95 虹の旅人2
木に手綱を結ばれた牝馬とは違い、ロキシー達は自由にさせている。おかげで、牝馬は3頭の牡馬に囲まれ迷惑そうだ。
「おいおい、馬を木に繋がないのか?逃げたらどうする気だ」
「そんなことにならないよう調教してある」
ロキシー達は、わたしに懐いている。理由もなく逃げ出さないよ。もし逃げるとしたら、それは必要と感じたからだ。それに、理由もなく逃げたらレイヴやエステルが捕まえに行く。そんな恐怖を味わうために、ロキシー達が逃げ出すことはない。
それにしても、クロードの視線がわたしばかり向いているのが気になる。どうして、もう少し年上のエステルじゃないんだろう?幼女趣味?ううん、そういう視線じゃないんだよね。なんていうか、警戒してる感じなのだ。なぜ?
「大した物はないが、まぁ、食べてくれ」
そう言って、クロードは焚火の回りに刺してある串焼き肉を示した。
ふうん。狩りをする余裕もあったわけだ。それとも、他に仲間がいるのかな?
どちらにしろ、こんな得体の知れない男の差し出す食べ物なんて食べられるわけがない。
「俺たちのことは気にしないでくれ。食料なら十分ある」
そう言っておきながら、食事の準備をしないのは、クロードを警戒しているに他ならない。
そのときだった。
『ふふんっ。ロキシーって言ったわね。見ててごらんなさい。もうすぐ、こいつらは気を失うのよ。見物よ』
牝馬が、嘲るようにロキシーに言った。
しまった!
「みんな、煙を吸っちゃだめ!これは………」
体から力が抜け、強烈な睡魔に襲われた。体がぐにゃりと倒れそうになる。
「………そう、これは焚火に混ぜた睡眠薬だ」
誰かが、わたしの言葉を引き継いで言った。
次々と倒れていく仲間の姿が見える。
クロードなんてほおって置いて、違う野営地を探せばよかった。ううん。それでも、この男はなにかしらの手を使って追ってくるはずだ。諦めない男だということは、なんとなくわかる。
『あははっ!やっぱり、あたしのご主人様は最高だわ!』
牝馬の高笑いを聞いたのを最後に、わたしの意識は途切れた。
* * *
俺は、次々に倒れていく連中を見ていた。意外にも、小娘に俺の策を読まれたが、一歩遅かった。すでに催眠作用のある煙をたっぷりと吸い込んだあとだったのさ。
全員が動かなくなったのを確認し、小娘の手足をロープで縛り上げた。ついでに猿ぐつわを噛ませた。万が一、途中で気づかれて叫ばれたらたまらんからな。
風上に避難させていた牝馬のアイメの背に小娘を括り付け、焚火はそのままにアイメに跨った。
俺も鬼じゃない。このまま、残りの連中が死ぬのは寝覚めが悪いもんで、焚火だけは消さずにおくつもりだ。これで、魔物や危険な動物は寄って来ないだろう。
連中が連れていた馬達は、もらっていくことにした。というか、勝手についてきた。不思議なもんだ。この小娘に懐いてる、って話だけじゃ片付けられない出来事に、俺は面食らった。
俺は、ボスの指示通り小娘を攫った。あとは、皆の元へ帰るだけだ。ボスには注意しろと言われたが、拍子抜けするほどうまくいった。簡単すぎて、逆に不安になるというやつだ。
来る時に使った近道を、客を連れて順調に進んだ。
連中は、馬鹿正直に旅の道程を使ったらしい。おかげで、途中の森を抜けるショートカットコースを使った俺は、連中より早く野営地にたどり着けたというわけだ。
* * *
気が付くと、馬の背に荷物のように括り付けられていた。どうやら、森の中を進んでいるらしい。顔を上げると、クロードが手綱を片手に馬を曳いていた。
急に立ち止まり、わたしの顔を見てにやりとした。
「気が付いたみたいだな。暇だったんだ。話し相手になってくれ」
この状況では、逃げるのも簡単じゃない。少しでも情報が欲しいわたしは、猿ぐつわをされたまま頷いた。
そして、後方からついて来る3頭の馬に気が付いた。ロキシー達、来てくれたんだ!
「よし。騒ぐなよ」
そう言って猿ぐつわは外してくれたけれど、相変わらず、馬に括り付けられたままだった。
「逃げられちゃ困るからな。これで勘弁してくれ」
笑った顔が少年のようだった。
ふ~ん。なるほど。この笑顔で、女性をいいように従わせてきたわけか。わたしには通じないけどね。
「おまえ、名前はなんて言うんだ?」
言いながら、クロードはまた歩き出していた。
「………」
ここで、偽名を使うことに意味はあるかな?
「どうした。偽名でもなんでもいいぞ。呼び名がないと不便だから聞いただけだ」
「………セシル」
結局、本名を言うことにした。ここで、偽名を名乗ってもしかたない気がしたから。
「あなたはどうして………」
「クロードだ」
「え?」
「あなた、じゃない。俺はクロードだ」
その名前に誇りでも持っているのだろうか?妙にこだわるね。
「クロードは、どうしてわたしを攫ったの?」
「そりゃあ、必要だったからだ」
「ほかの皆はどうなったの?無事?」
「さあね。追って来ないところを見ると、無事じゃ済まなかったのかもしれないぜ」
飄々とした言い方が、癇に障る。
いくら睡眠薬を盛られたと言っても、皆、その辺りの魔物など相手にならないほど強い。きっと大丈夫。それにしても、悪魔にも睡眠薬が効くとは驚きだ。睡眠薬がどんな成分でできているのか気になる。