56 スキンシップ
ぎゃあぎゃあ騒いでいるのに、誰も文句を言いに来なかった。きっと痴話喧嘩と勘違いされて、盗み聞きされているのに違いない。恥ずかしい。
「もう、黙って!」
「わかった」
そう返事をして、腕を伸ばしたレイヴに抱き締められた。
「ぎゃああ~~~!」
慌てて、レイヴの頭をぼかぼか殴る。
レイヴは頭を叩かれていることなど気にしていない様子で、わたしのお腹に顔を摺り寄せている。
「もうっ。なにするの!?」
「スキンシップ」
「うぐぐっ」
レイヴの腕の中でもがくけれど、岩を相手にしているかのように、ぴくりとも動かない。ちくせう。ドラゴンの馬鹿力を思い知らされました。
「ぐぎぎっ」
無駄な抵抗と知りつつ、もがいてみる。
「ふふんっ」
あ、鼻で笑われた。なんて失礼なやつ!悔しい!
体の力を抜くと、待ってましたと言わんばかりに抱き寄せられて、レイヴの膝の上に座らせられた。
背中越しに、レイヴの心臓の音が伝わってくる。
とくとくとくっ
あれ。鼓動が少し早いんじゃないかな?
「ねえ、レイヴ………」
「もう少し、このままでいさせてくれ」
同意してもしなくても、離してくれないくせに。
「…そうだな」
あれ。心の中を読まれた?
「セシルに触るのはどきどきする。大事にしたいのに、壊してしまいそうで」
「ふぅん。わたしはそんなにやわじゃないよ」
「わかってる。でも、緊張して心臓がどきどきする」
「ふえっ………」
ん?緊張してる?なにかする気じゃないでしょうね!?
「もう十分でしょ。離して!」
「ええぇぇ~~っ………ごふっ」
渾身の力を込めて、レイヴのみぞおちに肘撃ちをした。
わたしから手を離し、うずくまるレイヴ。
「大げさなんだから。ドラゴンなんだから、大したことないでしょ」
「いや、待ってくれ。いまは人間だから、そこまで丈夫じゃない………」
うん?これは、本気で言ってるのかな?
本当に痛がっている………?
大変!やりすぎちゃった。
「ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げた。
「おぅ。俺も、やりすぎた。おあいこってことにしようぜ。なっ?」
もう復活したらしい。レイヴはにっと笑った。
うわっ。笑顔が眩しい!イケメンは顔面が輝くんだね!
その後、昼食をとるため1階の食堂へ降りて行くと、給仕をしていた食堂の奥さんに見つかり肩を叩かれた。
「あんた達、ずいぶん激しく喧嘩していたみたいだけど大丈夫かい?」
「え?ええと、ちょっとじゃれていただけで、喧嘩してたわけじゃないんですよ。でも、そうですね、うるさかったですよね?お騒がせしてすみませんでした」
まさか声をかけられるとは思っておらず、思わず動揺した。
「もう大丈夫です!」
「あははっ。元気だねぇ。その調子なら大丈夫そうだ。女はね、男を尻に敷くぐらいがちょうどいいんだ。しっかりしつけてやんな」
ばしばし背中を叩かれた。
「しつける………?俺のことを………?」
レイヴがなにかぶつぶつ言っている。
「ねえレイヴ、なにか言った?」
「いや、なんでもない」
そう言って、レイヴは笑った。
「聞いたか?また、軍で兵士を募集しているらしいな」
「あぁ。フォタリが応募するって言ってたぞ」
「えっ。あのへっぽこハンターか?いくら人不足でも、あんな薬草採取ぐらいしかできないやつが兵士になれるわけがないだろう」
「それがさ、なんかの世話係に選ばれたって言ってたぜ」
「なんだそりゃ。まだ試験も受けてないのに、もう配属先が決まってるのか?」
「そうらしい」
食堂のあるテーブルで話されている内容が気になり、近くのテーブルについた。
レイヴが手際よく注文を済ませる傍らで、わたしは男達の話に耳をすませる。
「あいつ、よく孤児達の面倒を見てるだろう?」
「そうだな。あいつ自身が孤児出身だって話だぜ」
「だから、ガキの面倒を見るのに慣れてるだろう。それで、世話係に選ばれたらしいぜ」
「フォタリらしいな。いいんじゃねえの。あいつ、いっつも金がないってぼやいてたし。軍に入れば、少しはまともな暮らしができるだろ」
「金なら、俺達だってないだろ。すっかり物価が上がっちまって、食ってくのがやっとだ」
「そうだな。ちっ。暗くなっちまった。飲もうぜ」
「おう」
どうやら、フォタリに関する話は終わったようだ。
世話係の話が気になる。攫われた子供達に関係あるような気がするの。
このフォタリという人が孤児達の面倒を見ているなら、孤児院へ行けば会えるかもしれない。
「レイヴ、ご飯を食べ終わったら孤児院へ行ってみない?」
「あぁ、いいぜ」
よし。これで、とうさまが戻るまでにわたし達も情報を入手できるかもしれない。頑張ろう。
やってきた孤児院は、ぼろぼろの外観で、修繕するお金がないのが一目でわかる代物だった。長年の汚れが沁みついた灰色の壁に、泥のついた木のドアが目についた。
孤児院の前には小さな花壇があり、明らかに野の花と思われる赤い花が咲いていた。森から取ってきたのだろうか?
そのとき、5~6歳の小さな女の子が、バケツに水を入れて運んで来た。どうやら、花壇の世話をしに来たらしい。