29話「縁結び」
「……いおり。オレのこと、本当に好きなのか?」
ちょっと衝撃的すぎる話に持っていかれそうだったけど、そう言えば私は拓海に告白したんだった。
まだ目に涙をためている拓海にじっとりと睨まれ、一瞬口ごもるが、ここまできて躊躇っている場合ではない。
「好きだよ」
「本当に?」
「本当に!」
しつこく確認してくる拓海にキレ気味に返す。
なんだこの羞恥プレイ。恥ずかしすぎる。
拓海はポロリと一粒涙を流し、それから顔を歪めた。
「……もう二度と、離してやれねーよ?」
「私だって、離れるつもりないし」
照れ臭さから、ふいっと拓海から顔を逸らす。
今になって羞恥心がじわじわと湧いてくる。
「……いおり。好き、好きだ。オレがいないといおりはダメなんて言ってたけど、ダメなのはオレのほうだよ。いおりのそばにいないと、苦しくて息もできなくなるんだ。心臓が握り潰されるように痛むんだ。オレ、いおりのこと大好きだよ」
ボロボロと涙を流しながらの告白に、私はというと「お、おう」としか返せなかった。
予想はしてた。予想はしてたとも。
しかし想像以上だった。
拓海のクソデカ激重感情に頬が引きつらないようにするので精一杯だ。
しかし、そこまで想ってくれているという事実に胸の奥がキュンキュンしてしまうのだから、私も相当だと思う。
私のことが大好きでたまらない幼なじみのことが、私も大好きなのだから。
ぎゅうっと拓海に抱きしめられ、最初はかわいいなコイツぅ、なんて余裕ぶっていたが段々苦しくなってくる。
コイツ、力強すぎ……!?
身長の位置的に拓海の胸元あたりに私の顔が来るので呼吸ができない。
もしかして抱きしめているように見せかけて殺しにかかっているのではないだろうか。
無言で拓海の背中を叩くと、気づいてくれたのか少し力をゆるめてくれた。
離してはくれないらしい。
「両思い、なんだよな?」
「ッスね」
「夢じゃない?」
「お望みなら思い切り殴ってあげようか?」
「いおり、いおり……」
「なに」
「オレのいおり」
「……ッスね」
気持ちが通じ合った途端なんだこのゲロ甘な態度は。
すりすりと頬ずりしてくる拓海とか超レアだ。
反応に困ってしまう。
なんだこれ、どう反応するのが正解なの!?
私も拓海大好き! とか言ったほうがいいの?
そうこうしている間に授業の始まりを告げる鐘が鳴り、慌てて二人そろって教室に戻る。
なにかを察したクラスの女子から鋭い視線を受け、ひっと固まりかける。
「早く座れー」
「はい」
「っす」
先生の声に我に返り自分の席に座る。
チラリと美琴ちゃんのほうへ視線を向けると、拳を小さく掲げていた。美琴ちゃんも察したらしい。
授業が終わると、拓海は女子に囲まれるより先に私の席に迷わずやって来た。
「オレたち付き合ってるから」
と、とんでもない爆弾発言を落としてくれやがった。
あわわ、と震えていると風間くんが「えー!」と声を上げた。
「俺いおりちゃんのこと好きなのに!」
「ザマーミロ」
べっと舌を出す拓海に風間くんは「ワンチャンは?」と私のことを見てくるので全力で顔を逸らす。
ワンチャンなんてないです。あったら困る。
横に立つ拓海が視線で殺さんばかりに風間くんを睨んでいるのも怖い。
しかし、私と目が合うとニコッとやわらかく微笑むのだから心臓に悪い。
ドキドキと高鳴る心臓がそろそろ爆散しないか心配になってくる。
付き合い初めて拓海がゲロ甘対応になったのも慣れてきたころ、文化祭が迫っていた。
陽キャが陽キャのウェイなノリで進めていく、陰キャオタクからすると地獄のような時間だ。
そもそもこれまで話したこともないようなクラスメイトと協力し、一丸となってなにかを作り上げるなんて怖すぎる。
こちらとら人見知り過激派だぞ。
お祭りみたいな行事は総じて避けて生きていきたいぐらいなのに。
よりによって我がクラスは喫茶店をやることになってしまった。
しかも和メイド喫茶だ。和風なのか洋風なのかハッキリしてほしい。
女子は着物をベースとしたメイド服を着て接客をするとかなんとか。
ここが地獄か?
