陸兄さんは相変わらずの美人さんだし、湊くんは中学生になってますますかわいさが増している。

「いおりちゃん、知り合い?」

「従兄と弟」

「わー。ご家族かぁ」

 家族に見られるの恥ずかしいだろうなという哀れみの目で美琴ちゃんが見てくるので、遠い目になってしまう。

「いおり」

 目立つからと裏方に回された拓海が顔をのぞかせ、陸兄さんを見るなりげっと顔をしかめた。

 逆に拓海の姿を見つけた湊くんも同じような反応をしている。

 仲悪いなここ……。

「やぁ拓海くん」

「……ども」

 なぜだろう。二人の間にバチバチと火花が散っているように見える。

 きっと気のせいではないんだろう。

 陸兄さんはじゃれつく子猫をあしらうように拓海を扱うけど、拓海はそれが気に入らないんだろう。

「何しに来たんすか?」

「可愛い家族を見に来ただけだよ。悪いかい?」

「別に。あ、オレいおりと付き合うことになったんで」

 うおおおい! なにさらっと爆弾落としてるの!?

 陸兄さんに告白されたことは拓海には言っていないはずだけど、ものすごく敵視してるんだよなぁ……。

 拓海の言葉に湊くんは驚いた表情のまま固まり、陸兄さんの頬がぴくりと動いたのを見逃さなかった。

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