93 プロポーズ2
なにが、シルヴァをここまで変えたんだろう?まるで、恋の魔法にかかったように、うっとりとした表情をするシルヴァを、わたしは冷静に眺めた。
幼い頃から、とうさまをこんな表情で眺める女性たちを見てきた。そして、振られて泣く姿を。
シルヴァも、わたしに断られたらがっかりするんだろうなぁ。
なぜか、シルヴァががっかりする姿は見たくない気がした。
だからと言って、シルヴァの告白を受け入れるわけにはいかない。魔族と結婚だなんて、とんでもない。
「くふふっ。さきほど申し上げたように、よくお考え下さい。そうですね。セシル様が15歳になる頃にお返事をいただければ幸いです」
「えっ、そんな先でいいの?」
もっと早く答えを求められると思っていた。1週間くらいとか。
わたしが断ろうとしているのを察して、先に手を打ったってことかな?あと4年もあれば、わたしの考えが変わるだろうと思ったのかな。
たしかに、今のわたしは子供だから、大人になれば見えてくるものも違うだろうし、考えも変わっていると思う。今のわたしは、人族以外との結婚は考えられないもの。
「さて。この話はここまでと致しましょう。まだ少し、時間があります。読書なさるなら適当な本をお持ちしますが、いかがなさいますか?」
わたしの手を離し、すっと立ち上がったシルヴァ。にっこり微笑む姿は、いつも通りに戻っていた。もう、熱に浮かされたような表情はしていない。
「えっと、今日は本はいらないよ。読んでも頭に入らない気がするから」
シルヴァは、少なからずわたしが動揺している姿を見て、すーと目を細めた。そして、なぜか満足そうに微笑んだ。
「私の言葉がセシル様に響いたようで、なによりです」
なにを言っているのやら。
「では、今日はもうこの部屋には用事もありませんし、退出いたしましょうか」
「そうだね」
そして部屋を出て、とうさま達と合流した。
この判断は、どうやら正しかったらしい。
とうさま達と合流してすぐ、騒がしい一団がやってきた。騒々しく図書館に入ってきたのは、総勢10名だった。煌びやかな衣装を着ているものの、貴族などではない。旅芸人だろうか?それぞれが控えた声音ながらおしゃべりしているものだから、どうしても注目を集めてしまう。
いや、目立つのはその騒がしさだけではない。男も女も華やかな衣装を着ていて、衣装に負けないくらい派手な化粧を施しているのだ。
一瞬にして、図書館の空気を支配してしまった。
「あれは、『虹の旅人』という旅芸人の一座だ」
さすが物知りのとうさま。
「これから騒がしくなるぞ。いまのうちに外へ出るんだ」
とうさまに言われて、わたし達は図書館をあとにした。2人の受付嬢も、旅芸人に目を奪われていて、わたし達を引き留めることはなかった。
図書館の外には、華やかな1台の馬車が停まっていた。御者席には、これまた派手な衣装の男が目深に帽子を被って座っていた。
そのとき、図書館の中でどっと歓声が湧いた。その声に、なにごとかと通行人が足を止める。
「止まるな。行くぞ」
図書館の中でなにが起きているのか気になったけれど、とうさまの指示に従った。
黙々と歩くとうさまのあとについて歩き、宿屋の部屋までやってきた。そこでようやく、とうさまは『虹の旅人』について説明してくれた。
そもそも虹とは、雨上がりに空に現れる7色の光の橋だ。その橋のふもとは、命を失くした生き物が行きつく場所とも言われている。生きている者にはたどり着けない場所だ。『虹の旅人』とは、不思議な名前をつけたものだ。
ヨナス山脈を越えた向こう側には、ア・ッカネン国がある。『虹の旅人』はそのア・ッカネン国の諜報部員らしい。各地を旅しながら、情報を集めて本国へ送るのが仕事だそうだ。諜報活動といえば、もっとひっそりとやるものと思っていたけれど。あんな派手でいいのだろうか?
「情報を集めるにも、色々な方法がある。奴らのやり方に文句をつけることはない」
そういうものだろうか?
「しかし、奴らはなんだって図書館なんかに来たんだ?情報収集か?」
「いや、違う。『虹の旅人』として、この街で公演でもするのだろう。集客のためのアピールだろう」
そうだね。外に派手な馬車も停まっていたしね。
「それにしても。『虹の旅人』なんて初めて聞いたよ。とうさまは、よく知っていたね」
「あぁ。彼らは、できて5年ほどの一座だ。セシルが知らないのも無理はない」
5年というと、わたし達がまだオ・フェリス国にいた頃だね。
どんな芸を披露してくれるのか気になるけれど、諜報部員じゃ関わり合いにならないほうがいい。このまま街を出よう。
「ところで。どうして2時間も経たずに部屋を出ていらしたんですか?なにか問題でも?」
「えっ!」
エステルったら、どうしてそれを聞くかなぁ。困った。正直にプロポーズされていたとは答えにくいし、言い訳は考えていなかった。
「くふふっ。それはですね、私があの部屋の書物を読破したからですよ。今後は、必要とあらば私がセシル様に教えて差し上げます。セシル様は退屈をしていた私に気を使って、あの部屋の出たのですよ」
あぁ、シルヴァがうまく誤魔化してくれた。よかった。
2万PVになったら、もう1話投稿しますね。