絶対裏方に回ってやろう。お茶汲みならいくらでもする。
「はーい。藍月さんは接客に回ったほうがいいと思いまーす」
しかし、そうそう上手くいかないのが人生というもの。
私の陰キャっぷりを間近で見ているクラスの女子(拓海のガチ恋勢)の嫌がらせによって接客係に回されてしまった。
無理です! とハッキリ言えたらどれだけいいだろう。
無言で首を横に振ることしかできず、ガチ恋勢の押しの強さに負けてしまった。
「死んだ……」
「まぁまぁ、当日はあたしも接客に回るしさ。フォローするよ」
そう言って慰めてくれる美琴ちゃんは男子の投票によって接客係だ。
絶対似合う。美琴ちゃんの和メイド姿、絶対似合う。
当日は写真撮りまくろう。美琴ちゃんの和メイド姿を励みに頑張るしかない。
「いおりのメイド服、楽しみだけど複雑……」
昼ごはんを拓海と一緒に食べていると、そんなことを漏らした。
「なんで?」
「いおりのかわいさに気づく奴がいるかも……」
「うーん。ないと思う」
心配してくれるのはありがたいけど、無用な心配だろう。
そもそも拓海のその私贔屓はどうしたんだ。
拓海が私のことかわいいなんて真顔で言い出す日が来るとは思ってもいなかった。
呆れながら昼ごはんをむしゃむしゃと頬張る。
「なぁいおり、ここ覚えてるか」
「神社?」
拓海が見せてきたのは、古びた神社の写真だった。
どこか懐かしい気がする。
「ここ、小学校の裏山と繋がってた神社。よく行ってただろ」
「……そうだっけ?」
「一度目で、だけどな。よく行ってたんだよ。縁結びの神社」
神社……縁結びの神様。
「――あ。思い出した」
そうだ、そうだった。
私が小学校に入学したころ、お母さんはまだお父さんの死を悲しんでいた。
お父さんとの記憶がほとんど残っていない私は、お母さんの悲しみに寄り添うことができなかった。
だから、学校の裏山と繋がっていた神社によく行っていた。
熱心に祈った。
お母さんが元気になりますように。
お母さんがまた笑ってくれますように。
その神社が縁結びの神様を祀っていると知らず、毎日訪れた。
……もしかして、この神社の神様が。
「オレといおりが結ばれたの、ここの神様のおかげだったりして」
「そんなファンタジーなことある?」
「オレは毎日祈ってたからな。いおりと両思いになれますようにーって」
ニヤッと笑う拓海の顔を見て、私は「えー!」と声を出す。
「うそ」
「ホント」
「ホントかなぁ」
「ホントだよ。オレの片思い歴舐めんな」
そう言って小さく笑った拓海の顔が近づいてきて、なにかと思いぼけっと見ていたらそのまま唇にキスをされた。
……え? 今なにが起こった?
「いおり、間抜け面」
ふっと余裕の笑みを浮かべる拓海に、じわじわと顔に熱が集まってくる。
「ななな、なにを……」
「もう一回する?」
「しない!」
「なんだ、残念」
クスクスと笑う拓海を睨みつけるが、まったく効いてないのが悔しい。
なんだコイツ、顔だけじゃなく行動までイケメンだぞ!
しかし、妙に慣れているのが気になる。
「……なんか慣れてる」
「練習したから」
しれっと言ってのける拓海にショックを受ける。
練習だって!?
「まさか女の子相手に――」
「ちげぇよ! ……枕だよ」
風の音で消えそうなちっさい声でボソッとつぶやいた。
……枕相手に、キスの練習。
「……ぷっ、ふふ」
「あーもう笑うな! カッコつけたかったんだよ悪いか!」
キスのときは平気そうな顔してたくせに、枕相手に練習してたことを打ち明けた拓海は耳まで真っ赤になっている。
まるで茹でたタコのようで、笑いが止まらなくなってしまう。
「あははっ。全然悪くないでーす」
「クッソ……絶対バカにしてる」
「してないよ。愛おしいなって思っただけ」
へへ、と笑うと、拓海はますます顔を赤くさせた。
「いおりってさぁ……ホント……」
はー、とため息をつく拓海。
なに、と視線で投げかける。
「……なんでもねぇ」
眉を下げて笑う拓海に、ふふっと小さく笑って返す。




