69 モテモテらしい
領主館でもてなしてもらい、美味しいご飯でお腹いっぱいになった。
そして、いま、オルランディ伯爵と書斎で2人きりで向かい合っている。初めての親子の時間を過ごさせようと、とうさまが気を使ってくれた結果だ。
「………それで、レイヴがついて来ることになったの」
カー・ヴァイン国のリノ村で、レイヴと出会ったときの話をしていた。
あの頃は、ドラゴンの背中に乗って空を飛びたいと考えていた。せっかくドラゴンと仲良くなったのに、まだその願いは叶っていない。いつか、叶う日は来るのかな。
「はははっ。ずいぶん、おまえに懐いているようだったな」
あれは、懐いてるって言うのかな?わたしと結婚したがっていて、両親まで連れて来たんだよね………。レイヴの気持ちは嬉しいけれど、わたしはまだ結婚なんて考えられない。
でも、一緒にいることに慣れてきて、いなくなるのは考えられない。寝起きに顔を見ると、殴りたくなるけどね。
「おまえの母も、動物には好かれていたよ」
オルランディ伯爵は遠い目をして言った。
たぶん、母さんの獣魔だったルオを思い出しているんだと思う。
わたしの魔物使いの力は母さん譲りなの。色は違うのに、能力は受け継いでいるんだよ。
「そろそろ遅くなって来た。部屋を用意したからお休み」
「はい」
オルランディ伯爵が用意してくれた部屋は、わたし1人だけで使うようになっていた。部屋に誰もいないことに気づいたとき、動揺した。生まれてこのかた、わたしは1人で寝たことがない。いつもそばにとうさまがいてくれたから寂しくなかった。初めての1人の夜だ!眠れるかな………。
わたしの心配をよそに、快適なベッドは寝心地がよく、しばらくして眠りに落ちた。
………けど、朝早く目が覚めてしまった。ちぇっ。
人の気配を感じて振り向くと、ベッドの反対側にレイヴが座っていた。オルランディ伯爵に遠慮して、いつもみたいに抱きついてこなかったのかな。
「ちっ。セシルが起きる前に抱きつきたかったのに、間に合わなかったか」
なんだ。遠慮してたわけじゃないのね。
「………いいよ。朝までまだ時間があるから、もう少し寝よう」
そう言ってベッドに横になった。
「やった!」
レイヴが嬉しそうにすり寄ってきた。暖かい。ゆっくり眠れそう。
「………だから………」
話し声が聞こえて、目が覚めた。
壁際に置いてあった2脚の椅子に、2人に人影が見える。
「あいつをセシルから引き離したいが、セシルが起きそうでできないってわけか」
とうさまとオルランディ伯爵が話していた。
ということは、腰に回された腕はレイヴのものだね。わたしが起きたことがわかっているはずなのに、ぴくりとも動かない。
というか、2人の父親が見つめる中、娘のわたしに抱きついているって、肝が座っているね。
体を起こしてベッドに腰かけると、背後から独占欲丸出しのレイヴに抱き締められた。さすがにしつこいので、背後に向かって肘撃ちをした。
「ぐえっ」
大して痛くもないくせに大げさだな。
そういえば、11歳になってから体が成長している気がする。もう、年下に見られることはないんじゃないかな。ふふんっ。
「よくやった」
なんのことかわからないけれど、とうさまが褒めてくれた。
そのとうさまの様子を見て、オルランディ伯爵が苦笑している。
「ニキらしくもない」
とうさまらしいってなんだろう?
「とうさま、おはよう!」
そう言って抱きつくと、とうさまは満足そうな声を出した。
「あぁ」
「なるほどね………ニキ、年の差を考えたほうがいいぞ」
なにがおかしいのか、オルランディ伯爵が笑っている。
「さて。セシルも起きたことだし、朝食にしようか。セシル、おいで」
「はい」
とうさまから離れオルランディ伯爵について歩き出すと、後ろから2人がついて来た。
「ふむ。セシルはモテモテだね」
「えっ、なんのこと?」
「わからないなら、それでいいよ」
おかしそうに笑うオルランディ伯爵に案内されて食堂へ入った。
山羊のミルクとチーズと野菜炒めという素朴な朝食を食べたあと、祈りの間へ向けて出発した。
天空の都市から東に行った山に、祈りの間はある。天空の都市より早く朝日が差し、山頂が燦燦と輝いて見える。輝く石で飾られているのだ。ただし宝石ではない。宝石だったら、36年前にレ・スタット国が持ち去っていただろう。ただの綺麗な石。だけど、資源の乏しいエ・ルヴァスティの地では貴重で珍しい捧げものなのだ。
山頂にある祈りの間は屋根や壁などなく、野ざらしになっている。神に祈りを捧げるのに邪魔だという理由で。それでも荒れていないのは、きちんと手入れされているのは、エ・ルヴァスティの民がこの場所を大切にしているからだ。
エ・ルヴァスティの民は信心深いんだね。そして、この場所に現れたイヴェントラを大切に思っている。だから、この場所も大切にしているんだろう。
いったい、イヴェントラはどういった悪魔なんだろう?この地の人々にこんなに思われるなんて。悪魔とは、人々から恐れられる存在じゃないの?




