6 本島上陸
目指す王宮は、本島の中央に位置し、海岸からは離れている。つまり、ガーラム達は連れて行けない。ガーラム達は、島ごとに決められたガーラム便の乗り場に繋がれる。ウルンサとエレクはメリス島所属なので、10番目の札が掲げられた場所が定位置となる。ただし、船を曳いていないので、そのままでは目立ってしまう。しかたなく、しばらく離れたところで待機し、暗くなってから10番の場所へとやってきた。船がないので十分怪しいが、怪しさを減らすため、ウルンサ達をガーラム乗り場に繋ぐ。
人気がないことを確認してから、魔法で全身を乾かす。いくら島国とは言え、夜に濡れた姿でうろつく者などいない。無駄に目立ってしまう。
海沿いの町から王宮のある王都までは、徒歩で2~3時間の距離にある。だけど、すぐに王宮に向かうわけじゃない。警備の厳しい王宮に、10歳の小娘を入れてくれるはずがないからだ。
まずは、海沿いの町にいるはずのとうさまを探す。今日の夕方の便でメリス島へ戻ってくるはずだったとうさま。ガーラム便が動いていないことを知って、どこかに宿をとったはず。とうさま1人なら、どんな安宿だって気にしないで泊まる。野宿に比べたら安宿の固いベッドの方が寝心地がいいし、食事は食堂へ行けば美味しい物が食べられるから。だけど、あまり安い宿は従業員の態度が悪く、それは我慢できないと言っていた。とうさまの魅力に引き寄せられて、色仕掛けで迫ってくる女性がいるのだ。そう。わたしがいてもお構いなしで。
ということは、あんまり安い宿はなし。あんまり高い宿もなし。居心地がよくて、ほどよい値段というと、あそこかな。わたし達がこのア・ムリス国に来て、最初に泊まった宿。
1階が食堂で、2階と3階が宿屋になっている、典型的な宿屋。経営者の居住区は、1階奥と、2階の一部。その2階あたりに、とうさまの気配をうっすらと感じる。たぶん、わたしの気配を感じて、自分の気配を出してくれたんだな。いつもは、常に気配を絶つようにしているから。このまま待っていれば、迎えに来てくれると思う。
食堂の隅の、目立たないテーブルに着いたときに、とうさまはやって来た。音も立てずに。わたしの後ろに立ち、頭をぽんぽんと叩く。触れられたことが嬉しくて、とうさまに会えたことが嬉しくて、振り返ってとうさまの足にぎゅっと抱きつく。わたしは小柄だから、とうさまがしゃがんでくれないと胸には飛び込めないんだ。
「…それで。なにがあった」
ああ、そうだった。まずは報告。それから相談をしなくちゃ。
ジグ達にいじわるをされたこと、オッサムさんがウルンサに鞭を振るったこと、島長がわたしを取り込もうとしていることなどを話した。その間、とうさまは表情を変えず、時々、わたしが話しやすいように相槌を打ってくれた。うん。相槌は大事。
食堂にいた人にわたしの話が聞こえているはずだけど、わたしが10歳の小娘だからか、とうさまの相槌があまりに淡々としているからか、あまり本気にはされていない。わたしが親の気をひこうと、話を大げさにしているとでも思っているんだろう。
「わかった。明日、上に話をつける」
とうさまが上と言えば、今の雇い主、ア・ムリス国の第1王女殿下になる。アリッサ姫様は、18歳。年上に憧れ、強い騎士に守られる自分に夢を見て、大陸に行って社交界で大成功する野望を抱いている。まあ、まだ18歳だしね。夢は見ていいよ。でも、とうさまを巻き込むのはやめてほしい。
「…ご飯がまだだろう。しっかり食べなさい」
そう言われ、あれこれ注文された。この町は港町だけど、大陸との貿易も盛んなので肉も豊富。久しぶりに肉を堪能した。ハンターたるもの、体が資本。食べられるときに、食べておかないとね。
まあ、ハンターというわりに、わたしは武装をしていない。ナイフ1つ持っていない。それは、ここがア・ムリス国だから。温暖な気候で、人々は基本的に温厚。中にはオッサムさんのように、平気で動物を傷つける人もいるけれど、それは稀。あ、島長みたいな人もいるよ。いくら温厚とは言っても、立場によって考え方や優先事項は変わってくるし、自分の欲望に忠実な人は、どこへ行ってもいる。それはしかたないんだ。
とにかく、ここア・ムリス国では、それほど身の危険がない。それなのに装備していたら、変に注目を集めて、逆に危険を呼び寄せてしまう。だから、あえて装備していないの。わたしの装備品は、とうさまのマジックバックに入っている。
マジックバックは便利だよ。生き物は入れられないけれど、狩りの獲物とか、水とか食料、なんでも入る便利な道具。時間停止の魔法もかかっているから、食べ物を入れておいても腐らない。ただし、とっても高価。豪邸が買えてしまう。
さて。今夜はゆっくり休んで、明日に備えよう。おやすみさい…。