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97 虹の旅人4

「それにしても。黒焔のシルヴァをご存じとは、驚きました。私がそう呼ばれていたのは、数百年は昔のことですからね。あなた、ア・ッカネン王家の者ではないですか?」

「えっ?」

 どうしてア・ッカネン王家の者が諜報部員になるの?

 黒焔のシルヴァって、わたしは初めて聞いたけれど、その呼び名となにか関係があるの?

「おまえは、かつてア・ッカネン国の首都を滅ぼした悪魔だろう。おかげで、あの国は滅亡の危機を迎えたんだぞ。復興するまで長い年月がかかった。ア・ッカネン国の者で、おまえを知らない者はいない」

「くふふっ。私は召喚者の命に従ったまで。責任は、私を召喚したア・ッカネン国王にあります」

「馬鹿な!王が悪魔など召喚するはずがない。嘘だ!!」

「愛する妻を目の前で兄に殺され、気が狂った王のことは哀れには思いますよ。ですが、それまでです。人間を殺すのに、躊躇などありません。虫けらを殺すのに、哀れみはかけないでしょう?それと同じです。命令されたから殺す。それだけです」

 時として、人はとても残酷になる。人でさえそうなのだから、悪魔に慈悲を求めるのが間違っている。シルヴァはそう言いたげだった。


「王兄が、王妃を殺したというのか?それで、王が狂ったと………?では、俺は………」

 それ以上、クロードが言葉を繋ぐことはなかった。

 がっくりと肩を落とし、泣きそうな表情をしている。


 ぱさりっ


 クロードを縛り上げていたロープが音を立てて下に落ちた。

 うん。気づいていたよ。クロードが、とっくにロープを解いていたこと。両足を折られても、逃げるつもりだったこと。

 それが、シルヴァの話を聞いて、心が折れてしまった。

 なぜだろう?

 単独行動するくらいだから、腕のいい諜報部員なんだろうに。

 シルヴァは立ち上がり、クロードを蔑むような視線を向け、ため息をついた。

 代わりにわたしがクロードに近づき、片足づつ回復魔法をかけた。明後日のほうを向いていた膝が、正しい位置に戻った。

 その様子を、クロードは心ここにあらずといった様子で眺めていた。


「………あんたの言うとおり、俺はア・ッカネン王家の者だ。末席だがな。だから、こんな捨て駒みたいな扱いを受けている」

 クロードは、ぽつり、ぽつりと話を始めた。

 ア・ッカネン国は、ヨナス山脈を越えた向こうにある。ヨナス山脈を越えることが困難なため、海を通じて国交があるカー・ヴァイン国以外とは、あまり国交がない。そのため、ア・ッカネン国独自の文化が育った。

 数百年前、王都に悪魔が現れた。たったひとり、黒い焔で都を焼き尽くしたその悪魔の名はシルヴァ。焔は都を焼き尽くしても尚、10日は消えることがなく、都は焦土と化した。瓦礫さえ残らなかったという。

 行政機関がすべて王都に集中していたア・ッカネン国は、復興まで長い年月がかかった。焦土と化した土地は水も枯れ果て、再び人が住めるようになるまで200年を要したという。

 そして、当時の王兄の子が奇跡的に生き残り、ア・ッカネン王家を復興させることになる。今になって思うと、王の復讐を恐れた王兄が妻を子供を王都から避難させていたのだろう、とクロードは言った。


「今の王は、たしか、アーカート王だよね?クロードは、アーカート王とは………」

「末席としか言えない」

「そっか。言えないこともあるよね」

「いや、知らないんだ」

「え?それじゃあ、本当に王家の一員かどうかさえ怪しいよね」

「まぁ、そう言われても仕方ないな」

 そう言って、クロードは肩をすくめた。


「どれ。少し見てみましょう」

 シルヴァがクロードの頭に手を置くと、クロードがため息をついた。

「ふむ。記憶操作をされた形跡がありますね」

「はっ?」

 クロードがシルヴァの腕を掴み、詰め寄った。

「なにをされたかわかるか?!」

「ええ。あなたは………ア・ッカネン王家の末席であるという記憶を植えられていますね。諜報活動をするべく、幼い頃から訓練に明け暮れて、大人になってからは………おや?ア・ッカネン国では、10歳が成人ですか。そうですか」

「他の国では、15歳が成人なんだろ。それくらい知ってるっつーの!そんなことより、俺が何者かわかるのか?!」

「私に見えるのは、あなたが奴隷商人に連れられて王城へ入っていくところですね。まだ5歳といったところでしょうか。それ以前の暮らしは、言葉にするのも憚られます。そして、王城で記憶を書き換え、あとはあなたも知るところとなります」

 ひどい。ア・ッカネン国にはまだ奴隷制度が残っているの?


 オ・フェリス国にも奴隷はいる。でもそれは、犯罪奴隷と呼ばれる犯罪者だけだ。生まれながらの奴隷はいないし、懲役が終われば一般市民に戻れる。もし終身奴隷になったとしても、その子供が奴隷になることはない。

 5歳で奴隷ということは、クロード自身の罪によって奴隷になったのではなく、クロードの親が奴隷なんだと思う。

「そうか………奴隷か」

 どこか冷めた声音と表情で、クロードが呟いた。

「………昔、元王都の地に住み着いた者たちを一掃するできごとがあったと聞いた。捕らえられた人々は奴隷にされたとも、皆殺しにされたとも言われている。おそらく、それが俺の本当の仲間たちだろう」

 そんな悲しいできごとがあったんだね。



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