90 教会訪問
朝食のあと、みんな揃ってノヴァク自治区の大聖堂へ向かった。
そこには、相変わらず美しいエウレカ神の像があり、礼拝者達に優しく微笑みかけている。
案内の男がすぐにわたし達を見つけ、応接室へと急がした。
「教皇陛下と御子様がお待ちです。お急ぎください」
いったい、何時から待っていたんだろう?
案内役の青年がドアをノックすると、ドアが内側から勢いよく開いた。
「遅い!」
ツヴァイ御子が仁王立ちしていた。
「さっき、9時の鐘が鳴ったばかりだぞ」
とうさまがため息まじりに言うと、ツヴァイ御子は可愛らしい顔を背けて呟いた。
「だって、久しぶりにニキに会えると思ったら、よく眠れなかったんだもの」
ツヴァイ御子は、本当に幼い頃からとうさまと親しくしている。だから、とうさまに会えるのが嬉しくて、待ちきれなかったらしい。眠そうな顔が可愛いな。
「さあツヴァイ。みんなに座ってもらおう」
ツヴァイ御子の後ろから現れたのは、同じく眠そうな表情をしたアインス教皇だった。
えっ、なんでアインス教皇まで眠そうなの?
全員が席についてから、とうさまがレイヴとエステルを紹介してくれた。
「2人とも、人化の術が上手なのね。とてもレッドドラゴンやフェンリルだとは思えないわ」
ツヴァイ御子が、まじまじと2人を見つめながら言った。
レイヴもエステルも、本当に上手に変身しているから、獣人のような獣だったときの面影がない。人間にしか見えない。
それから、オ・フェリス国を出発し、ここノヴァク自治区に寄ったあとの出来事をとうさまが順を追って説明した。
昨日は、話した出来事の順序がバラバラだったからね。
「う~ん。話はわかったわ。ニキ、あなたがセシルを甘やかしている、ということがね」
それは、わたしも思っていた。とうさまはわたしに甘いって。
「でも、結果的にいい方向に進んでいるから、文句も言えないわね」
チャールズ王の企みを挫いたのは大きいよね。
「ただし、安全に対する考慮が足りないのは注意すべきことだわ。わかってるわよね。セシルが、チャールズ王にとって脅威になるということ。レ・スタット王宮に潜入するなんて危険を冒すのは、もうこれきりにして。もし見つかっていたらと思うと………背筋が凍りそうよ。いい?セシル、あなたは私にとって娘のような存在なの。心配なのよ。もっと自分を大事にしてちょうだい。お願い」
切実な様子で言われて、申し訳ない気持ちになる。
「ごめんさない」
怒られるならまだしも、心配していると言われたら、他に言葉がない。
「………わかってくれればいいわ。どうせ、気を付けてと言っても、理由があれば無茶をするんでしょ」
その通りだ。
危険だとわかっていても、必要とあれば体が動いてしまう。
おもしろいと感じたら、わくわくしてしまう。
どうしても、自分のことが後回しになってしまう。
こうして気にかけてくれる人がいることに感謝して、自重しないといけないとわかっているのに。
「セシル、落ち込むことはないよ。ただ、僕らのように君のことを気にかけている人間がいることを忘れないでおくれ」
「うん、わかってる。心配してくれてありがとう、アインス教皇」
ただ、泣きそうになる。
「ところで、これからオ・フェリス国に行くんだよね?もうすぐ冬になるよ。春になるまで待ったらどうだい」
オ・フェリス国の南部はともかく、雪と氷に包まれる冬の北部を旅するのは厳しい。アインス教皇はそれを心配しているのだと思う。
「南部の町で馬を預けて、レイヴに乗って王都まで行く予定なの」
「あぁ、そうか。ドラゴンなら空を飛べるからね。だけど、レッドドラゴンは寒さに弱いんじゃないかい?大丈夫?」
「もしレイヴが辛かったら、その時はエステルに乗せてもらうから大丈夫だよ」
「なるほど。移動手段が色々とあるわけだ」
レイヴもレッドドラゴンの姿の時は大きいけれど、エステルも負けていない。なかなかの巨躯なのだ。4人くらい、余裕で乗れる。
「セシル様お1人なら、私がどこへでもお連れ致しますよ」
「ありがとう。でも、今回は皆も一緒に移動したいから遠慮しておくね」
シルヴァに断ると、答えを予想していたらしく表情はにこやかだ。
それにしても、「どこでも」には、一体どこまでが含まれるんだろう?魔大陸も含まれるのかな?さすがに、悪魔界はないよね。あそこは肉体を持たない、悪魔達の精神世界だから。
「それにしても、チャールズ王はなにを考えているのかしらね。本当に、戦争を仕掛けようとしているとしか思えないわ。悪魔召喚にしたって、わざわざ黒の眷属を召喚しようとしたんでしょう?」
ツヴァイ御子の疑問に答えたのは、シルヴァだった。
「悪魔召喚に関して申し上げますと、召喚条件が揃えやすかった為かと愚考致します。ただし、あの程度の生贄では、大した悪魔は召喚できないでしょうがね」
ちなみに、黒の眷属だからって、生贄の髪や目の色を黒にする必要はないんだって。あれは、チャールズ王側が勝手に思い込んでやっただけ。