63 天空の都市エ・ルヴァスティ
今回は疲れを癒すため、お風呂つきの宿屋を選んだ。
久しぶりのお風呂を堪能したら………堪能しすぎて少しのぼせた。全身が熱い。頭がくらくらする。
ふらふらと脱衣所を出たところを、レイヴに見つかった。
「セシル?顔が赤いぞ」
「うん。のぼせたの………ぎゃあっ」
壁にもたれていたところを、レイヴに抱き上げられた。
「少し熱いな………って、なにするんだ」
「それはこっちの台詞よ!」
まったく、油断も隙も無い。わたしに触った時点で、わたしの体温には気づいたはずなのに。わたしを抱き上げたまま、レイヴは顔を寄せて来たの。そんなの、抵抗するに決まってる。左の頬に、平手打ちを食らわせてやったよ。
部屋に戻ると、とうさまはわたしとレイヴの顔を見比べただけでなにも言わなかった。
とうさまが無言でベッドのシーツをめくると、レイヴがわたしをベッドに寝かせてくれた。靴はとうさまが脱がしてくれた。
「ふふっ。至れり尽くせりだね」
「かしずいてほしければやるぞ」
「えっ、そんなことやめてよ」
かしずくというのは、人に仕えて大切に世話をするという意味がある。レイヴは友達だ。そんなことをしてほしくない。第一、わたしはかしずかれる立場にない。
「…セシル、もうお休み。疲れているんだ」
「はい。とうさま。またあとでね」
「あぁ」
わたしの頭を撫でる、とうさまの大きな手が気持ちいい。思わず笑顔になると、そのままとうさまはベッドに腰かけて、わたしが寝るまでそばにいてくれた。
目覚めると朝になっていた。窓から朝日が差し込んでいる。そして、ベッドにふちに腰かけたとうさまが、頭を撫でてくれていた。おおうっ。まさか、一晩中、撫でていたってことはないよね?
そのとき、レイヴが背後からわたしをぎゅっと抱き締め、名残惜しそうにゆっくり離れた。
いやいや。とうさまも、もう撫でていなくていいですよ!
そんな感じで、休暇の3日はあっという間に過ぎた。
途中、ケビンとエイダの保護者もやって来て、子供達はそれぞれ自分の家へ帰って行った。
3日目の朝、ヨナス山脈にあるエ・ルヴァスティを目指して宿屋を出発した。
ロキシー達はすっかり回復していて、新たな旅立ちを喜んでいる。
『今度は、あのでっかい山に行くんだってな』
『空に近いところは空気が濃いってほんとか?』
『うまいものはあるかな?』
『違うよ、ガルダ。高いところのほうが、空気が薄くなるんだよ。山頂に行くにつれてゆっくり登らないと、体が慣れなくて高山病になるから気を付けないとね』
あれ。反応がないな。高山病を知らないのかな?
『高山病っていうのは、頭痛や疲労、吐き気あとは重症になると錯乱や昏睡することもあるんだよ。馬でもなるから、気をつけようね』
『おおうっ。なんて怖い病気なんだ!』
『こないだかけてくれた魔法を使えばいいんじゃねえか?』
『え?身体強化の魔法?う~ん。どうなんだろう。高山病対策にもなるのかな?………そっか。肺の機能を強化したら、十分な量の酸素を取り込めるかもしれないね!ガルダ頭いいね!』
馬って賢いんだなぁ。
そう思っていたら、ガルダだけ褒められたのが気に入らなかったのか、3頭で喧嘩を始めてしまった。ぶひぶひと賑やかだ。
「なんだ、どうした?こいつら、急に騒ぎ始めたぞ」
「あぁ、わたしがガルダだけ褒めたら喧嘩になっちゃって………」
「ふぅん。馬でも嫉妬するんだな」
「えっ?なにか言った?」
「………いや、なんでもない」
旅路は順調に進み、ヨナス山脈の高原を抜ければいよいよ山頂のエ・ルヴァスティ、というところまでやって来た。
「身体強化の魔法って便利だな。ロキシー達も平地と同じように、平気な顔をしてるぞ」
たしかに、身体強化の魔法がなければわたしもつらかったと思う。
ヨナス山脈は標高が高く、1番高い山は夏でも山頂が雪を被っている。こんなところに住んでいる遊牧民族は体が丈夫なんだと思う。それか、先祖代々この地で暮らすうちに、体が山暮らしに馴染んだか、その両方じゃないかな。
昔、エ・ルヴァスティを攻めたレ・スタット国の兵士達は、よく戦えるだけの力が残っていたなと感心してしまう。普通にこの山を登ったら、とてもじゃないけど、戦う力なんて残らない。環境に適応したエ・ルヴァスティの民には地の利があるし、どうして負けてしまったのかわからない。なにか、卑怯な手を使われたんじゃないだろうか。
昼頃には、天空の都市が見えて来た。山の頂に、城塞に囲まれた都市がある。最盛期には数百人が暮らしていたというけれど、想像していたより小さかった。
近づくにつれて、その理由がわかった。都市の周囲に破壊された瓦礫が点在している。昔の都市の跡だ。36年前、エ・ルヴァスティ国だった頃は、その瓦礫のあった場所までが都市の一部だったのだろう。だけど、再興する過程で放置され、結局、都市は小さくまとまった。