79 召喚の儀式2
『よくも、我をこんな汚らわしい場所へ呼び寄せたな。それ相応の覚悟はできているのだろうな?』
フェンリルは、わざと人間にはわからない言葉を使って話しかけた。わかるのは、シルヴァとわたしくらいだ。
『くっくっく。悪魔が人間に手を貸すとはおもしろい。だが、調子に乗って我に手を出そうとしたことはおまえの過ちだ。その罪、死を持って償うがいい!』
「こ、この化け物はなんだ?なにを言っているんだ?」
動揺した術者が呟いた。
その声を聞いたフェンリルが一声吠えた。
ウォ~ン!
これはなに?頭が痛い。術師や兵士達は次々に床に倒れていき、残ったのはわたし達だけだ。
『邪魔者は始末した。出てこい、無礼者共』
3人に目で合図をして、わたし達はカーテンの影から姿を現した。
『わたしはセシル。あなたと友達になりたくてお呼びしました』
『ふんっ。我らの言葉は話せるようだな。だが、友達だと?そんなもの、誇り高い我には必要ない』
フェンリルはわたし達を眺め、おもしろそうに口元を歪めた。
『レッドドラゴンに上位悪魔まで従えておって、まだ不服というわけか?なんと欲張りな小娘よ』
『えぇ。わたしは欲張りです。欲しいものはすべて手に入れたいです。あなたを見た瞬間、あまりの美しさに声が漏れそうでした。あなたのことを知りたいと思いました。なにもかも』
『なん………だと………?』
あれ、動揺してる?わたし、変なこと言ったかな?
『教えてください。名前はなんと言うんですか?好きなことは?なにをしているときが幸せですか?あなたの長いフェンリル生の中で、少しの間、一緒に過ごすことはそんなに無理なお願いでしょうか?』
『そうやって悪魔達も口説いたのか!』
『えっ、口説いてなんかいませんけど?シルヴァは勝手に出てきて、勝手についてきただけですよ』
レイヴも、勝手について来ることになったんだよね。
『それで、その美しい姿に似合う、美しいお名前なんでしょうね?どうか、教えてもらえませんか?』
『えっ………エステルレン………だ』
『なんて可愛い、女の子らしいお名前!』
『えっ?いま、なんと言った?』
『だって、女の子ですよね?』
シルヴァを見ると、頷いている。エステルレンは女の子で間違いないのだ。
『お………おまえ、見る目があるな。よし、わかった。契約してやろう。ありがたく思え』
こうして、エステルレンは契約することを承諾してくれた。よかったよかった。
もうエステルレンの毛は膨らんでいないし、耳はわたしに集中し、尻尾は垂れ下がっている。落ち着いている証拠だ。
「くふふっ。セシル様の御心が伝わったようですね」
シルヴァがうっとりと言うと、レイヴが頷いた。
「セシルに堕ちたようだな」
その表現、違う気がする。
「そろそろ、人が集まって来るだろう。ここを出たほうがいい」
そうだね!とうさま。
『エステルレン、このくらいに小さくなれますか?こっそり脱出したいので、目立ちたくないんです』
そう言って、手で大きさを示す。
「………我は人語が話せる。もう、おぬしは契約主なのじゃ。敬語を使う必要はないぞ」
う~む。この話し方、不自然なんだよね。無理している感じ。
でも、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。王宮から、無事に逃げることが先なのだ。
しゅるるんっ
そのとき、エステルレンの体が縮んだ。みるみる小さくなっていき、子犬くらいの大きさになった。
「よろしくね、エステルレン」
そう言って、エステルレンを抱き上げた。重さはたいして感じない。ふわふわの毛並みが気持ちよかった。思わず頬ずりをする。
とうさまが認識阻害の魔法をかけ直してくれてから、儀式の間を見回した。術者や兵士は倒れたままで、まだ気が付く様子はない。
ほぅっと息を吐き出したとき、扉が開いて騎士が駆けこんできた。倒れている術者を見つけると、急いで駆け寄り、抱き起こしたりしている。兵士は放置だ。その扱いの酷さにむっとする。
だけど、生贄として用意された彼らが無事に済んでよかった。
そうして、開け放たれた扉から順番に外へ出た。
ダンスホールから、儀式の間までの道順は覚えている。すたすたと歩き出した。
王宮に入るには招待状が必要だけど、出るときはなにも必要ないの。不用心だけど、おかげで助かる。
わたし達はバラバラに王宮から出て、宿屋で集合することになっていた。
わたしはダンスホールに着いてすぐ、認識阻害の魔法を解除した。そして飲食スペースで10分ほど過ごしてから、花火大会が行われていた中庭を通り、他の一般客に紛れて王宮を出た。
王宮を出たあとは、つけられている可能性を考えてわざと遠回りして宿屋へ帰った。
部屋に戻るともう3人ともいて、わたしの顔を見ると嬉しそうにした。
「無事でよかった。遅いから心配したんだぞ。ぐえっ」
レイヴがわたしに抱きつこうとして、とうさまに首根っこを捕まえられた。
「心配かけてごめんね。わざと遠回りしてたの」
「なるほど。後をつけられている可能性を考えたわけですね。さすがセシル様」
すぐに察してくれるとことが、シルヴァのすごいところだ。