70 悪魔召喚
アステラ大陸で神と言えば、エウレカ神を指す。なにかを発見、発明したことを喜ぶ言葉が、そのまま神の名となったと言われている。美しい女神様で、ご神像がル・スウェル国の王都にある。
その神とは対照的な立場にいる悪魔も美しいだなんて、なんて皮肉だろう。それとも、人外の高位の存在ともなると、自然と美しくなるのだろうか。
祈りの間は、円形に輝く石が並べられ、その中央に祈る者が立てるようスペースがあけられていた。
せっかく祈りの間へやって来たんだから、祈りを捧げないとね。とうさま、オルランディ伯爵と祈りを捧げ、わたしの番がやって来た。レイヴは神には興味がないと言って、見ているだけだ。
祈りの間の中央に立ち、エウレカ神へ祈りを捧げる。
どうか、平和な世が続きますように。レ・スタット国が力を諦めて、他国と平和を築きますように。
『その願い、聞き届けた!』
「「「「はっ?」」」」
なにもない空中から声が聞こえたと思ったら、目の前の空間が歪んだ。黒い歪みが現れ、亀裂ができた瞬間、そこからぬっと現れた人物がいた。白い肌に、金色の瞳、肩までの黒い髪は絹糸のようになめらかだ。黒いスーツを優雅に着こなす20歳くらいの青年がすっかり現れたあと、黒い歪みは消えてなくなった。
「初めまして、ご主人様。私はシルヴァです。どうぞよろしく」
「えっ?」
「こう見えて私、大悪魔なんですよ。そこの連中より頼りになりますよ」
にこにこと恐ろしいことを言う。
とうさま達は驚きに固まっていたけれど、いまは立ち直って戦闘態勢に入っている。
「大悪魔?イヴェントラより?」
「そう!イヴェ!あの娘と仲良くしたいんですけど、イヴェはシッセルという人間に心を奪われていましてね、私など相手にしてくれないんですよ。ですから、シッセルの娘と仲良くなって、イヴェの気を引こうという計画なんです。ただ、召喚もなく悪魔がこの世界へ渡ってくると力を大幅に削られまして、私としてもそれは困るわけです。そんなとき、あなたの声が聞こえたんですよ。これはチャンスだと思い飛びついたわけです。協力してもらえますよね?」
なにか、わたしがシルヴァに協力することが前提の話で、わたしに拒否権がないような言い方なんだけど………?
「まぁ、あなたの呼びかけに私が答えた時点で契約は完了しています。私は喜んであなたに力を貸しますよ。あとは、あなたの態度次第です。どうしますか?」
どうしますって言われても………。イヴェントラを知っているということは、このシルヴァという悪魔はそれだけ長生きをしている。長生きをしている分、力が強いことを示す。そして、自分で大悪魔と言っているように、大物かもしれない。悪魔だから、わたし達を騙しているのかもしれないけれど。正直に話している可能性も、なくはない。
それにしても、シッセル女王といい、わたしといい、どうして神に祈って悪魔が出てくるかな。困ったな。
「大丈夫。私を遠ざけることをせず、親しくしてくれるだけでいいんです」
「えっ?そんなことでいいの?」
「くふふっ。そうです、簡単なことでしょう?ご主人様、私をしもべとしてお認めください。そうすれば、あなたの力になりましょう」
この悪魔は、真実を言っているのだろうか?本当に?
「どうしました。私の言葉が信じられませんか。それなら………こうしましょう。かの国が求めている力を、私が潰して差し上げましょう。そうすれば、私の言葉に嘘偽りのないことを信じてもらえますね?」
なにか、笑顔が怖いんだけど………どの国のことを言っているの?さっきわたしが願ったのは、世界平和と、レ・スタット国に関することだ。
「もしかして、レ・スタット国について言っているの?召喚の儀式をやめさせることができるの?」
「ええ、かの国の愚かな儀式のことです。ただし、儀式はさせてやりましょう。その上で、私が呼び出された悪魔を潰します。簡単ですよ」
にっこり微笑まれたけれど、その顔が怖い。
悪魔を潰すって、文字通り潰すって意味なんだろうなぁ。
「とうさま、どう思う?シルヴァと一緒に行動してもいいと思う?」
「………おそらく、その悪魔が言っていることは事実だ。それに嫌だと言っても、勝手について来るだろう。協力したいと言っている間は、その力を借りるのがいいだろう」
「よくおわかりで」
シルヴァは、くふふっと笑い満足そうに頷いた。
「さて。それではご主人様、あなたの名前を教えていただけますか?ついでに、他の方々も」
「わたしはセシル。とうさまの名前はニキで、そちらがジェイミー・オルランディ伯爵、そしてレイヴネル。レイヴネルはレイヴと呼んでね」
「ふむ。偽名が混じっているようですが、まぁいいでしょう」
へぇ~。偽名か本名かわかるんだ。悪魔ってすごいんだね。嘘も見分けられるのかな?だったら、シルヴァに嘘はつかないほうがいいね。あとで大変なことになりそう。