88 心配性なの?
宿屋に戻ったのは、すっかり日が暮れた頃だった。とうさま達が先に戻っていて、わたしとシルヴァが部屋に戻ったときは心配そうな顔をしていた。
「ずいぶん遅かったな。どこへ行っていたんだ?」
図書館のあと、ツヴァイ御子とアインス教皇に会っていたことを話すと、とうさまがむすっとした顔をした。
「明日は、俺もついて行く」
「うん。とうさまも連れて行くよう言われたよ。仲間が増えたことや、これまでの旅の話を少ししたけど、まだ説明が足りないみたい」
「………そうだろうな。ツヴァイは、すべてを知らないと気が済まない質だからな」
「はぁ。シルヴァ様がいても納得しないだなんて、面倒なお方ですね」
「悪魔は信じられないと思ってるんじゃないか?」
エステルの言うとおり、公爵級の悪魔が目の前にいるのだから、素直にその言葉を信じてくれてもいいのじゃないかと思う。ツヴァイ達は慎重過ぎるんじゃないかな。
アインス教皇も、宿屋まで迎えをやるなんて言うし………わたし達のことを信じていないような言動は、がっかりする。
レイヴも、ツヴァイ御子とアインス教皇に対する評価が低い気がする。
ツヴァイ御子もアインス教皇もすごい人なんだけどね。
なんと言ったって、あの2人はエウレカ教のナンバー1とナンバー2なんだから。地位に見合った努力はしているし、能力は高い。
ツヴァイ御子は、生まれて間もなくその素質を認められて教会に引き取られた。赤ん坊の頃から、優れた御子となるべく教育を施され、物心つく頃にはその能力を存分に発揮し始めた。今では、エウレカ教の信者が誰もが崇める御子としての職務を見事に果たしている。
アインス教皇は、ツヴァイ御子と出会った頃は順位10位のツェーン枢機卿だったけれど、結婚を機に当時のアインス教皇と権力争いを繰り広げ、当時の教皇一派を一掃した。穏やかそうな表情と雰囲気を纏っているけれど、強硬な面も持ち合わせているのだ。
「アインスとツヴァイのことは、また明日、考えよう。セシル、夕食は食べたのか?」
「ううん。まだだよ、とうさま」
「じゃあ、下の食堂へ行こうか」
ノヴァク自治区は限られた土地に木造の建物がひしめいているので、宿屋は1つでも多くの客室を用意するために、ほとんどが一階部分を食堂にせずに客室にしている。
ただ、ここは王都なので、宿屋の一階は他の街と同じく食堂になっている。
わたしとシルヴァを待っていたとうさま達も、夕食はまだだったらしい。一緒に食べながら、レイヴとエステルの様子を聞いた。
「レイヴはいい感性をしている。物覚えも反応も悪くない」
おぉ!とうさまがレイヴを褒めている。しかもべた褒め!
「ただし、直情的なところは直したほうがいい」
うむ。頭に血が上りやすいってことだね。なにかあったのかな?
「俺が悪いんじゃない。あれはエステルが………」
「世間知らずなエステルも悪いが、それに突っかかって行くことはないだろう」
うん?レイヴとエステルが喧嘩したのかな?
「確かに、あれは私が悪かったです。レイヴ様には、申し訳ないことを致しました」
「えっ、いや、俺も悪かった。ごめん、エステル」
あれ、仲直りした?
結局、なにがあったんだろう?
「話が見えませんね、セシル様」
「そうだね、シルヴァ」
自分達だけで話すんじゃなくて、わたしとシルヴァにもわかるように話してほしいよ。
「とうさま、なにがあったの?」
「あぁ。レイヴが生け捕りにした鹿を、エステルが逃がしたんだ」
「えっ、どうして?狩りに行ったんでしょう?」
「そうだ。だが、生け捕りにした者なら、殺さず生かしたいと言って逃がしてしまったんだ。できるだけ殺生はしたくないと」
エステルはフェンリルだから、そう思うのも無理はないと思う。だけど、わたし達だってむやみらたらに獣を殺しているわけじゃなく、自分達で食べるため、売って他の人が食べるために狩りをするのに。
「エステル。狩りができないんじゃ、ハンターはできないよ?」
エステルはびくりと身を震わせたあと、伏し目がちにわたしを見つめて来た。
「わかっているんです。わたしだって、自分達で食べるために狩りをしますし。でも、生きて捕らえた者を殺すのは、相手に申し訳ない気持ちになってしまって………里にいる時も、母上に注意されました。でも、生かして捕まえた者に、捕らえられた恐怖と、殺される恐怖を二重に与えることはできません。殺すなら、恐怖を感じる間すら与えないほど一瞬で行うべきです。それが慈悲だと思いませんか?」
なるほど。エステルの言うことももっともだ。戦いなどで殺す場合はともかく、狩りで殺すときは、なるべく相手に苦痛を与えたくないってことなんだね。




