94 虹の旅人
* * *
「なぁ、クロード。今日、図書館にいた奴らを気にしてんのか?」
化粧を落とし、火にあたりながら酒を楽しんでいた俺に、レギーの奴が話しかけて来た。大きなガタイで見事な曲芸をするので、客は意表を突かれて拍手を送るのも忘れるもんだ。
「あいつら、只者じゃないよな。気配をうまく隠していたが、異様だった。しかも、全員が小さい少女を守るようにしていて、それが妙に気にかかったんだ。たしかに、そこらのガキより可愛いのは認めるが、実力はうちのロイより下だぞ。ありぁあ、なにかあるぞ。調べてみるか?」
「ちょっと、誰が可愛いって?このネンナ様より可愛い女がいるもんですか」
ネンナの奴が鼻息荒く話に割り込んできた。魅惑的な肢体をくねらせながら、俺にもたれかかって来る。
この一座は恋愛はご法度だが、ネンナはそれを鼻で笑っている。
「いや、今日、俺たちと入れ違いで図書館を出て行った連中がいただろう?奴らが怪しいって話をしてたのさ。もちろん、俺の知る限り、ネンナが一番可愛いよ」
レギーはネンナの魅力に首ったけだ。
「そうね。いい男が揃っていたわね。その男達が、お嬢ちゃんを守るようにしていたのが気に食わなかったのよね。しかも、このネンナ様をちらりとも見ないんですもの!」
まったく、ネンナまでなにを言い出すやら。
「そうじゃないだろ。ったく。奴ら、ただのハンターじゃないぞ。調べてみる価値はある。ボスに相談だ」
「「了解」」
レギーとネンナが声を揃えた。立場は、俺の方が上なのだ。
* * *
宿屋へ戻ってすぐ、オ・フェリス国へ向けて出発することになった。『虹の旅人』に関わり合いたくないからだ。
ロキシー、ガルダ、シャンティにそれぞれが乗り、身体強化の魔法をかける。さっきプロポーズされたばかりだと言うのに、わたしはいつものようにシルヴァと相乗りすることになった。体が緊張する。
急に意識してしまい、背中にあたる感触に、お腹に回された腕に、体がこわばる。
すると、シルヴァが嬉しそうな声を漏らし、とうさまやレイヴに怪訝な表情をされた。
「どうしたんだセシル。顔が赤いぞ。熱でもあるのか?」
「えっ、大丈夫!ちょっと熱いだけだから」
尋ねてきたレイヴとは違い、とうさまは無言の圧力をかけてくる。あぁ、とうさまの視線が痛い。なにかを感づかれているに違いない。思わず、視線を逸らす。
しまった!こんなことしたら、やましいことがあると告白してるようなものじゃないの!あうぅ~。
そうして、旅は再開した。
いつもなら、ロキシー達を歩かせて間もなく睡魔に襲われるわたしが起きていることを、レイヴにからかわれたりしたけれど、大したこともなく旅は続いた。
そして3日目の野営地に着いたとき。そこには、先客がいた。ぞれ自体はべつに驚くことではない。旅をしていれば、他の旅人と一緒に野営をすることもあるからだ。
驚いたのは、焚火に当たっていたのがさきほど図書館にいた『虹の旅人』だったからだ。異国情緒ある旅人の恰好をした、ハンサムな25~26歳の男がひとり、くつろいだ様子で焚火にあたっている。あの派手な化粧や衣装は纏っていなくても、男が纏う気配が雄弁に物語っている。この男は只ものではないと。
どうやってここまで来たのだろう?あとをつけられた?ううん、それはない。身体強化の魔法をかけたロキシー達を追えるのは、同じく身体強化の魔法をかけた馬だけだ。では、どうやって先回りされたのだろう?あの、図書館での出会いとも呼べない時間の中で、わたし達の行先を知ったとは思えない。
『虹の旅人』の諜報能力を、甘くみていた?
なんにしても、油断できない。
男は、1頭の牝馬を連れていた。愛想のいいロキシーが挨拶に近づくと、牝馬はヒヒンといなないた。
『こんにちは。俺はロキシーっていうんだ。君の名前は?』
『ふんっ。初対面の馬に、あたしが軽々しく名前を教えると思う?図々しいわね』
はぁ~、ずいぶん気の強い牝馬だね。
『知ってた?あんた達が出発したあとに、あたしが彼を乗せて出発したのよ。なのに、こんなに待たされるなんて思ってもみなかったわ。あ~あ、がっかり』
おおっ、いい情報をもらえそう。頑張れロキシー!
「やあ、あんた達。せっかくこんな野営地で出会ったんだ。馬同士も仲良くしているようだし、俺たちも仲良くしようぜ」
男は、大げさに両腕を広げて歓迎の意を示した。
これから野営地を変更するのはできる。なんの問題もない。問題は、野営地を変更しても、この男を振り切れるかわからないということだ。
「俺はクロード。あんた達は?」
クロードはニコニコと愛想がいい。ただし、演技の匂いがプンプンするけどね。
「俺の名前なんて、なんでもいい」
とうさまがクロードの右隣に座った。
仕方なく、わたし達も馬を降りて焚火を囲んだ。
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