64 天空の都市エ・ルヴァスティ2
昼過ぎに、ようやくエ・ルヴァスティにたどり着いた。
エ・ルヴァスティでは、移動に馬ではなくロバを使う。馬に乗ってやって来たわたし達に、人々は好奇心いっぱいの視線を向けて来た。ロキシー達は誇らしそうそうに胸を張って歩いている。
遊牧民族であるエ・ルヴァスティの民は、日に焼けて肌が黒く、髪も黒い人が多かった。ただし目の色はさまざまで、金色の人もいる。
エ・ルヴァスティなら、チャールズ王が狙う黒髪黒目の子供も見つかりやすいんじゃないかな。
建物は土とレンガで出来ていて、だいたい2階建てになっている。よく見ると、1階は家畜が出入りしている。どうやら、1階は家畜のためのスペースらしい。ということは、2階が住居スペースだね。
しかし………宿屋が見当たらない。今日は野宿かな。それでもいいんだけどね。
それにしても、とうさまは迷いなく進んで行く。前に来たことがあるのかな?
あ、そうか。奥の館を目指しているんだ。
町の中心には、周囲の建物とは違って、石造りの建物が建っている。一際大きく、立派だ。領主の館かな?
エ・ルヴァスティは以前は独立した国だったけれど、いまはレ・スタット国に吸収されてあの国の一部になっている。領主の館があってもおかしくない。ただし、領主はこんな辺鄙なところではなく、王都にいるだろうけど。
「あれは、かつてエ・ルヴァスティの王が住んでいた城だ」
「え、お城?」
そのわりに小さいような………。
「王と言っても、族長のような存在だったからな。あの規模で十分だったんだ」
なるほど。エ・ルヴァスティの民を治める族長………そう言われると納得できる。
だけど、あれじゃ籠城もできないし、襲われたらひとたまりもないだろう。簡単にレ・スタット国に倒されたのも理解できる。
その館は2階建てで、入口には門番が2人立っていた。馬に乗って近づいてきたわたし達を見つけて、すぐに警戒体勢に入る。
「止まれ!何者だ?」
誰何された。
わたし達はロキシー達から降り、門番と向かい合う。
「ジェイミーに会いに来た。リアムが来たと伝えてくれ」
「「「「えっ?」」」」
リアムって言った?誰のこと?
なぜか門番もびっくりしている。
とうさまを見上げたけれど、とうさまはどこ吹く風。わたしの動揺など無視して、門番を急がしている。
「いつまでそこに立っている気だ。早く確認に行ってくれ」
「あ、あぁ。ディラン、おまえが行ってくれ。俺はここで、この連中を見張っている」
「わかった」
そう言って、ディランと呼ばれた若い男が館の中に走って行った。
残った男は、用心深くわたし達を見つめている。少しでも不審な動きをしたら、すぐにでも剣を突きつけられそうだ。
そういえば、ニキというのはとうさまが暗部だった頃の呼び名だと聞いたことがある。ということは、気にしたことはなかったけれど、本名は別にあるということだ。「リアム」が本名なのかな?なんだが、とうさまには似合わないな。思わず笑ってしまいそうになり、口を抑えてこらえた。
「セシル、どうした?」
「えっ。なんでもないよ」
慌ててごまかす。
「それより、とうさまはエ・ルヴァスティに来たことがあるの?」
「あぁ。俺はエ・ルヴァスティの出身なんだ」
「へぇ~。初めて聞いたよ」
「言わなかったからな」
「何歳までいたの?」
「6歳だ」
6歳というと………いまから36年前。エ・ルヴァスティ国が滅んだ年だ。戦争の騒乱に巻き込まれて、国を脱出した人の1人だったのかもしれない。ということは、軽々しく聞いちゃいけないよね。
そのとき、ディランが勢い込んでやって来た。よほど急いだのか、制服が少し乱れている。
「リアム様、こちらへどうぞ」
言ってから、わたし達が馬を連れていることを思い出したらしく、もう1人の門番に馬を預かるよう言ってから、わたし達を館内へ案内してくれた。
家畜小屋があるのか、門番に連れられて行くロキシー達。
館の中は、昼間にもかかわらず薄暗かった。ろうそくを節約しているのかな。
ある部屋の前で、ディランが扉をノックした。
「オルランディ様、お客様をお連れしました」
「入れ」
そこは書斎だった。執務机の向こうに座っていたのは、とうさまによく似た男だった。黒髪に黒い瞳、ハンサムな顔立ちに引き締まった体つき。………ただし、表情は豊からしい。とうさまとわたしと見比べて、驚きに目を見開いている。
「ディラン、ご苦労だった。下がっていいぞ」
「はい。失礼します」
男に促されて、ディランは書斎を出て行った。
ディランが書斎から出てすぐに、とうさまは結界を張った。
そのあと、男は立ち上がって執務机を回って近寄って来ると、腕を大きく広げてとうさまに抱きついた。
「よく来てくれた。会えて嬉しいよ」
「…11年ぶりだな」
「もう、そんなになるのか。………大きくなるわけだ」
男はとうさまから離れ、わたしを嬉しいような、悲しいような、複雑な表情で見つめてきた。
「セシル、こいつはジェイミー・オルランディ伯爵。このエ・ルヴァスティ領の領主だ」
「はい」
「そして、おまえの父のジェイミー・エ・ルヴァスティだ」
「はいっ!?」




